少女の反逆

直三二郭

少女の反逆

 小学六年生の間芽衣子《はざまめいこ》は、今日返ってきた塾の算数のテストでは九十五点を取った。平均は七十点台、クラスの中でかなりの上位に入っているだろう。

 しかし芽衣子はこの点数を見て、倒れそうになってしまった。芽衣子は一番ではなかったからだ。

 一位の名前は忘れたが、男子の誰かが百点を取ってしまったのだ。

 名前を覚えていないが男子がわざわざ目の前に来て、答案用紙を見せて自慢をしやがった。芽衣子はこの男子を消せば自分が一番になるかと思ったが、それには時間が足りない。

親は毎回帰りは迎えに来ている、この部屋から出てビルから外に出るまでの間にこの男子の痕跡を全て消すのは、不可能だった。

 教えてやってもいいとか、俺が教えればすぐに百点を取れるとか、映画の券が沢山余ってるから一緒に見に行ってやってもいいぞとか、何故か顔を少し赤くしてそんな事も言っていたが、相手をできるような気分ではなかった。

 塾に通ってる他の友達も何かを言っていたが、全てを無視してよろけながら塾のあるビルを出る。

 帰りたくない。芽衣子はそう心から思った。しかしすぐに両親はそろって待っているのが見えた。

 芽衣子は一度歩きを止めたが、すぐに再開する。

 一位になったら言おうと思ていたのに。その勇気を出せるように一位を目指していたのに。

 父と母にはもう、あんな事はされたくない。しかし逃げる事ができないなら、せめて早く済ませるしかない。

 そう思いながら、芽衣子は両親の元へ歩いていた。




「……九十五点、か」

「……赤本さんの所の海君は、百点だったらしいわねぇ?」

 リビングで両親からの叱責するような声に芽衣子は思わず肩を震わせると、父親が両手で後ろから肩を押さえつけた。

 今の芽衣子は、もう二度と来たくないと思っていた服に着がえさせられていた。こんな姿は両親にだって見られたくないのに、友人に見られてしまったら、もうどこにも行きたくない。

「……ご、ごめんなさい……」

 そう言って謝罪するが、両親は二人ともため息をついて呆れたような声を上げた。

「何故謝るんだい。こんな問題は簡単だと、適当に答えていたわけではないんだろう?」

「芽衣子ちゃんは頑張ったんだもんねぇ? 頑張っていない訳、ないもんねぇ?」

 そう言われて、芽衣子は期待してしまった。この服を、この体勢を、もうしなくていいんだと。

 そんな訳がなかったのに。

「芽衣子は頑張った、頑張ったんだ! ただ、頑張りが足りなかっただけだよな?」

「海君は百点をとっていしる、芽衣子ちゃんよりも頑張っていたんだとは思わないのぉ?」

 その声に、芽衣子は絶望してしまった。

 駄目だった、頑張った所で、結果が全てなのだ。

 自分よりいい点をとった海とやらを怨まずにはいられなかった。

「二年前に私立中学に行くと言ったのは、芽衣子ちゃんだったのは覚えてるぅ?

「はい……」

「受験は大変って言ったのも、忘れてはいないな?」

「……はい」

「だからママもパパも厳しくするって言ったら、それでもいいって言ったのは、誰だったか覚えているぅ?」

「……私、です……」

「なら、次は一位をとるために芽衣子がどうするのか、自分で言ってごらん?」

 言いたくない、こんな思いをするなら受験をするなんて言わなけばよかった。

 ただ二年前に、友達が私立中学に行きたいと言ったから、同じ中学に一緒に行こうと言っただけなのに。その友達とは同じ塾に通っていたのは半年ぐらいで、親の転勤でフランスに引っ越してしまった。正月に会ったらお土産に『東京バナナ―ナバナナ』をくれた。父親が仕事で二週間ほど東京に行ってから福岡に帰ったので、消費期限の都合でこれを選んだらしい。

 美味しかったけど、本当にフランスに行ってるの?

「もっと、頑張ります……」

 それしか、思いつかなかった。しかしこの答えは母親には気に入らなかったようで、芽衣子の前に立ち頬を手で抑えた。

「頑張るじゃぁ、分からないでしょぅ? もっと時間を二時間増やすとか、お母さんと一緒にお風呂に入って一緒に勉強するとか、ちゃんと具体的に何をするか決めないとぉ」

 こう言われたが、芽衣子は何も答えられなかった。言ってしまったら、それをやらなければいけない。二時間ぐらい勉強を増やすのはかまわないが、銭湯や温泉じゃあるまいし、この歳で母親と風呂には入れない。

 何も言えないで、衣子がただ黙っていると、父親が後ろから髪を触りながら口を開く。

「芽衣子、何でそんなに黙っているんだい? そんな事をしていたら、お父さん達がまるで子供を虐待する両親みたいじゃないか」

「酷い、まさか芽衣子は自分が、虐待されているなんて思っているのぉ!?」

「ち、違います! 私はそんな事は――」

「じゃあ自分がどうするのか言ってごらん? さっきとは違う事を言ってもいいんだよ、もちろん私達が許可したら、だけどね」

 その言葉に、芽衣子はとうとう全てを言おうと決心した。

 きっと少しづつ、自分はおかしくなってしまっていたんだ。二年前から少しずつ、両親も、そして自分も、おかしくなったんだ。

 だから自分を、そして両親を正常にするために、何があっても言おうと決めたから、芽衣子は両親に対して口を開いた。

「勉強時間は二時間増やします。だから……、六年生何だから一緒のお風呂には入らないし、お父さんの膝の上でご飯を食べるのももう嫌! 家に帰るなりゴスロリ服に着替えされるのももう嫌なの!」

 その言葉に両親はショックを受けた。娘の言葉に何も言えないでいると、続けられる。

「六年生になると、昔と趣味も変わるの! 普通はゴスロリ服では学校に行けないし、家でも着ないの!」

 娘は幼稚園の頃にアニメで見た服のようだと、ゴスロリ服を着たいと言った。しかし結構なお値段なので、母親としての意地をかけて独学で作れるようになった。父親は不器用で無理だった。

 それなのに、娘の事を思っていたのに、こんな事を言われるなんて。

 確かにママ友から『学校ではどうかと思うよ?』と言われたが、でもかわいかったから。

「後、お父さんの膝の上でご飯を食べるのは幼稚園児でもおかしいから! ご飯の時だけじゃなくて、お説教する時も私を膝の上に乗せるし、何で自分がおかしいとは思わないの!」

「ち、違うぞ。確かに他の家庭とは少し違うかもしれないけど、それはそれぞれの家庭の個性だから」

「個性で済む範囲じゃないから! ある意味で虐待だから!」

 その言葉に父親はさらなるショックを受けた。

 子供を虐待するような親には絶対にならないと思っていたのに。

「そんな……。虐待にならないように、常にスキンシップをとっているつもりだったのに。動画を見る時も食事の時も説教の時も、お父さんの愛情が分かるように常に膝の上にかかれていたのに……、時々頭も撫でていたのに……」

「何で私の歳を考えないの! 友達に知られたらもう学校も塾も行けないから!」

 娘の告白に、両親は何も言えなくなった。そして同時に娘もまた、とうとう言ってしまったと激しく息をできるだけだ。




 親子はまだリビングにいた。話すのを止めて、どれくらいの時間が経っただろうか。

 話す事をこれ以上止めたら、もう娘は心を開く事は無くなるだろう。

 たった今の言葉を、娘の真意に何も言えなかったら、娘が心を開く事はもうないに違いない。

 父親はそんな大仰に考えて、娘に言った。

「じゃあ何で、もっと早く言わなかったんだ?」

「あれは、願掛けしてたから。一位になったら何でも言う事を聞いてくれるかな、って」

「そんな事をしなくても、ちゃんと聞くからぁ」

「だって、ずっとあんな異常な事をさせてるんだから、怖くなっちゃって」

「異常は酷いわぁ」

「いや、正直に言うとお父さんもどうかと思うぞ、あの服で学校に行っているのは」

「そんなぁ、それならずっと芽衣子ちゃんを膝の上に乗せて、離さなかったくせにぃ」

「そっちだって、隙をついては芽衣子のほっぺをもんで楽しんでいたじゃないか」

「それはいいでしょぅ。もちもちなのは、今の内だけなんだからぁ」

「いや、どっちも嫌だからね。正直に言って嫌だったからね」

 そう言い合って互いに心を開き合い、三人の家族は絆を強くできたのであった。

 そして父親が気になっていた事も、ついでと言わんばかりに聞いてみた。

「ところで、赤本君からは何か言われなかったか? 一緒に映画を見に行こうとか」

「? 赤本って、だれ?」

「ほらぁ、今日百点だった子ぉ」

「ああ、あいつ。来週末のテストであいつに勝つんだから、映画なんて見るわけない。受験生だし」

「でもぉ、息抜きって言うかぁ、少しぐらいそういう思い出を作ってもぉ」

「はぁ!? 勉強時間を増やすんだから、そんな時間あるわけないじゃない。勉強時間と睡眠時間を考えたら、そんな時間はとれないって」

「そうだそうだ、そんな名前も思えてもらえない奴なんかと映画に行く必要はない! 受験が終わったら、映画でも何でもお父さんと行こうな」

「いや、この歳て父親と行くのはちょっと……。行くなら友達と行くから」

 そして、芽衣子は自分の部屋へと戻った、赤本海に勝つ為に。




 結論から言うと、小学生時代は芽衣子は海にテストで勝つ事は無かった。

 しかし同じ私立中学校に入学すると、一学期の中間テストで勝つことができた。しかしその中間テストの結果は学年七位であり、同時に六人の敵が生まれたと芽衣子は思い込んだ。

 だから海から告白されても、それを相手にしている時間はなかった。

 何だかんだあって間芽衣子が高校受験の模試でで全国一位をとるのは、海をふった二年後の事である。

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