第36話 その穴だらけの言い分
イヴェゼの従者たちは彼と同じく無精ひげを生やし、似た背格好だ。
望遠鏡を覗いていながらルクスエが特定出来なかったのはその為であり、見張りに特定されないように事前に細工していた様に見えてしまう。
「いやぁ、先程は失礼な事をしてしまいました。てっきり、あいつが悪さをしているとばかり」
申し訳なさそうにしながらも、上機嫌なイヴェゼは言った。
酒に酔い、陽気になっているのだろう。しかし、たとえこちらとの連絡が上手くいかず、行き違いによって発生した事態への謝罪とするには、不相応だ。
「どうして村長自らがこちらに?」
「伝達係にお知らせしたとおり、村の代表者として謝罪する為に参りました」
「俺も聞いた時には驚いたさ。まぁ、でもラダンでの忌み子の悪行について訊けば、イヴェゼ殿自らいらっしゃったのにも納得がいく」
「それは……」
「ほら、突っ立っていないで、座れ座れ」
デハンに促されたルクスエは、テムンとアタリスに目線を一瞬向けた後、玄関口に一番近い下座へと座る。
「ルクスエ。生真面目なおまえのことだから、忌み子の所有者として、まず話を聞きに来たんだろう。あれはおまえの前では、まともな人間を装っているからな」
そう言ってデハンは、陶器の杯に満たされていた乳白色の酒を飲んだ。
「イヴェゼ殿。事の経緯について詳しく、ルクスエに教えていただけますかな?」
「えぇ、もちろん」
大きく頷いたイヴェゼは姿勢を正すと、真剣な面持ちでルクスエと向き合う。
「あの忌み子は、我々の村より少し上の場所で暮らしていました。あいつの両親は、昔の人々が山肌を掘り、造ったとされる聖堂の管理者でして、我々とも深い交流がありました。まぁ、村外れの住人と言ったところですな」
忌み子の色を持って産まれて来たと知らされた時に驚きはしたが、村のみんなで温かく向か入れると決めた。彼の両親はしっかり者だったので、良い子に育つだろうと思ったからだ。
しかし、自我が芽生え、1人で動き回れるようになると彼は忌み子の力に目覚めた。最初は小さな光を作り出す程度だったが、其の力は年を追うごとに強まっていった。
「ある時は羊たちを宙に浮かせ、またある時には折角建てた家を燃やす事もありました。何度叱っても、何度懲らしめても反省の色はなく、次から次へと悪さをするばかり……我々は彼の両親の許可の下、仕方なく牢に閉じ込めたのです」
叱るとは、何度も殴りつけ、首を絞める事だろうか。
懲らしめるとは、ろくに食事を与えず、其の身を穢す事だろうか。
出会ったばかりのやせ細ったカルアを思い出し、ルクスエはその話を信じることが出来なかった。
「忌み子はずる賢いのです。力に目覚めて以降、あの両親から生まれたと思えない程に、我々を騙し続けました。狼が来たと夜中に騒ぎ出し、竜が飛来したと戦士達を無暗に山へ呼び寄せたこともあります。精神的に参って寝込んだ住人もいました」
大きくため息を着いたイヴェゼに対して、ルクスエは冷静に話を聞いていた。
どんなに良い村であれ、悪い心を持つ人間は潜んでいる。ルクスエは捨て子としてゴミを漁っていた当時、子供や若者の悪戯や悪さを行った際に濡れ衣を着せられた。
〈あいつがやったのを見た〉〈逃げていく赤黒い髪を見た〉〈あいつに違いない〉
責任を逃れるために、よそ者であるルクスエに罪を擦り付けた。大人達は先入観から一方の話しか聞かず、普段は無いものと扱っていながら、時に幼いルクスエに殴り掛かった事もあった。
忌み子であるなら、尚更だ。たとえ受け入れていたとしても、忌み子だからと疑いが常にかけられる。
羊の一件は力の制御が効かなかったもしれない。火災は誰か別の人がやったかもしれない。夜に狼が出たと騒いだのは本当にカルアだったのか。
竜が飛来したと戦士が呼び寄せるなんて、誤報を含めてエンテムでもよくある事だ。
犯人を決めつけ一方的に叱りつけ、罰を与えたところで、何も解決なんてしない。
村長として責任があるならば、きちんと調べ対処するべきだ。
「あいつはルクスエさんの同情を買うために、みすぼらしい姿に化けているのです。私が最後に見た一か月半前は、人で言えば健康体そのものでしたから」
イヴェゼが従者に確認を取る様に目配せすると、2人は大きく頷いた。
「ルクスエ。分かっただろう? あんな奴を町に置いていたら、何が起こるか分からない。早急に出て行ってもらった方が良い」
何が分かったんだ?
デハンの言葉に、自分の心の距離が遠のいたのをルクスエは感じた。
〈おまえも昔は悪戯っ子だったもんな〉
〈優しい大人に成長してくれて、本当に良かった。もう悪さなんてするなよ?〉
こちらの話を一切聞かず、決めつけたうえで保護者面をされた時を思い出し、吐き気がした。大怪我を心配してくれる優しさがあると分かっていても、その点は許せなかった。
「ラダンの者達に彼を任せる事は出来ません」
小さな頃の記憶。必死だった見習い戦士の記憶。
これまで蓋をしてきたものが、カルアと共に過ごす中で、徐々に溢れそうになっている。
「しかし、ルクスエ殿」
「俺を騙そうと忌み子が大人しくしているのなら、このまま静観するのも手でしょう」
「何を言い出すんだ。ルクスエ」
「イヴェゼ殿は、ファティマさんを心配された方が宜しいのではありませんか?」
ルクスエは、イヴェゼがカルアの影に隠している女性の名前を出した。
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