第28話 カルアの能力


「カルア。忌み子として産まれた貴方には、逸話の様な力はあるのか教えてもらえるかな?」

「えっ……それは……」


 アタリスの言葉に、カルアは口ごもる。


「揉め事の原因になるなら、この際はっきりとさせた方が良い」


 視線が一点に集中し、カルアは息を呑み、下を向いた。

 牢屋に閉じ込められたあの時、沢山の目がこちらを見ていたのを思い出す。ここはあの場所ではないと分かっているのに、一斉に視線が向いただけで全身が震えた。


「カルア。言えそうに無いのなら、後で俺が町長に伝えようか?」


 顔を真っ青にするカルアを心配し、ルクスエは優しい声音で問いかける。


「……いえ。ここで、自分の言葉で、話します」


 このままいけば擁護してくれる彼の立場が、町の中で危うくなってしまう。忌み子の魅了の力で言いなりになっていると思われかねない。

 彼のようやく勝ち取った居場所を、失わせたくはない。

 ルクスエを守るためにも、カルアは自分を奮い立てる。


「アタリス様」


 意を決した様子でアタリスに声を掛ける。


「私には、逸話に出て来る程の大それた力はありません」


 リシタに走るよう指示をしても、こちらの安全が確保されていれば聞いてもらえないように、竜を思うが儘に操ることは出来ない。

 未来を予知する事も、物を宙に浮かせる事も、病を流行らせることも、何一つできない。


「力があるとすれば、竜の気配が分かるくらいです」

「気配、か。分かる範囲はどれ位かな?」 


 相手を否定せず、アタリスは優しい声音でカルアに訊いた。


「今は町全体です。遠くに行くほど朧気ですが、いるのは分かります」

「それでは、この町にいる竜の種類と数を当てみせてくれるかな」


 はい、とカルアは言うと、目を閉じ、大きく深呼吸をした。


「……いるのは29頭。走竜が22頭。貨物を運ぶ草食竜レプルスが4頭。残り3頭は、近々生まれる予定です」


「草食竜が4頭? いつもは3頭じゃなかったのか?」

 デハンは訝し気に役員の男性に訊いた。


「一頭が年寄りでして、そろそろ引退が近いので、昨日新しいのを入れたんですよ」


 走竜は足が速く移動に適しているが、大量の荷物を運ぶのには不向きだ。草食竜レプルスとは、牛より一回り大きいが大人しい四足歩行の竜種だ。額に4本の角、尾に大きな棘があるものの、滅多なことでは暴れないので、雛の頃から調教すれば人に従ってくれる。丸太のように太い足には安定感があり、荷車を引いて運べる量は馬や牛よりもかなり多い。

 体格を維持するための食費が掛かる等の難点もあるが、労働力には代えられないものがある。


「走竜の飼育屋から、近いうちに卵3個が孵ると聞いています。この家の2匹を合わせれば、彼の言う通り走竜は22匹になりますね」


 役員の女性はそう言って、感心をする。

 デハンは何か言いたそうにしたが、反論の余地がない。走竜は、戦士だけでなく飼育屋の飼っている数も含むが、必ず外に出ているとは限らない。3個の卵を温める走竜の番のように、何らかの理由であまり表にいない場合がある。

 テムンの配置した監視役とアイアラ、そして先程役員たちの証言により、カルアには草食竜含め予め数えられないと既に立証されている。

 信じるしか出来ない状況だ。


「つかぬ事伺いますが、なぜ気配が分かるのでしょうか?」

「それは……自分でも、具体的にはよく分かりません。私の父が、この色を持った子供は大地に祝福されていると言っていました。地脈を操る竜種の影響を受けたのだと仮説を立てていました」


「貴方の御父上は、学者だったのかしら?」

 役員の女性への返答に、夫人が反応する。


 地下深くに流れる強大な力にして、生命の源流。地脈の流れる場所は、その気候に見合った豊かな大地を生み、時に火山の噴火や地殻変動など様々な変化がもたらされる。国によっては龍脈と人は呼ぶそれは、正確な位置を知る者は限られる。学者、呪い師、占い師、魔術師と総じて知識に触れる機会が多い者達だ。

 世界の誕生。生命の誕生。生物の進化。生態系の構築。その始まりときっかけを生むとされる地脈は、彼等にとって興味と研究の対象なのだ。


「はい。父は、他国からやって来た竜の専門の学者でした。エルリール山脈を気に入り、最も近かい場所にあるラダンの村の近くに住むようになり、母と出会ったと聞いています」


 アタリスは孫のテムンへと目線を送ると、彼はほんの僅かに頷いた。


「エルリールには、吹雪を引き起こす竜の噂があるわ。あの付近には地脈は確かに流れているから、御父上はその竜の調査と研究のために来ていたのね」

「そうだったと思います。父はエルリールの天気を毎日記録し、晴れた時にはよく登っていました」


 ラダンの村、そしてルクスエが討伐した火竜のいた泉のさらに上に聳えるのが、万年雪で覆われたエルリール山脈だ。赤銅色の山脈とは違い、常に雲に隠されている為に遠目ではその存在に気付き難い。


「父は私の力について調べていくうちに、気配にも竜によって違いがあると分かりました。違いが分かれば研究だけでなく、避難の際にも役に立つとして、父から竜や地理について多くを学びました」


 地脈が山脈の下を流れている。強力な力を引き出せる竜がいる。

 話を聞いているルクスエの脳裏に、黄金の竜の姿が過った。


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