第32話 その力 その知識
彼は一緒に過ごす時間を〈居場所〉だと言ってくれた。
純粋に、とても嬉しく思う。だからこそ、その優しさに胡坐を掻いてはいけない。
返せるものがあるならば、一つ一つ渡せるように、務めなくてはいけない。
カルアは自分自身にそう言い聞かせ、ルクスエと共に西の見張り台へと向かった。
「ここが西の見張り台だ」
石造りの三階建ての塔。他の建物に比べて比較的新しく、町が総力を上げて竜と対抗しているのが伺える。併設されている二階建ての建物は、2人が使っているかつての見張り小屋と同じく戦士たちが休憩し、仮眠をする為に建てられた。
2人はアレクアとリシタを竜舎へ入れると、見張り台に入り、階段を上った。
「よく来てくれたわね」
丈夫そうな梯子を使い、風が吹き抜ける最上階まで登って来ると、紙の束を持った夫人が2人を出迎える。その傍らには、婦人の護衛を務める30代の戦士が立っていた。
「記録を取る為の紙とペン、それとインク瓶。この机と椅子は好きに使ってちょうだいね。あとは望遠鏡と方位磁石、地図、綴じ紐……そうそう、ひざ掛けも用意したのよ」
にこやかな夫人は、一人用の机に置かれた品々について伝える。
「あとは何か必要かしら?」
「灯明の油をいただきたいです」
カルアの回答に、夫人だけでなくルクスエも驚いた。
「いいけれど……もしかして、夜間も見張るつもり? 体が持たないわ」
「はい。夜行性の竜もいますから」
素直に答えたカルアだが、彼の隣に立つルクスエは不安そうな顔をする。
「見張りの戦士だって、昼と夜の交代制なんだ。無茶は良くない」
止めに入られてしまい、〈でも〉と言いたそうにカルアは口ごもる。
「どうしてもと言うのなら、三日に一度にしておきにしましょう。その日は、昼間はちゃんと休むの」
「で、ですが、これから竜達がどの様に動くか分かりません。急に大型の竜が来たら……」
「カルア」
ルクスエは優しく声音で呼びかけ、言葉を遮る。
周囲から忌み子として警戒されつつも、アタリスの期待に応えるために頑張ろうとする姿勢を応援したい。しかし、ようやく眠れるようになり、健康を取り戻し始めたカルアに無理をさせたくはなかった。
「竜の動向を探り、記録を付ける事はとても重要だ。でも、カルア1人が責任を背負う必要はないんだ。これまで戦士たちは竜と戦い、エンテムを守って来た。戦えない住民も避難のノウハウを持っている。そんなに気負わず、肩の力を抜いてくれ」
「ルクスエの言う通りよ。今は他の町や村、国と連絡を取り合い、状況を把握し、対策練る調査段階なの。町長も言っていたじゃない。まずは10日間だって。ね?」
心配する2人の顔を見て、カルアの目線が下を向いた。
「……わかりました。3日に1回、夜に調査します」
カルアは2人の説得に折れる。
役に立ちたい。恩を返したい。その強い思いが先走り過ぎて、心配をかけてしまったと心の中で彼は反省をした。
「それが良いわ。食事と休憩もしっかり取りましょう」
夫人はそう言い、ルクスエは安堵の息を小さく漏らした。
朝から夕暮れに差し掛かるまで見張りを行う。日没から日の出まで行った場合は、昼過ぎまで就寝する。見張り中であっても、きちんと食事と休憩を取る。
そうして予定を話し合い、カルア達は竜の調査を始めた。
カルアは時間を掛けて竜達の気配を読み取りながら、一つ一つ丁寧に紙へと記録を書き記し始める。
〈鱗竜目 甲殻竜亜目 飛竜上科 火竜科 火竜属 種:エンゼウス〉
〈有鱗竜目 翼竜亜目 翼竜科 翼竜属 種:ラウプス〉
〈鱗竜目 鳥脚竜亜目 走竜上科 羽鳥走竜科 羽鳥走竜属 種:ロアルク〉
地図と照らし合わせながら、多様な竜の名前、群れであればその数、現在地等が紙へと書き出される。移動すればその都度書き加え、紙一杯に文字と図面で埋め尽くされる。
まるで全てを見通すようであるが、彼の感じ取れる範囲外に近い竜もいるのか、メモ書き程度に留まる竜もいた。
「学者顔負けね」
竜の記録係を長年務めた夫人が感心した様子で呟いた傍らで、護衛の戦士は地図を照らし合わせながら確認をする。
目撃および町に近付く竜の種類が限られるだけでなく、戦士同士で直ぐに理解し合えるように火を吐く竜は〈火竜〉と呼び、野生と運搬する草食の竜を識別する時くらいしか正式な名称を呼ばない。町を守れればそれで良いと言う考えもあり、竜の名前をよく知らない戦士もいる程だった。
「カルアは凄いな」
「ありがとうございます」
博識ぶりに感心し褒めるルクスエに対して、カルアは照れた様子で微笑んだ。
目の前に立っているのに、どこか遠い人に感じる。このまま彼が忌み子としてではなく、学者の卵として其の才能が周囲に知られたらどうなるだろうか。
別の意味で、エンテムの町にいられなくなる。その才能を伸ばす為に、王都や大きな学び舎のある都へ移り住まねばならないだろう。
その時、自分は。
「おーい。昼飯が出来るぞー」
見張り台の一階から老人の呼びかけに、ルクスエはハッと我に返った。
「もうそんな時間か。料理を持ってくるから、皆はここで待っていてくれ」
心に生じた焦りを隠すようにルクスエは、皆の答えを待たずに梯子を下りて行った。
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