第3話

私はぽつぽつと話し始めた。本当に話していいのかな、という心配は見て見ぬふりをして。

職場で怒られること。

課長が怖いこと。

理不尽なのはわかってるけれど、言う勇気もないこと。

化け物になっていつも夢に出てくること。

その夢のせいで眠るのが怖いこと。

夢ごときでこうなってしまう自分がなんだかふがいなくて、泣きそうになったけれど、こらえて話した。

「なるほどね。ぱわはら?ってやつなのかな」

話を聞き終わったおじいさんが、私の目を見ながら言った。

「たぶん、そうです。でも、私はとりあえずここでやっていくしかないから。夢だけでもどうにかできたら…」

言いながらうつむくと、おじいさんが微笑んで言った。

「ならよかった。ここにはお前さんの望むものがある。」

そして、おもむろに小さな瓶を取り出した。

「これは夢の小瓶。この栓を開けた後に見る夢は、すべて瓶に入れられる。本来夢を見ている時間、お前s何はかりそめの世界で『自分ではない誰か』として生きられる。そこでは何をしたっていいんだ。」

夢の小瓶?かりそめの世界?混乱する私の心中を察したのか、おじいさんが続ける。

「まあつまるところ、お前さんは夜、悪夢を見らずに、好きなことができるんだ。」

「なるほど…。つ、使ってみます。お代は…?」

「お金はいらないよ。その代わり、使ったらその瓶を持ってきてくれ。それだけでいい。」

「そ、そうなんですね。わかりました。ありがとうございます。ところで貴方は…」

ずっと普通におじいさんと話していたけれど、そういえばお互い名乗っていない。

そのことに気づいて、帰る間際に名前を聞くことにした。

「私かい?私はアルジス。別段覚える必要もないよ。お前さんが来たらわかるから。」

「いえ、覚えておきます。ありがとうございました、アルジスさん。」


不思議なお店との出会いがあった日も、私の日常は変わらなかった。

今日も怒鳴られて、疲弊して帰った私は、いつも通り部屋着に着替える。

「今日は眠ってみようかな。」

小瓶を眺めてつぶやく。

もし、アルジスさんのいうことが本当なら、私は悪夢を見なくて済むらしい。本当なら、だけれど…。

でも、アルジスさんなら信用できる。

そう思い、私は小瓶を持ってベッドまで歩く。といっても狭い部屋だから、たった2歩でついたけれど。

キュポンッ

小瓶を開けて、

私は眠りについた。

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あなたの夜、買います。 風花こおり @kori40kazahana

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