第18話 身体を休めて
ルクスエは慌ててカルアを旧見張り小屋へと運び、テムンは医者を呼びに行った。騎手の居なくなったリシタは、アレクアと並走して旧見張り小屋まで戻って来た。
「嘔吐の原因は、胃もたれだろう。特にこれと言った症状は見られない」
品の良さそうな高齢の医師はそう診断し、カルアにひと肌ほどの白湯を飲むように促した。敷き布団の上で寝かされ、毛布を被るカルアの傍らには、ルクスエとテムンが座っている。
「そ、そうでしたか……」
安心するルクスエだが、医者と共に来たテムンは嘘が本当になってしまったと複雑な心境になっていた。
「彼は何を食べたのかね?」
白湯を飲むカルアに変わり、ルクスエは昼食で食べた物について話した。
カルアが食べたのは、甘辛いタレで肉と野菜を炒めた具の入ったパン一個とお茶一杯だけだ。人によっては軽食、おやつ程度の量だろう。
「ふむ……それを食わすのは、ちと早い。肉の脂と香辛料に、この子の胃はまだ慣れておらん。まずは脂身のある肉を一切れ食べるところから始める必要があったな」
「そうなのですか。すいません……」
肉の脂に胃を慣れさせる。その考えに至れなかった。
病気からの回復と長年絶食に近いカルアとでは、胃の弱さが別物なのだ。今は病気を一つしないルクスエにとって、完治後の食事がどうであったか記憶が朧気だ。いや、腐った生ごみを平然と食べられるような子供だったのだ。胃が頑強で、スープを飲む期間が終えると、すぐにでも脂の乗った肉に齧り付けていたのかもしれない。
「カルア。すまなかった」
もっと色んな料理を食べて欲しいと先走った思いが、カルアの体調を崩させる原因となってしまった。ルクスエは大いに後悔し、彼に謝罪をした。
「いえ……私が、きちんと自分の体を把握しなかったのが、原因です」
カルアは少し慌てた様子で言う。
いや俺が、と言いかけたルクスエだったが、間に入る様に医師はわざとらしく咳払いをする。
「こういう内側の事は、吐いた本人もなかなか気付けないものだ。吐いて終わったのだから、言い合うのはよしなさい。今後はお互いに話し合い、気を付けて行けば良い話だ」
「すいません……」
「申し訳ありません」
優しく咎められた2人は、小さく謝罪した。
「念の為、今日は大人しく体を休めなさい。食事は、これまで通りのものを食べる様に。3日ほど経ったあとに、少しずつ肉の脂に慣れさせなさい」
「わかりました。その様に作ります」
医師は退室し、ルクスエは見送るために立ち上がろうとしたが、テムンがその役を引き受けてくれた。
残されたルクスエは、カルアへと向き直る。
「気分はどうだ?」
「もうすっかり良くなりました」
吐いた直後は顔が真っ青であったが、今のカルアの頬は赤みが戻り、容態は安定している。
「そうか。回復してなによりだが、先生の言った通りゆっくり休んでくれ」
「はい」
休んでと言われても、やはり休み方が分からない様子で、カルアの目が僅かに泳いだ。
「久しぶりの外は、どうだっただろうか?」
それに気づいたルクスエは、問いかける。
2人はそうやって穏やかな会話を重ねながら、午後を過ごした。
そうして日が落ち、再び登り、平和な日常に戻ると思いきや、嘔吐を皮切りにカルアの体調は急変した。
発熱を起こし、身体は食べ物を受け付けなくなってしまった。なんとか水と塩だけは取れるが、それ以外は口に入れられない。
ルクスエは急ぎ、医師を呼び、カルアを再び診てもらう事になった。
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