第29話 一難去り
「……この力を活かせば、町への被害をある程度抑えられると思います」
「町の範囲だけだろう?」
すぐさまデハンに言われ、一瞬怯みかけるカルアだがぐっと堪え、前を向いた。
「体調が良くになるにつれ、この家からその周囲へと気配が分かる距離が広がって行きました。もう少し時間をくだされば、もっと広い範囲の気配を調べられます」
「ルクスエ。おまえはどう思う?」
本人の言葉だけでは信用できず、デハンはルクスエに訊いた。
「彼が火竜の気配を町付近で察知した姿を見ています。出会った当初はその様な素振りはなかったので、信じられると思います」
一緒に外で昼食を摂り、話をしている最中、カルアが突然空を見上げた。その直後に火竜が来たこともあり、気配に敏感なのだと思うだけで、深く考える時間は無かった。
目撃者はただ一人。力を隠す事も出来たはずだ。
それをせず、こうして素直に話すのは、彼にとってどれ程も勇気がいるだろう。
「カルアに西側の見張りをさせては、いかがでしょうか。俺と他の戦士を一人か二人監視として配置すれば、竜が飛来しても直ぐに対処できます」
デハンの提案では、カルアは鎖で繋がれ、閉じ込められかねなかった。それを避けるためにも〈持ち主〉の立場を活かしながら、カルアと町を守る案をルクスエは提示する。
「そうだね。そうしよう」
アタリスは、すんなりとルクスエの提案を飲んだ。
「よろしいのですか?」
デハンは思わずアタリスに訊いた。
「我々の手元にある情報は手紙一通と竜一匹のみと、どちらにしても人々を納得させるには不十分なんだよ。おまえがカルアを信用できないとしても、何が起こるか分からないこの状況では、彼を閉じ込めた所で解決はしない。忌み子の力を利用すると言うならば、私は〈協力〉するべきだと思う」
静かに、諭すように彼女は言う。
「カルア。文字と計算は出来るかな?」
「はい。一通り、教わっています」
一体何をさせるつもりなのか。カルアは緊張するが、ルクスエの為にも町の役に立ちたいと強く思う。
「それは凄い事だ。カルアには、竜について情報を集めて欲しい。西の見張り台から気配を探り、記録を取るんだ。できるかな?」
「は、はい! できます!」
カルアは迷いなく言うと、アタリスは満足げに微笑んだ。
「2人には、カルアの補助を頼みたい。もちろん、それぞれに護衛は付ける」
「わかりました」
「えぇ、もちろんです」
老夫婦は快く承諾した。2人もまたカルアの監視としての役割を密かに担い、デハンやアタリスへと彼の動きを伝えることとなる。
「ルクスエは、今まで通りカルアの傍に居なさい。彼を無理させないように」
「はい。彼を守ります」
迷うことなく言ったルクスエは、拳を強く握った。
「竜の記録を取っている間、私達も情報収集と対策を密かに行いながら、他の村や町と連絡を取り合おう」
今のところ海沿いやその近隣で被害が留まっている為、このまま終息する可能性もある。東への渡りも一匹で終わるかもしれない。
そのような憶測も出来る中だが、甘く見ているわけでは無い。忌み子の登場に不安が募っている中で、余計に煽っては町の経済は混乱し、打撃を与えてしまう。段階を踏んで、別の方面から危機が発生していると理解し、協力してもらうには、まず水面下での行動が必要だ。
「火竜の一件で西側の警戒を強めているとして、住民には注意を促す。デハンたち戦士は、それに伴い戦士たちの配置を改めるように」
「承知しました。油断しないよう気を引き締めて参ります」
デハンは町長の命令ならば、と大きく頷いた。
「商業組合は、他の町や地方の商人達からの情報を集めて欲しい。竜達の動向と被害状況を知りたい。この事態が悪化した場合、難民が来る可能性も考慮するように」
「おまかせください。しっかりと情報を集めてみせます」
「はい。商品の枯渇や不当な値上げが起きないよう、目を光らせます」
役員の男性と女性はそれぞれ頷いた。
「何も悪化せず終わるなら、それで良し。まずは10日後に、私の家で話し合おう。それまでは皆、気を付けて日々を過ごすように」
忌み子の処遇や追放の話し合いかと思えば、西の海沿いに現れた竜達の問題へと話題が転じ、終わりを迎えた。危機的状況になりかねない中ではあるが、カルアがこのままエンテムに留まれて良かったとルクスエは思った。
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