第33話 見張りの夜

 問題が解決し、カルアが健康を取り戻した時、自分はどうするべきなのか。

 カルアの護衛兼見張りの生活が始まって9日が経つ。ルクスエはその間、ずっと悩んでいた。

 彼に恋心を抱いた。共に過ごす時間が居場所だと言った。だが、カルアを縛る理由になってはいけない。ここに住むのか、別の場所へ旅立つのか。決めるのはカルア自身だ。


「ルクスエさん?」


 自分の感情や欲求を無理にでも通そうなんて、あってはいけない。

 それはカルアを苦しめる事に繋がってしまう。


「ルクスエさん!!!!」

「はっ!?」


 はじめて聞くカルアの大声に、ルクスエは飛び上がる程に驚いた。

 夜空に満点の星空が煌めく中、西の見張り台で2人は調査を行っている。今日は、三日に一度の夜通しの調査だ。


「ど、どどうしたんだ?」

「ずっと険しい顔をしていらしたので……体調が悪いようでしたら、お休みになられてはいかがですか?」


 心配そうにカルアはルクスエを見つめている。

 日を追うごとに美しさが増し、頬のこけは完全に無くなっている。口数も以前に比べてかなり増え、ルクスエやアイアラ以外とも会話を重ねられるようになった。


「い、いや、大丈夫だ。眠気が何度も来ていたから、耐えていたんだ」

「夜ですからね。少し仮眠されますか?」

「もう平気だ。大声で呼びかけてくれたお陰で、頭の中がハッキリした」


 ルクスエは何とか誤魔化し、見張りに集中するよう気を引き締める。

 エンテムの周囲に広がる草原には、夜行性の竜もいるがリシタ達走竜より一回り小さな種類だ。群れを成すものの警戒心が強く、人里に近付くことは余りない。しかし他の竜の移動による影響で町に入り込む恐れがある。警戒は、必要だ。


「気が緩んでしまったのかもしれない。すまない」

「今は代り映えが無いですから。仕方ないですよ」


 カルアは非難をせず、机に顔を向ける。

 竜に関する本が積まれ外国製のランプが置かれた机には、これまで書き記した調査書を纏めた二つの冊子があり、三冊目となる紙の山が出来上がっていた。

 彼が記しているのは、竜だけではない。鳥やキツネなどの動物まで、生き物ならば何でも書いていた。小鳥達が危険を察知し飛び立てば、小動物達は急いで逃げだす。そして、彼らを獲物とする小型の竜も移動をする。大きな存在を注視するのではなく、その予兆も読み取ろうとしていた。


「でも、これはとても重要なことなんですよ」

「どんな風に?」

「父の受け入りですが……こうやって記録をつければ、竜の生態についてより詳しく知ることが出来るだけでなく、同じ現象が起きようとした時に、直ぐに対策を練られるんです」

「今後も起きるとカルアは思うのか?」


 二度目があると見越した発言に、ルクスエは驚き問いかける。


「はい。無いとは言い切れません」

 カルアは大きく頷いた。


「リリドーからの手紙には、地震や噴火の内容はなかったので、生息域の異変ではないようです。異例の事態なので、餌を求めての渡りとも違います」


 生物の移動や〈渡り〉は大きく3つの理由が存在する。1つ目は豊富な餌を求めて、2つ目は繁殖、3つ目は気候の変化だ。

 繁殖の為にある海域に集まる小魚を求め、クジラなどの上位捕食者が移動する。

 冬になり餌の減った厳しい土地を離れ、豊富な餌のある場所で繁殖をする。

 1つ目の理由は他2つと密接に関わる為、通常の渡りの調査となればその3つに着目をする。しかし、今回はどれにも当てはまらない。

 生息域の異変であれば竜種はそれぞれ適した環境へと分散する。縄張りや生息域を広げるならば、これまで暮らした場所を中心に少しずつ距離を伸ばしていくはずだ。 


「ルクスエさんは、地脈についてご存じですか?」


「あ、あぁ、一応は」

 黄金の竜の姿が脳裏にちらつきながらも、ルクスエは頷いた。


「長い年月を生き、その過程で力を持ち過ぎた竜は寿命を迎える時、地脈に最も近い場所……墓場へと渡ると本に書かれていました」


 カルアは机に置いてある本を開き、ランプをかざしながら説明をする。簡単な文字なら読めるルクスエは、彼と共に本の文章に目を通す。

 力を持ち過ぎた竜。エルリール山脈の吹雪を起こす竜のように、自然災害のような危険な力を有する竜を差している。飛竜や走竜など様々な竜種の中に、ごく一部存在し、生態は謎に包まれているが、共通点がある。


「墓場は何処にあるんだ?」

「これは仮説の領域で、発見はされていないそうです。ただ力を持つ竜の中で、生息域が分かっている種類であっても、死体が見つかっていないと書かれていました」


 本によれば、化石のように白骨化し自然の一部となったモノは確認されているが、鱗や皮膚の一部が残っている比較的新しい死体は発見されていない。しかし、発見された竜骨は不思議な事に特定の地域に密集している。

 調べていくうちに、かつてその地に地脈の大きな流れがあった事が判明した。他の竜骨が発見された地域でも同様の結果が出た。

 地脈は数百年単位で蛇行や移動を繰り返し、時に新たな枝を生やすように分かれる。

 その為〈地脈のどこかに竜の墓場があり、消えては作られているのではないか〉と、とある学者が説を唱えた。


「途方もないな。数百年単位の出来事が、今まさに起きようとしているのか」

「あくまで私の考えです。嵐の様な災害のような力を持つ竜がいて、それが死ぬために全てを無視して移動するとなったら、生き物は無我夢中で避難するしかないと思うんです」

「俺達のように建物へ避難は出来ないからな」


 人は年老い、老耄となる場合がある。意識や記憶が曖昧になり、譫言や奇行が増え、家の場所を忘れ、排せつの処理すら自分で困難になってしまう。しかし、不思議な事にそうなっても自分の力で食事を取り、歩き回れる人もいる。病気と同じように、人によって差があるのだ。

 それが竜にもあり、意思では力の制御が困難になり、視界に入るもの全てに攻撃をしているとしたら……

 死んだ時、溢れ続けるその力は何処へ向かうのか。


「エルリール山脈の付近には、地脈が流れているんだよな。カルアの考えが本当になるとしたら、その年老いた竜は其れを辿って西から上陸し、こちらまで来ることにならないか?」

「ありえますが……手紙に海が荒れた様子や船舶の被害について書かれていなかったので、来ないとも考えられます。その竜が飛べるとは限りませんし」


 悩まし気に言いながらも、ランプの灯りに照らされるカルアの長いまつ毛とその瞳はキラキラと輝いている。金細工のように美しく、表情は普段よりも生き生きとしている。

 彼は竜をとても愛しているのだと実感し、その熱がこちらに向かない事へルクスエは嫉妬をしながらも胸の奥へと仕舞い込んだ。

 真面目に頑張る彼へ、余りにも失礼な感情だ。


「……そうだな。墓場も、こちらにあるとは限らない」


 気持ちを切り替えたルクスエは頷いた。

 その〈力〉がどれ程の影響力か分からない。その墓場が西大陸の東の海沿いや島にあり、その近隣に生息する飛竜や海竜達が慌ててこちらへ逃げた、とも考えられる。

 もし東に墓場が出来たとすれば、この先ずっと竜の移動が続いてしまう。

 しかし、これはあくまでカルアの考えだ。慌ててはいけない。国の調査が入り、結果を知らされない限り、落ち着いて行動をする必要がある。


「次が無いことを願いたいな」


 ルクスエはそう言ってカルアから離れ、町の外を見る。

 暗い草原の中で、麦の粒ほどの小さな松明の灯りが移動し、エンテムへと向かって来ている。

 その数は3。速さからして馬だ。


「こんな時間に人が……?」


 机に置かれていた望遠鏡を手に取り、松明へと向ける。

 全員男だ。竜の襲撃を受け、逃げて来たという風貌ではない。腰には剣を携え、背中に弓矢を背負っている。

 他の町や村の緊急事態であれば、馬よりも遥かに早い走竜を使ってこちらに来るはずだ。


 その時、見張りの灯りに気付いたのか、馬を止めさせ、松明の灯りを消した。


 野盗。

 その考えが過り、ルクスエに緊張が走る。

 

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