第17話 竜は飛び去り
「こんな時にすまない。君にも事情があったと言うのに、切り殺す勢いで剣を抜こうとしてしまった。それに……謝罪が今になってしまい、申し訳ないと思っている」
小さく肩を落とすテムンは、大人になりきれない年相応の青年に見える。
「言い訳がましいが……本当はもっと早く謝罪をしたかったんだ。年寄り連中がうるさくて、諫めている間に時間が経つばかりで、君に会いに行けなかったんだ」
疲れを含んだ声に、次期町長として周囲への気苦労の多さがあるのだとカルアは察した。
「謝罪を受け入れます。どうか顔をお上げください」
水路が一部詰まった。納屋の扉が壊れた。それは全て忌み子の仕業だ。
年長者達は、何かと問題ごとを忌み子の責任として押し付け、町の外へ追いやろうとしているのだろう。ラダンでも事ある毎に押し付けられて来たカルアにとっては慣れたものだが、町の守りの要を務めるルクスエの後ろ盾がある今、行き場のない矛先がテムンへと向いている。
アイアラが毎日様子を見に来てくれるだけでなく、彼は幾度もその刃を下ろすように諫めてくれたのだろう。
「テムン様の行いは、正しかったと思います。忌み子からの脅威から住民を守ろうと代表者として先陣をきろうとした勇敢な貴方を、咎めようだなんて誰ができましょうか。むしろ、この町に留まらせていただけて、感謝の言葉がみつからないほどです」
姿勢を正し、心からの感謝を込めてカルアは伝えると、テムンは目を丸くして驚いた。
「テムン様?」
「い、いや、すまない。そんな風に考えてくれていたとは……俺はもう少し勉強が必要だな」
カルアの呼びかけに、はっと我に返ったテムンは慌てて取り繕う。
アイアラから、彼は両親に愛されて育っていると聞いていた。両性である忌み子として産まれたカルアは、父親から男としてリシタを貰い受け、母からは女として生きる道を考慮して刺繍を教わった。
そこまでは理解できる。
気丈で凛とした佇まいと教養ある言葉選びは、一体なんだろうか。
「ルクスエから聞いていると思うが、俺はラダンについて調べているんだ。2人に対して、目に余る行いだからな」
大々的に広報していたラダンであるが、山の中の村である為に得られる情報が少ない。
穏やかで静かな村だと話す者が多く、問題ごととは無縁に聞こえて来た。だが、無縁なんてありえない。病気が出て野菜が不作、今年は貝が不漁、麦が豊作、町長の孫が生まれた、と些細であり生活に重要な良い話、悪い話があるはずなのだ。
ラダンでは日照りが続いたのだから、それに関する内容が1つや2つ出てもおかしくないはずなのに。
「君からも、話を聞ければと思っている。話していいと思える日が来たら、ルクスエかアイアラ伝で教えて欲しい」
「もし話さなかったら、どうなさるおつもりですか?」
「それは……」
疑いが混ざる眼差しに、何かラダンとは別の隠し事があるようにテムンは思えた。
それを遠回しに訊こうとした時、
「カルア!! 待たせてすまない!」
高らかに響く声と、走竜の大地を蹴る音が聞こえる。
気づけば警鐘は鳴りやみ、小鳥たちのさえずりが戻ってきている。
「ルクスエさん」
警戒色の強かったカルアの声音が、柔らかくなった。
「テムンは、どうしてここにいるんだ?」
アレクアから降りたルクスエは、意外そうにテムンに問いかける。
「鐘が鳴ったから、避難しそびれた人がいないか見て回っていたら、彼を見つけたんだ。それで、東はどうだった?」
「火竜は水路の水を飲みに来ただけだった。直ぐに東へ飛び去ったから、もう大丈夫だ」
「そうか。それならよかった」
水が比較的豊かな分、生き物達が集まり易い。動物だけでなく、草食竜の群れが町近隣に来ることもよくあり、其れ目当てに肉食の竜が現れるのは珍しくない。
今回は草食竜がいない状態での飛来であったため、警鐘が鳴らされたのだった。
「どうしたんだ?」
カルアへと顔を向けたルクスエは、心配そうに声を掛ける。
「目元が腫れているじゃないか」
カルアは目の下に手を当て、ルクスエはテムンに一応とばかりに疑いの目を向ける。
「おまえなぁ……俺は何もやってないぞ。彼は食べ過ぎで腹が痛くて、思わず涙が出ていたそうだ。俺はそれを知って、医者を呼ぼうかと訊いている最中だったんだ」
呆れながらもテムンはカルアを気遣って、嘘を交えて説明をした。
「食べ過ぎ? そんな量は……」
体調を聞こうと、カルアを再度見たルクスエは目を丸くする。
顔が真っ青な彼は口を押え、下を向いていた。
「どうした?」
ルクスエが背中を摩ると、カルアはさらに前かがみになる。
「返事は出来るか?」
カルアは小さく首を振った。
ルクスエを見て安心して、気が緩んだ瞬間、身体に大きな異変が生じた。
胃に大きな違和感があり、暴れる様な動きをしている。なんとか止めようと腹に力を入れてみたが、胃は抵抗を続ける。やがて、何かがせり上がり、チクチクとした痛みと共に喉へ到達する。
「あっ!?」
ルクスエが声を上げるとほぼ同時に、カルアは嘔吐した。
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