とある怪盗団の下っ端もどきの話。

こむぎこ

第1話

 ヘリの中は、プロペラの音にまみれていた。

 けれど、ボスの太い声だけは正確に耳に届いた。

 

「あんたを今後も使うかどうか、今日が最後の試練だよ!!」

「アイ、ボス!!」


 怪盗団の見習いとして、仕事を始めて半年。

 おばさん……もとい、ボスにこき使われながら、ようやく正式に一団に入れるかどうかの瀬戸際まで来た。

 

「午前中の仕事のへマはひどかったけど、今夜の仕事は一団総出でやるんだ、ヘマだけはするんじゃないよ!!」

「アイ!! ボス!!」


 許される返事は基本はこれのみ。


「流れは説明した通り、質問は?」

「侵入方法だけ聞いておりません!!」

「バカだねえ、何のためにヘリを出してると思ってるんだい? 地上82階、展覧会の間に侵入するには上からしかない。

 説明するまでもないよな? ん?」

「え、あ、はい」

「返事は?」

「アイ!! ボス!!」

「それからカウントダウンの仕方は?」


 カウントダウン? 何の? と聞き返す時間はなかった。


「さん、にい」

 

 ボスのその声とともに、ヘリのドアが開いて乱気流がなだれ込む。


「いち。この中で一番命の価値が低いのは?」

「いっつみー……」

「よくわかってるじゃないか、逝ってこい」


 どん、と突き飛ばされ、「うわああああああああああああああああああああ」と悲鳴が漏れる。

 地上2000メートルからの自由落下。

 寒い、寒い。あらかじめ来ていた防寒着ではとても防ぎきれないほどに寒い!!

 そして、なによりもはやい。体勢の制御が効かない。落ちる速度が速すぎる!!

 なんとか体を大きく開いて、速度を殺そうとするもうまくいかない。

 片手で目の前のベルトをいじるが、手がかじかんでうまく操作が効かない。


 そうしてる間にも地上が見えてくる。

 ビル群が見えてくる。

 このまま落ちていけば、屋上にぶつかってしまう━━!!

 

「ひ、開けッ」

 

 何とか手が上手く動いた。

 がち、と音がして、ぷっしゅうとパラシュートが開く。

 浮遊感に包まれて、少しだけ安堵する。

 あとは安全に降りて……吸盤で壁に張り付くだけ。だけにしては難易度が高いけれど、さっきと違って命の危険はそれほどない。

 ゆっくり降りていく速度に合わせてひとつひとつ階を数えて、間違えないように、82階に張り付く。


 そのすぐ後にボスが隣に張り付いた。

 

「もたもたするんじゃないよ、

 あと300メートルはパラシュートを我慢できたはずさね、臆病な心だけは治らないねえ、まったく」


 それからも続々と降ってくる一団。

 展覧会の間にあるすべての宝石、宝飾品を奪うためだ。

 圧倒的な人数が、各窓の目の前に立った。

 

 パラシュートの下りはあまり聞かされていなかったけれど、ここからの工程は大きく分けて三つ。

 窓およびドアのアラート解除、廊下の赤外線センサーの無効化、そして管理室の乗っ取り。


「始めるよ」


 ボスが持ち込んだ窓用のアラート解除キットを使う。一時的な電気障害を起こす装置らしいが詳しいことはわからない。

 ただ、窓は安全に開くことができるようだった。

 高所故ハメ殺しになっていた部分も、てきぱきと切断して侵入する。


 一団が82階に侵入し終わるまで、5分とかからなかった。


「よし、次は廊下センサーの無効化だよ」


 全員を見回して、ボスは次の号令をかける。

 そう言うや否や、僕の手は廊下のセンサ―に触れる。

 瞬時に、ビリリリリリリリリリリリと、耳障りなアラートが響き渡った。


「何をやっているんだい、おまえ!! チッ、ずらかるよ」


 そういうボスが後ろを見て唖然とする。

 侵入してきた窓は、分厚いシャッターに覆われていた。ご丁寧に「いらっしゃい怪盗団の皆さま」というメッセージ付きで。


「シャッターはないはずだろう?」

 

 そのボスの声に僕が答える。

 

「アラートがなると、シャッターが下りる。そういう仕組みになっているんです」

「えぇ? なんだい。シャッターはないはずだろう? おまえが調べてきた報告書じゃないか。ちゃあんと裏だってとったさ、なあ。

 いったいぜんたいどういうことだい?」

 

 ボスに胸倉をつかまれながら、問い詰められるが、もう怖いものはあまりない。

 

「この階だけ、今日の午前中、こっそり改修が入っていたんですよ、そこまで調べ切れていなかったでしょう?」

「そりゃあおまえのへマの後始末でねぇ? いや、なんだいまさかあんた、午前中のへマからわざとだったってわけか?

 ……いくらでどこに雇われた?」


 ボスが怒気をあらわに問い詰めるが、少し見当違いだったから笑ってしまう。

 

「午前中から? こまりますよ、そんな短く見積もられちゃ」


 僕の後ろから、足音が響く。

 

「ご苦労、早乙女悠 二級囮捜査員」

「そういえばそっちにはそんな名前で登録してましたね、お疲れ様です八宮警部」


 怪盗団の倍以上の警察の群れが、そこにはあった。

 

「……なんだい、はなっからそっち側ってわけか。あたしの目も腐ったもんだ。負けさ、まけだ。好きにしろ」

 

 おばさんの声を皮切りに、後ろの捜査員が一団を皆拘束していく。

 

 それを背景にかえろうとして警部に引き留められる。


「お疲れ、早乙女捜査員。

 そしておめでとう。盗賊団撲滅囮捜査員 一級試験 合格だよ」


 こうして僕は、一級囮捜査員になったのだった。

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