ガラスはなぜ割れたのか?
「あ。広瀬くん、わかったんだ」
気付けば杜さんは、にやにやとぼくの顔を覗き込んでいた。
「……」
まったく、人の思考も読み取るとは本当に侮れない人だ。
気が付けば店内の有線は邦楽に変わっていた。流れているのは最近流行りの女性アイドルの曲。日本語と英語が忙しそうに入り混じった歌詞は上手く聞き取れず、今は雑音にしか聞こえない。
そんな曲まるで耳に届いていないとばかりの杜さんを前に、ぼくは一度咳を払った。
「そうだね。まず教室の中から何かが盗まれたり壊されたりしたら、それはすぐに気付くよね?」
「うん、だね」
「それなら逆に、犯人が教室にあるものを置いたとしたら、それにはどれくらいの人が気付くかな?」
「え? 犯人、何か置いたの?」
「うーん。いや、置いたというよりは渡したかな。そっちの方が語弊もないし」
はて、といった顔で見られる。
「渡したの?」
そんな顔で見られても困るんだけど……。
「あー、だからさ。それに合わせて、その渡したことに気付ける人が青葉さんだけならどうかな?」
そこまで言ったぼくを杜さんが「わけ知りはもうよせ」って顔で睨んできた。
だから、ちょっとだけヒントをあげる。
「えっと。ほら、青葉さんに好意のある人って多いんだよね?」
「うん、そうだね。白ちゃんはモテモテ……ああっ!」
その時、杜さんの表情が明らかに変わった。
無論、それをぼくは見逃さない。
「うん、そういうことなんだ」
誰かが教室に入った。この事実に基づいて考えを進めるなら窃盗を疑うのは当然。だから教室に物が増えていたなんて誰も思わなかった。
そして、わざわざ夜の学校に侵入した理由が、その増やす行為を見られたくなかったからだとすれば犯人の目的も自然と絞られる。加えて、唯一それに気付ける人が青葉さんだけならそれはもう……。
杜さんは驚きの顔をしていた。
「えっ、嘘。じゃあ広瀬くん、それってもしかして……」
杜さんが言う。
「ラブレターなの?」
ぼくは頷いた。
そう。きっと名前も知らないどこぞの何某くんは、青葉さんの机にラブレターを入れるため教室のガラスを割ったんだ。
「なんだ、そうだったのね……」
杜さんはこの日初めて嘆くように言った。
「そんな甘酸っぱい経験、わたしにはないからわからなかった……」
窓の外を眺める、ちょっぴりアンニュイな杜さん。
数秒後、それがまるでぼくにはあるかのような言い方だと気付いて慌てて否定する。
「ぼくにだってないさ」
そう、そんな経験はぼくにもない。だからだろう……。今の推理ぼくには一つだけわからないことがある。
雑音とも思えた女性アイドルの曲は想像以上に早い段階でフェードアウトし、次第に聞き覚えのあるクラリネットの音色が聞こえてきた。確か、そうだこれは『ラプソディ・イン・ブルー』だ。
「はあ……」
つまらなそうに、頬杖をついてカプチーノを啜る杜さん。
どこかで店内BGMに聞き入っているかのような気もするけど、そんな彼女に一つだけ、ぼくはあることをぼやいてみた。
それはぼくがこの推理の中で唯一納得のいかないことだ。
「でも、さすがにリスクが大き過ぎるよ。夜中にわざわざ学校にまで行って、ガラスを割って、それなのに犯人のしたことが想い人の机に恋文を入れただけなんて……。そこまでする人の気持ちが、ぼくにはどうしてもわからないよ」
ほとんど独り言のように言ったぼくに、杜さんはしみじみと呟いた。
「それが――」
そして、呆れたように吐き出した。
「恋なのね」
ガラスはなぜ割れたのか? hororo @sirokuma_0409
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