第34話 ラダンからの使者

 たった三人。されど三人だ。


「小難しい話は終わったか?」


 共に見張りを行っていた戦士が、会話が終わったのを見計らい、声を掛ける。

 カルアからの情報を受け取る役割をルクスエが担い、その間は彼が周囲の見張りをする手はずでこれまで動いて来た。

 彼は望遠鏡を覗いたままのルクスエを見て、顔を強張らせる。


「こちらに野盗らしき三人組が馬に乗って来ようとしている」 


 三人を追っていたが、三手に分かれられた。望遠鏡を離し、ルクスエは机に置かれている撞木を手に取る。


「間違いないのか?」

「真っ直ぐにこちらへ向かう松明が見えた。見張りの灯りに気付いたのか、それを消した」


 町を訪れるだけなら松明を消すなんて、まずあり得ない。草原に住む夜行性の竜は火を恐れるので、安全の為に付けておくのが鉄則だからだ。

 相手は身を隠す為に灯りを消した。戦士は理解し、それ以上の追及は無かった。


「ル、ルクスエさん」

「大丈夫だ。カルアは俺がちゃんと守る」


 安心させるように微笑んだルクスエは、天井から吊るされている青銅の鐘を撞木で勢い良く叩き始める。

 二拍子刻みに叩き、野盗の襲来の警報を鳴らす。


「どうした!?」


 鐘の音を即座に訊きつけ、下で待機していた戦士が飛び上がるように梯子を登って来た。


「野盗らしき三人組が、馬に乗って町に近付いている! 三手に分かれたから、町の出入り口の警備を頼む!」

「分かった! 俺達で相手する!」


 戦士はすぐさま梯子を下り、外へと飛び出した。休憩小屋で仮眠を取っていた戦士達も急いで出てくると、すぐに走竜に乗って町の出入り口へと向かった。

 地上では松明が焚かれ始め、エンテムの町の四方の出入り口へと移動する。

 これで子供や女性が襲われる心配がなくなり、最小限の戦闘で済むだろう。

 戦士たちは迅速に行動にルクスエは安心感を覚えるものの、やって来ようとする3人が気になった。

 それは町を守る戦士としての使命とは、また別の理由だ。

 この9日間で〈リリドーから内陸へと大型の竜の目撃数が増えた〉と商業組合の役員から聞いていた。しかし、町や村が破壊され、野盗が増えているとは言っていなかった。

 どうやら国の政府が迅速に動いているらしく、竜と対抗するだけでなく、被害を受けた町や村の住民の保護に乗り出しているようだ。

 竜の移動の噂は、日に日に広がっている。町や村は常に警戒態勢に入っている。そんな状況で、町を襲おうなんて自殺行為も甚だしい。

 余りにも不自然だ。


「……ラダンの使者?」


 しばらくして、鐘を止める様に指示をしに来た戦士に向かって、ルクスエは怪訝そうに言う。役員のように、テムンからラダンに関する情報を聞いていた彼の中に嫌悪の色が強まる。


「松明消して、分散して侵入して来ようとする奴らが?」

 一緒に見張りをしていた戦士は、ルクスエ達の代弁をした。


「そうしたのは、忌み子の力で町が支配されていると思ったからだそうだ。元凶であるカルアを見つけ出し、町から連れ出そうと下らしい」


 伝えに来た戦士は呆れながらも答え、カルアに視線を向けると、気まずそうな表情を浮かべた。

 ルクスエの背に隠れるように佇むカルアの体は小刻みに震え、顔は青ざめてしまっている。

 この9日間でカルアは竜の気配を探るだけでなく、西の見張り台の戦士達とも交流をしようと務めていた。ほとんどが挨拶程度だが、それでもお互いの体調や顔色を把握するには充分だ。

 今のカルアは、完全に恐怖に支配されてしまっている。


「……あいつらは、カルアを送ってしまったのは自分達の責任だと言っていた。だから賠償金を支払うので、連れ戻させてほしいんだと」

「全く理解できない話だな。それなら、テムンが連絡を取ろうとした最初の段階で、動いても良いはずだ」

「だよな」

 ルクスエの言葉に、言いに来た戦士は同意する。


「でも、ここからが問題でさ。カルアを連れて帰れるまで、町に居座るそうだ」

「は……?」


 あまりの身勝手さに、ルクスエは言葉を失った。それと共に、怒りが湧いた。

 完全に、カルアをモノ扱いだ。居なくなっても全く気にしなかった癖に、有用性を見つけ力尽くでも取り戻そうとしている。


「ど、どうするんだ?」

「俺が話をつけてくる」


「そうね。そうしなさい」


 突然のアイアラの声に一同は驚き、振り返る。

 梯子を丁度登りきった彼女は、ルクスエの前へ堂々と立つ。


「こんな危ない状況で、どうしてきたんだ?」

「友達が心配だからに決まっているじゃない」


 フン、と鼻を鳴らしたアイアラは俯くカルアに目線を向け、そしてルクスエへと戻した。


「ルクスエ。あなたはカルアさんの名目上の所有者なのだから、さっさとあいつらを追い出してちょうだい。迷惑が過ぎるわ」

「わかっている。力尽くでも追い出す」

「頼んだわよ。私はカルアさんと一緒にいるわ。彼は夜の見張りに不可欠だから、ここから出ないとでも言っておいて」


 迷いない答えに満足したアイアラは、戦士二人に話があると言って、ルクスエ達から少し距離を置いた。


「カルア。アイアラと待っていてくれるか?」


 彼は目線をこちらに向けてくれたが、震えによって口が上手く回らない様子だ。


「あちらには町長やテムンもいる。俺は強いんだ。大丈夫」


 カルアはルクスエの羽織を弱々しく掴み、何とか言葉を発しようとする。


「……戻って来て、ください」


 ルクスエにしか届かない程の、か細い声だった。


「もちろんだ。ちゃんとカルアの元へ帰って来る」

 安心させようと笑顔を見せると、彼は羽織から手を離した。

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