第27話 西に迫る危機

「親父の友人からの手紙が届きました。どうも、竜の動きが変わりつつあるようです」

「御友人は、どちらのお住まいなのですか?」


 竜の出現は物資の流通が途絶える危険性があり、女性は元締めの話を優先させるように問いかける。


「この東大陸の西南に位置するリリドーの都だ。あっちで戦士たちの指南をしている」


 デハンがそう言うと、後ろで待機していた父である老人は、アタリスへと届いた手紙を差し出した。

 リリドーは、海に面した貿易都市だ。大きな港があり、多くの船が停泊する。エンテムと違い、軍隊のように戦士達を訓練し、統率の取れた竜の討伐を集団で行っている。


「どうやら竜達の動きがおかしいようのです。単独か番で行動する様な大型の飛竜が、例年の倍以上が目撃され、被害が増えております。陸上だけでなく海沿いでも、大型の海竜が何種も目撃されたそうです」


 受け取ったアタリスは手紙を読みながら、険しい表情をする。


「私がエンテムへ帰る20日間の間に、発生したようだね。確かに、この数は異常だよ」


 彼女は手紙を読み終えると、皆に見えるように床へと置いた。

 ルクスエはカルアと共に手紙の内容を確認する。手紙と言うよりも、報告書だ。大まかな内容は先程老人が言った通りであるが、竜の種類と討伐した数、被害状況がより細かく書かれている。

 これまで見られなかった飛竜達が現れただけでなく、彼らによって原生する竜達も動きが活発化している。縄張りを追われた個体が人里近くまで降りてくる事例が例年以上に増え、破壊された村から逃げ難民となった人達も出始めている。


「先日川の水を飲みに来た火竜は、西から東へと飛び去ったのを覚えているでしょうか」


 デハンの母である夫人は、強めの声音で説明を始める。


「縄張りの見回りであれば、水を飲み終わった後一定の距離を飛び回り、巣へと戻ります。エンテムの位置からでも、戻る姿が見えたはずです。しかし、火竜は東へと渡って行きました」

「この手紙に記載されているように、縄張りを追い出された個体が、これからもこちらに来る、と……?」

「それだけでなく、強力な竜がこちらへ現れる可能性があります。追い出されて尚、東へと向かっていきましたから」


 役員の男性はそれを聞いて、顔を青くした。

 火竜は山の上等の高い場所に巣を作るが、狩りであれば見晴らしの良い草原を好む。エンテム周辺を狩場として縄張りにしても、おかしくはないのだ。

 エンテムが集落、村、町へと発展していく中、何代にも渡って竜と戦う戦士たちは記録を残してきた。彼女は竜に関する記録係の1人として、夫人は今回の事態に危機感を覚えていた。


「こちらはリリドーやその周辺に比べたら、まだ時間があります。早急に対策の準備に取り掛かり、周囲の町や村と協力関係を結ぶべきです」


 デハンはそう言うと、カルアへと顔を向ける。


「そこで、忌み子の力を使いたいと考えています」


「わ、私の力、ですか?」

 カルアは小さく肩を震わせた。


「忌み子の逸話は恐ろしいが、それほどの力を住民のために使えれば、この状況を打開できるかもしれない」


「竜の往来が発生したとして、エンテムが責められはしませんか?」

 役員の男性は、怪訝そうに言った。


「ルクスエに懲らしめられて、命令に従って力を使っていると言い周れば良いでしょう。町の皆にも納得してもらう為に、こいつに足か腕に鎖を……」

「デハン。やめなさい」


 名案とばかりに言うデハンをアタリスは止めた。


「ルクスエも怒りを抑えなさい。カルアを所有物とすると言ったのだから、そう思われても仕方ないことだよ」


「……はい。申し訳ありません」

「す、すいません。町長」


 こちらへの謝罪がない事に、ルクスエは心に靄がかかる。


 思いやりはあるが自己陶酔しやすいデハンは、ルクスエに睨まれている事にようやく気付いた。

 ルクスエにとってデハンは恩人であるが、先程の発言は許せなかった。所有物と言った自分にも原因はある。しかし、カルアを人として扱えなくとも、持ち主であるルクスエに訊くべき内容だ。彼はこちらの意見を聞かずに、作戦を練り、始めようとしていた。

 体調不良のカルアの看病の為に急遽見張りを休んだことは、デハンに報告が言っている筈だ。こちらがカルアにどの様な対応を取っているのか、気にも留めていない。

 普段は無いものとして扱い、力があると気づけば有無を言わさず使おうとする。

 町にとって良かれと思っての行動だとしても、ルクスエはデハンへの信頼が僅かに揺らいだ。

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