第35話 違和の食卓
西の見張り台から降り、町長の屋敷へとルクスエは向かった。
屋敷は敷地が広く、建物はルクスエ達の暮らす旧見張り小屋の倍近くの大きさがある。さらに従者たちの住む離れや竜舎があり、財力の大きさも見て取れる。
普段は従者2人が交代で夜の警備に当たっているが、今日はさらに5人の戦士が屋敷の出入り口に立っていた。屋敷に近付くにつれて大きな笑い声が聞こえ、外にいる戦士たちは怪訝そうな顔で玄関扉を見ている。
「ルクスエ。彼はどうした?」
30代の戦士が、彼一人で来たことに気付くと問いかける。
「見張り中です」
「なんで連れてこなかったんだ。あいつら」
「俺は彼の所有者です。帰すかどうかは、俺が決めまず」
こうでも言わなければ納得はしてはもらえない。言葉を遮りルクスエは睨みを聞かせながら言うと、戦士は玄関扉を一瞬見た後に複雑な表情をした。
「……今は、そうした方が良いな」
「中から笑い声が聞こえましたが、何かあったのですか?」
「デハンさんが、もてなしてんだよ」
30代の戦士に代わり、地べたに座る20代の戦士が言った。
「手荒な真似をした謝罪とか言って、町長の家に上がらせるわ、料理と酒でもてなすわでさー。忌み子以前の問題なわけよ。裏で連絡とり合ってたんじゃないかって、なぁ?」
「あぁ、面識はなさそうだったが、繋がりが見えた。同僚がデハンさんを呼んだら、あいつらの顔色変って抵抗しなくなったんだ」
隣に座っている幼馴染の戦士は、彼に同意する。
デハンはアイアラの父である。何事もなく彼女とテムンが結婚をすれば、彼は町長の身内となる。さらに、他の町村との繋がりを取り持ち、エンテムの財源の一角を担う商業組合の役員達と拮抗していた立場が一段階上となる。
エンテムでの発言力は二番目に強くなるだろう。
町長一族は傍から見れば、アタリスは老い先短く、テムンは経験不足で未熟だ。また、早くに夫を亡くしたテムンの母は未婚の状態にある。
戦士として実力と実績のあるデハンは、周囲からの信頼も厚い。特に、屋敷周りに待機する若い戦士たちの親世代からの人望がある。その世代はカルアの一件でテムンの判断に不満を募らせている者が多い。さらに火竜の一件が加わり、その声はより大きくなっている。
カルアをラダンへ帰せれば、支持者が増え、発言力はより高まる。
「町長とテムンは?」
「あの場にいる。勿論、従者の人達も付いてる。デハンさんのもてなすってのに賛成したけど、町長の事だから何か思惑があるんだろうさ」
地べたに座る戦士はそう言って、大欠伸をした。
アイアラが西の見張り台へ来たのは、カルアが心配なだけでなく、デハンの行動に異を唱える意味合いもあったとルクスエは察した。
「入るんだな?」
「はい。カルアの為にも、話をつけないといけないので」
「そうか。何かあったら直ぐに外へ逃げるんだぞ。あいつらの武器はこちらで預かっているが、多勢だからな」
30代の戦士は心配そうに言い、話を聞いていた従者の1人が玄関扉を開ける。
ルクスエは深呼吸をすると、屋敷の中へと入った。
入ってすぐの場所に大きな広間があり、上質な絨毯が敷かれている。その上に食事用の布が敷かれ、様々な料理の乗った大皿が並んでいる。
「ルクスエ! 遅かったな!」
酒が入り顔の赤いデハンは上機嫌で言う。
大皿には羊の丸焼き、腸詰め、蒸し餃子、揚げ魚と手の込んだ料理が乗り、ほとんど無くなっている。足りないのか、従者の女性がモツ煮の乗った大皿を追加で持って来た。
一体、これだけの量をいつから用意していたのか。
疑問が湧く中、ルクスエは広間へと歩みを進める。
上座の位置に町長であるアイアラが座り、その隣に緊張した面持ちにテムン、そして傍に従者が二人待機している。ラダンから来た男3人とデハンは、下座に座り思う存分料理を食べ、酒を飲み交わしていた様子だ。
体面は表向き保っているが、違和感が拭いきれない。
「おぉ、ルクスエ殿。お久しぶりですな」
「……一ヵ月ぶりですね」
遠目では判別が難しかったので分からなかったが、対面して誰であったかルクスエはようやく理解する。
無精ひげを生やした無骨な顔立ちに、狼の毛皮が縫われ竜の刺繍が施された服を着こんだ40代の男。ラダン村長のイヴェゼ。そして似た格好をした従者の2人だ。
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