第7話


 旧見張り小屋の寝室は二階にある。

 日の入りから日の出まで。日の出から日の入りまで。町の見張りは当番制で一日を通して行われ、夜に備えて見張り達が仮眠を取る。

 複数人が雑魚寝するので、寝室は二階の半分を占め、宴会が出来てしまいそうなほどに広い。


「2人だと広く感じて落ち着かないかもしれないが、直ぐに慣れると思う」


 広いその部屋に、美しい刺繍が施された真新しい敷き布団と枕、毛布が距離を少し離して二組敷かれている。2人は羽織とベルト、装飾類を外し、寝間着へと着替え、眠る用意を済ませる。


「……もう少し、布を貰っておくべきだったな」


 寝床へと入る前に、ルクスエは灯明皿を手に部屋を見渡しながら言った。

 どうして布なのか分からず、カルアはじっとルクスエを見つめる。


「ほら、天井に縄を……こう、行き渡らせて、布をそこにかけて、間仕切りを作れそうだと思ったんだ」


 ルクスエは灯りを天井に向け、身振りを加えて説明をした。

 ここは現在、2人の寝床と、もともと置いてあった複数人が眠る布団が壁際にまとめられるだけで空間が余りに余ってしまっている。象牙色の壁と木の床が剥き出しとなり、生活感のある一階に比べ殺風景だ。


「間仕切りをする必要があるのですか?」

「広すぎては、落ち着かないだろう? 実を言えば、俺が一人の時は一階で眠っていたんだ。その方が、見張りへ早く行けるから」


 15人の大家族で、ようやく狭いと思える位の広さの建物だ。掃除は定期的に行っているものの1人では手に余る程だった。


「あっ、寝室では無く、カルアの部屋にするも手だな」

「い、いりません」

「家にずっといる事に成るんだから、自分の好きに出来る場所は必要だろう?」

「私には必要はありません」

「……まぁ、そうだな。俺が見張りに出ている間は、カルアがこの家を好きに使うんだ。部屋があっても意味がないな」


 灯明の照らされたカルアの目が泳ぎ、怯えが見えた。

 広く殺風景な空間に、嫌な思い出があるのだろうか。


「寝室を変えようか?」

「……いえ。それは、大丈夫です」

「そうか。わかった。しかし殺風景だから、幾つか布を買って、何か飾り立てするか」


 ルクスエは布団の上へと胡坐をかき、灯明皿を床に置いた。カルアもまたそれに倣い、自分の布団と正座をする。


「布と糸さえ貰えれば、壁掛けを作ります」

「えっ、カルアは刺繍が出来るのか?」


 この国、地域一帯では、針仕事は女性がやるものだ。女性は針が持てる年頃になると、母にその家庭の刺繍の紋様を教わりながら、作り方を学んでいく。服、帽子、壁掛け、布団や座布団のカバーなど布製品であれば、全てを自らの手で刺繍を施して作る。家を任される女性だが、腕に自信があれば、その刺繍を施した服や布を市場に出し、金を稼ぐこともできる。


「はい。教わっています」


 他の国には男の職人がいると耳にした事があるルクスエだが、実際に出来る人を見るのは初めてだ。嘘を言っている様には見えず、一体カルアがどんな刺繡を布に施すのか興味が湧く。


「すごいな。お願いするよ。今度、材料を買ってくる」

「精一杯作らせていただきます」

「壁掛け以外には、どんな物が作れるんだ?」


 興味津々のルクスエに、青年はぽつりぽつりと答える。

 羽織、帽子、櫛入れ、風呂敷、手ぬぐい等、女性達が作るものは一通り。靴やハサミ入れのような革製品の作り方も知っている。ただ、刺繍の柄は少ししか知らず、作り方だけ知っているので腕前はそれほどではない。


「それだけ知っていれば、十分凄いぞ! 材料以外にも、きちんとした道具を揃えないとな」

「ありがとうございます」


 ルクスエは素直に感心し、カルアを褒めた。

 どこで知ったのか。誰に教わったのか。カルアがどういう人なのか、俄然興味が湧いた。

 しかし、初めて会ったばかりの人に、ここまで言うのは相当勇気がいる事だろう。今の彼は、自分には利用価値があるから生かして欲しいと言っているようなものだ。


「今日は遅いから、眠るとしよう」

「はい」


 灯りを消し、二人はそれぞれの布団の中へと入った。


「刺繍の他に……私は、あなたに何が出来ますか?」


 眠ろうかと目を閉じようとした時、カルアはルクスエに問いかけた。


「一応、聞いておこうか。カルアは何が出来るんだ?」


 まず走竜の世話は出来るだろう。あとは、皿洗いと部屋の掃除、水汲み、薪割りだろうか。

 そう思っていたがルクスエだが、意外な言葉が飛び出した。


「……性欲を発散させる為の奉仕ができます」

「は!? えぇ!?」


 躊躇いなく放たれた言葉に、思わず寝床からルクスエは飛び起き、カルアも驚いて起き上がった。

 動揺したルクスエだったが、忌み子について、身体に特徴がある事を思い出した。

 彼らは特別な色を持っているだけではない。その身が、男であり女だからだ。女のように乳房は豊かではないが、男性に比べて細さと曲線のある体格をしている。男性器と女性器を持ち合わせ、人をたぶらかす。ある昔話には、そう書かれていた。

 思い返せば、カルアはやせ細っているが、男にしては骨の太さを感じられず、しかしそれは女性的な細さとはまた違う。手の大きさ、首の太さ、男性も女性も個人差はあるが、どこかに性別ごとの共通点があるものだ。カルアは、どちらとも言えないが言える、そんな特徴を持っている。


「ま、まさかラダンでは」


 それを利用して、村の男達が彼の体を使っていた。


「食事を貰うために、従っていました」


 悲しみも苦しみもとうに擦り切れ、感情が一切読み取れない答えが返って来た。

 食べなければ生きられない。つまりは、毎日行われていた。

 縄で縛られた跡は逃げないように、抵抗しないようにするためのものだった。

 毎晩使われるせいで、睡眠の仕方を忘れ、目の下の大きな隈は旅路では消えなかった。

 垢塗れになっても、道具として使われ続けたから。

 破れそうな服は使い古しでは無く、常に乱暴されていたから。

 声が枯れているのは、毎晩悲鳴を上げていたから。


「そんなこと、もうしなくて良い」


 吐き気すら覚えたルクスエはラダンへの怒りをぐっと抑え、出来るだけ穏やかな声でカルアに伝える。


「男性は、毎日でも欲を発散しなければ満足できないと聞きました」


 表情を一切変えずに語るカルアが、余りにも痛々しい。


「相手に求めてばかりで、自分自身を管理できない弱い奴の言葉なんて、胸に留めておく必要はない。俺は、カルアに乱暴はしたくはない」


 ルクスエは急いで頭を回転させ、言葉を並べる。


「俺は、自分の事くらい自分で管理できる。不満からくる欲求もない。今の生活で充分に満たされている」


 家がある。井戸があり水に困らない。

 自分の実力が認められ、よそ者であっても町の皆から受け入れられている。

 稼ぎがあり、充分に暮らす事が出来る。

 これ以上、何を求めるというのだろう。穴の開いた壺へ水を流し続ける様に、満たされない欲を抱えては、身を滅ぼすだけだ。


「カルア。あなたは自分を大切にするべきだ。自分が我慢をすれば、全てが治まるなんて考えては駄目だ」


 夜目の利くルクスエはカルアに近付くと手を取り、包むように優しく両手で握った。

 細く、冷たい。


「俺はカルアを人として、大事にしたい。お願いだから、そんな事は言わないでくれ」


 その言葉にカルアは口を噤み、顔を下に向けた。

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