第3話 約束
「よっしゃ、じゃあレインが加入したってことで遺跡調査の作戦会議を始めようか!」
「「「おー!」」」
「いや加入してないぞ?お手伝いな?そこはしっかりしてくれよ?」
フェンの仕切りで始まった会議だったが、いきなり聞き捨てならない発言が飛び出した。この男、全く油断ならない。そして三人の「え?」という顔がさらに苛立ちを募らせる。
「お前はすぐそうやって輪を乱そうとする。そういうの、よくないと思うぞ。」
「なんで俺が悪いことになってんの?え、俺が悪いの?」
一体どこに俺の非があるというのだ。そこの三人も非難の目を向けるな。お前らが一番腹立つ。
「まあ、そんなことは置いといて。」
「そんなことじゃないぞ。」
「依頼内容についてだが、古代遺跡はフィロス山で見つかったらしい。調査難易度はAランクだ。相当危険な調査になりそうだ。」
フェンは俺の抗議を無視して話を進める。この男、自分から話をこじらせておいて何なんだ。フィロス山――ノヴァリス近郊にある緩やかな山で、普段は何の変哲もない安全な街道だ。
「なぜそんなに危険度が高いんだ?フィロス山にはそこまで強い魔獣は出ないだろう。それに最近見つかった、ってノヴァリス近郊は探索され尽くしているはずだ。それがなぜ急に……?」
「まあまあ、そんな焦りなさんな。順を追って説明するぞ。発見されたのは5日前。商人がフィロス街道を通行中、地盤の崩壊に遭遇し、迂回して進んだ際に偶然遺跡を見つけたらしい。」
「地震……。あれは大きかったわよねぇ……。あれだけの揺れは初めてだったわ。」
シャーリーが身震いしつつ自分の肩を抱き寄せる。確かにあの地震は街にも少なからず影響を及ぼした。幸い大きな被害はなかったが、もう一度体験したいとは思わない。
「おそらくその地震で地盤が緩み、崩壊して地表に遺跡が現れたんだろうな。こういう自然現象で遺跡が見つかるのは珍しくない。それで、先行調査としてギルドから何人かの調査隊が送られたそうだが、誰も戻らなかったらしい。その危険度からクラスはAとされた。そこで俺たち『銀狼』に白羽の矢が立ったってわけよ。」
フェンの説明に、事の重大さをようやく理解する。もしかしたら、前に遭遇したあの悪魔が関係しているのかもしれない。その可能性を考えると、わずかに脚が震えた。
「レイン、怖い?」
話を退屈そうに聞いていたミーニャが、いつの間にか俺の隣に来て上目遣いでこちらを見上げる。どうやら無意識に顔が強張っていたらしい。「大丈夫だよ。ありがとう。」と笑顔を向けると、彼女は安心したように頷き、そのまま隣に腰を下ろす。……待て、向かいにあったはずの椅子が俺の隣に移動している。一体いつ持ってきたんだ。
「とりあえず日程についてだが、ギルド長からえらく急かされてな。明日にしようと思うんだが、大丈夫か?」
「明日か、大丈夫だ。特に問題はない。」
特に予定もなかったので二つ返事で了承する。
「しかし、ギルド長から急かされるなんて珍しいな。」
「街のことを思ってのことだろう。普段は頼りないが、いざというときには動ける人間もいる。ギルド長はそういうタイプなのかもしれん。」
俺がぼそりと呟いた言葉に、これまで黙っていたガロンが口を開く。その言葉に少し驚きつつ、彼の無表情な顔を覗き込むが、相変わらず感情は読み取れない。
「それじゃ、明日出発ってことで。東門に集合な。遅れんなよ!」
フェンの言葉に返したいことが喉まで出かかるが、ぐっと飲み込んで頷いた。そしてその場を立ち去り、市場で必要なものを揃えるため準備を進めることにした。
冒険者ギルドから歩いて10分。市場に出ると、買い物客で賑わっていた。八百屋や肉屋、露天商が立ち並び、人々が商人たちと品物のやり取りをしている。一人は今日の夕飯だろうか、野菜を吟味していたり、別の誰かは肉の塊を選んでいたり。俺はそれを横目に見ながら目的地へ足を進める。
市場の奥まで進むと、一軒だけ異様にさびれた建物が目に入る。外観は蜘蛛の巣でも張っていそうなほど荒れ果てていて、一見すると営業しているとは思えない。しかし、これでも営業中の店なのだ。建付けの悪い扉を押すと、ぎぃーっと耳障りな音が響く。
店内も外観通りの荒れ果てた様子だ。床板はきしみ、空気にはほこりが混じっている。視線をカウンターに向けるが、店主の姿は見当たらない。仕方なく、ほこりをかぶった呼び鈴を鳴らす。チリン、と頼りない音が部屋に響くが、どうやら店主を呼ぶには不十分なようだ。
「グロムさーーーん!!」
やむを得ず大きな声で店主の名を呼ぶ。声が散らかった店内に響き渡り、わずかにかすれてしまったが、十分届いただろう。すると、奥の方から足音が近づいてくる。
「お待たせしましたぁ、お客さん!おぉ?レイン坊じゃねえか。」
現れたのは、ぼさぼさの頭をそのままに、伸びっぱなしの髭を蓄え、黒い染みがつき白とは程遠い白衣を身にまとった老翁だった。人懐っこい笑顔を浮かべながら、片手を挙げてこちらに挨拶する。
「今日はどんな魔石が御所望だ?炎か?それとも氷か?はたまた回復か?ここ、『魔晶万屋マショウヨロズヤ』ならどんなものでも手に入る。さあ、何をお買い求めますか?」
きざったらしく、決めポーズを加えながらこの店のキャッチコピーを演説する。相変わらずこの人は年もそこそこ重ねているというのに元気で、そして変わってる。若干気圧されながらも、必要な魔石を言っていく。
「ほぉー、それで古代遺跡に行くことになったんか。あーわしももう少し若けりゃ、同行して未知なる魔石探しに出向けるというのに。」
「はいはい、そんなことはいいから。今日の話聞いてた?遺跡の調査に当たって回復の魔石が欲しいんだ。いいのないか?」
「癒光石か、任せとけ。これを見ろ、最近仕入れた特上品じゃ。純度が高くてな、どんな傷でもバッチリ癒せる。特別価格で出してやるぞ。」
グロムはにやりと笑い、碧色の柔らかな光を放つ癒光石を取り出した。それを手に取ると、確かに他の癒光石よりも色も輝きも鮮やかに見える。
「ありがとう、助かる。」
受け取りながら店内を見渡すと、ガラス張りのショーケースの中に琥珀色に光る魔石が目に留まる。それは周りのものとは一線を画す異彩を放っていた。
「ほぉ、そいつに目をつけるたぁ、さすがレイン坊じゃな。」
「これは?」
「帝国で開発された試作品らしい。名前は色を取ってそのまま、琥珀石。強力な威力を持つって話だが、試せないもんだから扱いに困っとる。お前ならこれを託しても大丈夫だろう。」
「ってか、託すってどういうこと?俺を実験台にでもする気か?」
「そんなこと言うな。お前さんならうまく使いこなせる。しかも、タダでやるんだぞ?」
「タダだからって危険すぎる。それに帝国のもの、どうやって手に入れたんだ?」
「わしのつてを使えばそんなもんいくらでもな。どうじゃ、引き受けてくれるか?」
グロムの説得に渋々ながらも応じることにする。
「……わかった。その代わり、癒光石の料金もタダにしてくれ。」
「おぉ、さすがレイン坊!その条件、喜んで飲もう!」
満足げに笑うグロムを横目に、俺はため息をつく。何やら怪しいが、いつも世話になっているお礼と思えば悪い取引でもないか。
「あ、そうそう。琥珀石の使い方を教えとくぞ。対象に向けて放つと光線が出る。この光線は触れたものを消し飛ばすらしい。絶対に人には向けるなよ。」
最後の注意を雑に伝えると、グロムはそそくさと奥に引っ込んでいった。なんとも落ち着かない気分のまま、俺は店を後にした。
あらかた必要なものを買いそろえたため、明日のためにも宿へ帰って休むことにする。宿へ着くと、夕食のいい匂いが漂ってくる。腹の虫が物欲しそうな音を立て、晩餐を要求してくる。お腹もすいたことだし、食堂でご飯を済ませるとしよう。
食堂へ行くと、夜も忙しそうにしているバーナーの姿が目に入る。声をかける暇もなさそうだったため、適当な席に腰を下ろした。食堂は賑わいを見せており、すでに酒の入った客がちらほらいる。その中で、客の注文を聞きに回りながら配膳をしているリアが目に入った。注文ついでに声でもかけようと思い、手を振ってリアを呼ぶ。だが、俺に気づくとリアは舌をべーっと出し、無視して他の客の元へ行ってしまった。
リアのやつ、まだ朝のことを気にしているのか。乙女心というのは本当に難しい。仕方がないので、他のウェイトレスを呼ぶことにした。
食事を終え、腹も膨れたため部屋に戻ることにする。明日は早朝出発のため、準備を今日のうちに済ませておこう。荷物をまとめた後、剣の手入れを始める。長く使っているものなので、刃こぼれがひどくなってきている。そろそろ買い替え時かもしれない。剣の手入れを済ませると、今日のやるべきことは終わったので入浴と着替えを済ませた。部屋に戻った頃には、時間は22時を少し過ぎたあたり。まだ眠気もこないので、バーナーとリアに話しかけに行こうと思い立つ。
食堂へ降りると、バーナーとリアが誰もいない食堂で晩酌をしていた。
「おおー!レイン、こっちこいよ。一緒に飲もーぜ!」
バーナーは俺に気づくと、陽気に手を上げて呼び寄せる。すでに出来上がっているようで、向かいに座るリアは疲れた顔をしている。酔っ払いの隣に座るのは嫌なので、俺はリアの隣に腰を下ろした。リアは俺が近づくと少し身じろぎしたが、気にせず席についた。
「この酒はお得意先の商人からもらった特上品だ。どうだ?おめえも飲め。」
バーナーは俺に葡萄酒らしき酒を勧めてくる。その芳醇な香りからして、確かに特別な酒なのだとわかる。
「悪いが、バーナー。俺はお酒は飲まないんだ。その代わりお酌させていただくよ。」
「なんだよ、つれねえやつだなぁ。」
バーナーはぶつぶつ言いながらも、俺が注いだ酒を上機嫌に飲み始めた。暇つぶしに来たつもりだったが、酔っ払いの相手をすることになるとは計算外だ。
「おめえが来て早4年かー。早えもんだなぁ。あのときゃボロっボロで、半べそかいたガキだったのに、すっかり立派になりやがって……。」
バーナーがしみじみと語り出す。この人は酔っ払うと昔話をしたがる癖がある。本当におっさんだな。すでに呂律も怪しくなりつつある。
「お父さん、飲みすぎ!そろそろ寝た方がいいんじゃない?」
リアが心配そうに声をかけるが、バーナーは手を振って制し、さらに飲もうとする。
「まだまだ飲めるって!大丈夫だ!」
「もう、お父さんったら……!」
リアがため息をつきながらバーナーを睨むが、バーナーは全く気にする様子もなく、話を続ける。
「あんときから、おめえとは色々あったよなぁ。ほんとに、いろいろ。俺にとってはおめえは家族のように思ってる。血はつながってねえけど、息子みたいに思ってるんだよ。」
酔いが回っている割には、真剣なまなざしで語りかけてくる。
「だから、だからよぉ。困った時とか、辛い時は俺に相談しろ。俺がお前を助けてやる。だから、後悔の残る選択だけはすんなよ。俺みたいにな。」
「バーナーさん……」
すっかりしんみりとした雰囲気になってしまった。家族か。
「俺もバーナーさんのこと、家族みたいなもんだと思ってるよ……って、もう寝てるし。なんだよもう。」
照れ臭いことを言ったのに、バーナーはすっかり幸せそうな表情で眠っている。言い損だなと思いながらも、日々の疲れが溜まっているのだろうと考え直す。ゆっくり寝かせてあげよう。
「お父さん、すっかり寝ちゃったね。もう、ここで寝ると風邪ひいちゃうのに。」
リアは悪態をつきながらも、風邪をひかないように毛布を掛けてあげる。なんだかんだ言って、父親譲りの面倒見の良さが彼女のいいところだ。
「なあ、リア。今朝のことだけど……」
「そのことならもういいよ。私ももう大人だもん、寛大な心を持ってるから。」
そう言って、腕を組みながら自分なりに大人っぽさを演出するリア。でも、ちょっと不服そうな表情が隠し切れていない。
「1週間後のリアの誕生日の日、予定空けといてくれ。」
「え……?」
リアは一瞬きょとんとした後、少し頬を赤らめながらこちらを見る。
「何かあるの?」
「秘密だ。楽しみにしててくれ。」
リアは目を輝かせながら小さく頷いた。それから突然、満面の笑みを浮かべて口元を手で隠す。
「もしかして、デートとか……?」
「さあな。」
からかうように返すと、リアは嬉しそうに笑った。どうやら機嫌がすこぶる良くなったようだ。
「楽しみにしてる!」
その言葉を聞き、俺は少し肩の力を抜いて笑った。これで明日の準備を終え、心穏やかに眠れそうだ。
「そろそろ部屋に戻るよ。おやすみ、リア。」
「おやすみ、レイン。」
リアの笑顔を背に受けながら、部屋へ戻った俺は、明日の遺跡調査に向けて深い眠りについた。
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