第4話 古代遺跡

 フィロス山はノヴァリスの北東に位置する。緩やかな地形と大型の魔獣が生息しない安全さから整備が進み、フィロス街道と呼ばれる街道が敷かれている。そのため商人たちの往来が多く、首都へ向かうための主要な道となっていた。一行はそのフィロス街道を進み、古代遺跡が見つかった場所へと向かう。




 馬車での移動となり、あらかじめ借りていた馬車に全員が乗り込む。御者台にはガロンが座り、手綱を握っている。フェン曰く、ガロンは馬の扱いに長けているらしい。普段は馬車を使うことは少ないが、使うときは必ず御者台に乗るほど馬が好きだという。




「目的地まではどれくらいかかるんだ?」


「んー、だいたい1時間ってとこだな。」




 馬車の中で、移動時間が気になりフェンに尋ねる。1時間という短さから、遺跡はそこまで奥地にあるわけではなさそうだ。手持ち無沙汰になった俺は、窓の外に目を向ける。朝日が草原を美しく照らし、緑の波がキラキラと輝いている。早朝の清々しい空気も相まって、眠気が残った頭をぼんやりとした気持ちにさせていた。




 そんな中、後ろから小さなうめき声が聞こえてくる。振り返ると、ミーニャが青白い顔で口を押さえている。




「大丈夫か、ミーニャ!?」




 急いで駆け寄ろうとすると、シャーリーが手で制止し、フェンが素早くミーニャを抱えて馬車の後部へ移動させた。窓を開けて彼女の頭を外に出し、背中を優しくさするフェン。すると、乙女として絶対に出してはいけない音が響き……これ以上は彼女の名誉のために深く考えないことにする。




「ごめんね。見苦しいところを見せちゃって。」




 シャーリーが申し訳なさそうにこちらに謝る。




「全然大丈夫だ。それよりミーニャの体調は平気なのか?乗り物酔いか?」




 惨状を見ないように視線を逸らしながら、シャーリーに質問する。




「そうなの。普段からあまり馬車を使わないのはこのせいでね。今日みたいなときは仕方なく乗るけど。食事を控えれば平気なんだけどね、本当は。」




 シャーリーが少し険しい顔で答える。どうやら原因は何か別にあるらしい。




「それが誰かさんのせいで、昨日たくさん飲んじゃったのよね。ねぇ、フェン?」




 シャーリーの目がギラリと光る。後ろには幻覚かと思うほどリアルな赤い炎が見えた気がする。




「そ、それは、あの、その……今朝ちゃんと謝ったし……ひぇっ!」


「それで?謝ったから何?」


「ご、ごめんなさい。俺が悪いです……」




 フェンは食い下がるものの、シャーリーの圧に完全に屈服した。女には勝てない――そんな真理を見た気がする。




「ごめんね。また見苦しいところを見せちゃって……」




「い、いえ、大丈夫です!」




 シャーリーの急な態度の変化に、思わず変な敬語が混じる。そのせいで彼女の眉がピクリと動いたが、深くは追及されなかった。




「ミーニャも断らないといけないのに。あの子、そういうところ緩いのよね。もう少ししっかりしてくれるといいんだけど……はぁ。」




 シャーリーの疲れたため息に、この二人に振り回されてきた苦労が滲んでいた。銀狼でまともな人間枠は彼女しかいない。そりゃあ疲れるだろう。




 その後、フェンがミーニャの背中をさすり続け、ようやく彼女の顔色が戻ってきた。




「迷惑かけた。もう大丈夫。」




 親指を立てて復活をアピールするミーニャ。まだ口元に汚れが残っているものの、元気を取り戻したようだ。これでようやく馬車内が落ち着いた。




「さて、ようやく落ち着いたところで、改めて自己紹介でもしないか?レインと一緒に依頼を受けるのはこれが初めてだし。」




 フェンがそういって場を仕切り始める。まだシャーリーからの熱い視線は降り注いでいるが気にせず続ける。




「俺の名前はフェン・タリオン。この銀狼の創設者にしてリーダーだ。後衛で、弓が得意。何か困ったら俺に任せろ!」




 フェンは弓を引く仕草をしながら得意げに胸を張る。しかし、周りの冷たい視線に気づいているのかいないのか、その表情は崩れない。




「私の名前はシャーリー・ヴァイスターよ。敵に気づかれずに接近して、一撃を加えるのが得意。困ったことがあったら私に言ってね。フェンの言うことはだいたい信用しなくていいから。」




 シャーリーは腰に手を当て、軽くフェンを睨みながら自己紹介を終える。その堂々とした立ち振る舞いに、彼女の実力が滲み出ている。




「私はミーニャ。魔法得意。後ろは任せて。」




 ミーニャは少し照れくさそうにしながらも、杖を軽く振ってみせる。その仕草にどこか無邪気な愛らしさがある。




「俺の名前はガロン・グラディスだ。」




「うわっ!?」




 低い声が突然背後から聞こえ、思わず変な声を出してしまう。振り返ると、御者台からガロンがこちらを見下ろしていた。




「前衛担当だ。この斧で敵のヘイトを集めるのが俺の仕事だ。」




 ガロンは大きな斧を軽々と持ち上げて見せた。その圧倒的な存在感に、思わず言葉を失う。




「最後は俺か。俺の名前はレイン・クロード。剣士だ。みんなとは初めてだから、足を引っ張らないように気を付けるよ。」




「何言ってんだよ。『夜叉』の2つ名を持つお前が頼りにされないわけがないだろ!」




 フェンがニヤリと笑いながら肩を叩いてくる。




「やめろって、その2つ名で呼ぶのは。恥ずかしいんだから。」




 からかうように言われ、少し顔をしかめる。それでも、みんなの笑顔に、少しだけ気持ちが和らいだ。




 自己紹介が終わると、馬車内には和やかな空気が広がり始めた。それぞれが軽い冗談や旅の話を交わし、次第に緊張がほぐれていく。馬車の窓から見える広がる草原と仲間たちの笑い声に包まれた。






 山へ入り、20分ほど奥へ進むと、目的地近くについたため街道から外れた道を行く。ガタガタと整備されていない道を進むため、乗り心地も一気に悪くなる。馬車内の空気も徐々に緊張感が漂い始める。木々をかき分け、山の中へ進んでいくと、自然あふれる景色には不釣り合いな人工建造物が見えてきた。




 遺跡の入り口にあたるのだろう。その場所は、思ったよりもこじんまりとしていた。古びた石畳が敷かれたその奥には、鉄製の頑丈そうな扉があるだけだった。




「ここが古代遺跡か。想像していたものより小さいな。」




 俺が思わず感想を漏らすと、フェンが肩をすくめた。




「外観はギルド長から聞いた通りだな。でも、油断しないようにな。さあ、行こう。」




 フェンが先頭に立ち、扉へと進む。重い扉をゆっくりと押し開けると、意外なほどスムーズに動いた。長年土に埋もれていたとは思えない状態だ。恐る恐る、警戒を強めながら中に足を踏み入れる。




 中は下へと続く階段が現れた。薄暗く、どこまでも続いているようで、終わりが見えない不気味さが漂う。




「うわぁ……」




 ミーニャが思わず嫌そうな声を漏らす。その表情は暗さへの不安というよりも、果てしなく続く階段への嫌気から来るものだろう。




「さーて、いきますか。遺跡調査開始だ。」




 フェンが松明を片手に、軽い口調で先導を始める。頼りない冗談を言いながらも、こういうときは意外と頼りになるから不思議だ。




 古代遺跡に共通して言えること――それは、いくら年月が経っていても老朽化の兆しがほとんどないことだ。目の前の階段も例外ではなく、石造りのステップは驚くほどしっかりとした造りを保っている。これが古代文明の技術というものなのだろう。現代の技術では到底再現不可能なレベルだ。




 一行は暗闇の一本道を、松明の心もとない明かりだけを頼りに進んでいく。下り続ける階段は想像以上に長く、普段から鍛えられている俺たちでも次第に足に負担がかかってきた。特に魔法職のミーニャには相当堪えるようで、息も絶え絶えだ。




「階段長い。滑り台だったらいいのに……。はぁ、帰りたい……。」




 ぼそぼそと弱音を吐くミーニャの声が聞こえた。聞こえないふりをしようかとも思ったが、さすがに見かねて彼女が背負っている荷物を受け取る。




「荷物、持つから少しは楽になるだろ。」




「ありがとう。レイン優しい」




 荷物を受け取ると、さっきまでのしんどそうな顔から一変して、ミーニャは無邪気な笑顔でお礼を言ってきた。かわいいやつだ。




 幸いなことに、この長い階段を進む中で魔獣に遭遇することはなかった。しかし、それがかえって不気味さを増しているようにも感じる。ただ暗闇をひたすら進み続けるという状況に、一行の緊張は高まっていく。




 ようやく階段の終わりが見えてきた。その先には入り口に似た金属製の扉があり、開けるとそこには広々とした空間が広がっていた。これまでの閉塞感とは打って変わって開けた場所に、一行は自然と足を止めて周囲を見回した。




「ここからが本番だな。」




 フェンが松明を高く掲げながら、低い声でそう呟いた。






 広場に足を踏み入れると、一行は目の前に広がる光景に一瞬立ち尽くした。そこは、古代文明の遺物の1つである光永石によって柔らかな光で照らされていた。天井や壁に埋め込まれたその石から発せられる光は、不気味なくらい静かに周囲を照らしている。広場全体には謎めいた文様がびっしりと描かれている。それは絵とも文字ともつかない、どこか人間の理屈を超えたものに見えた。




「なんだ、この模様……。見てると目がチカチカするな。」




 フェンが軽く頭を振りながら呟く。その言葉に同意するように、シャーリーが壁を見つめながら眉をひそめた。




「これ、ただの装飾じゃないわね。何かの意味があるはずだけど……解析は無理そう。」




 ミーニャは壁に近づき、小さな手で触れてみる。しかし、触れた感触はただ冷たい石の感触だけで、何かを感じ取れるわけでもなかった。




「これ、何書いてるかわかんない。不気味。」




 彼女の声はどこか不安げだ。その場に漂う空気が、次第に一行の胸に重くのしかかってくる。壁を見れば見るほど、言葉にできない不安が募っていく。どこかで見たことがあるような、けれど全く知らないものを見せつけられているような感覚だ。




「ここ、本当に遺跡なんだろうな。ただの飾り部屋にしか見えねぇぞ。」




 フェンが半ば冗談交じりに言うが、その声にはわずかな緊張が混じっている。




「見た目だけで判断するのは早い。何もない場所ほど、逆に危険が潜んでいるものだ。」




 ガロンが低い声で返し、広場全体に視線を巡らせる。その冷静な態度に一同は再び警戒を強めた。




「何も出てこないのも逆に怖い。警戒強めるべき。」




 ミーニャの小さな声に、誰もが無意識に頷く。魔獣の気配もなく、ただ静かすぎる空間は、一行にとってかえって異様に感じられた。




 そんな中、ガロンが鋭い声を上げた。




「扉だ。」




 その声に全員が振り返る。ガロンが指さす先には、広場の隅にひっそりと存在していた金属製の扉があった。さっき通ったものよりも頑丈そうな造りだが、大きさはほとんど変わらない。




「行くぞ。」




 ガロンが重厚な扉を押し開ける。中から静かな音が響き、扉の向こうに広がる光景が視界に入る。その先は祭壇のような場所だった。




「すごい……。」




 シャーリーが思わず小さな声を漏らす。その空間は、広場よりもさらに多くの光永石で照らされており、奥まで見渡せるほど明るかった。天井の高さも広場より格段に高く、壁には奇妙な絵が描かれている。描かれたものは異形の生物と、それを崇めるようにひれ伏した人々の姿だった。




「なによこれ……。こんなの、見たこともない。」




 シャーリーが壁画を指差しながら呟く。その声には明らかな困惑が含まれている。




「これ、祭壇……いや、何かを祀っていた場所なのか……?」




 フェンが壁画をじっと見つめながら推測を口にする。その言葉に一同が黙り込み、全員が周囲を警戒しながら探索を始めた。




「この絵、変。異形の生物だけじゃない。崇められている人間もいる。何を表してる……?」




 ミーニャが恐る恐る指摘する。その言葉に、全員が壁画を見直した。確かに異形の存在の足元に人間が描かれているが、明らかに普通の人間ではない、何か神聖なものとして描かれているようにも見える。




「これが祀られてたやつなのか?だとしたら、そいつがまだここにいる可能性も……いや、さうがに考えすぎか。」




 フェンが冗談交じりに苦笑しながら言うが、その言葉に反応する余裕のある雰囲気ではなかった。全員が無言のまま周囲を探し始めた。




 やがて、シャーリーが謎の紋様が刻まれた台座を見つける。




「これ、ただの装飾じゃなさそうね。レイン、ちょっと見て。」




 促されて近づいた俺は、台座に刻まれた文様に誘われるようにそっと手を触れる。その瞬間、低く鈍い音が響き、部屋全体が震え始めた。




「なんだ!?地震か?何が起こってる!?」




 フェンが慌てて声を上げるが、この揺れはただの自然現象ではない。明らかに遺跡そのものが反応している。




「壁が動いてる……!」




 ミーニャが指差した先では、壁画の一部がまるで歯車のように動き始めていた。ゆっくりと開いていく壁の奥には、さらに深い隠し通路が現れる。




「これ、まさか罠じゃないよな……?」




 フェンが不安げに言うと、ガロンが鋭い視線を隠し通路に向けた。




「罠ならとっくに作動しているだろう。進むべきだ。」




 その冷静な判断に一同は頷き、意を決して通路の中へと足を踏み入れる。暗闇が一層深まり、周囲の空気が微かに冷たくなっていく。




「いやな感じ。誰かに見られてる……?」




 ミーニャが小さな声で呟く。その言葉が暗闇に溶け込み、一層の緊張を一行に与える。




「気を抜くな。この先、何が待ち構えているかわからない。」




 俺は剣の柄をしっかりと握りしめながら、闇の奥へと目を凝らした。その先に何が待っているのか、全員が覚悟を固めて進むしかなかった。




 頭の中には、先ほどの壁画の異形の生物が不気味に浮かび上がる。あれが何を意味しているのか。先日出会った悪魔の姿を思いだす。どこか、雰囲気が壁画の異形の生物に似ている気がした。


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