第21話

❀旅をするタマシイ❀




 亭主に云われるがまま、あやしいタクシーに乗って雨あがりの町をさまよう螢介は、老婆の写真を頼りに、このの謎を解くしかない。そうすることで、ネコとの関係が安定(?)するらしい。いまいち状況はのみこめないが、亭主の助けは必要につき、タクシーに乗りこんだ次第だ。



「ケイちゃん、ごめんなさいね。お約束の日は、きょうだったかしら。うちのひとったら、まったくもう、困っちゃうわね」


 物干し台でため息を吐く女は、痩せ形であるが、むかしの輪郭は崩れ、目尻や唇のかどに強いくっきりとした線があり、花やかな顔だちの面影は荒廃をあらわしていた。「ケイちゃん、なかへどうぞ。いま、鍵をあけますから、お待ちくださいな」


 螢介は女の芝居を見つめ、カチャッと玄関の鍵があくと、「どうも、こんにちは」と、まじめにあいさつした。女との歳の差はあきらかだが(螢介のほうがずっと子ども)、丁寧な口を訊く。



「雨のなかを、わざわざ来てくださったのに、どこもぬれてはいらっしゃらないのね」


「はい。ここへくるとちゅう、すっかり晴れましたので」


「傘は、お持ちでないの?」


「……はい。タクシーを使いました」


「そうでしたの。さあさ、なかへ、はいってくださいまし。すぐ、お茶を淹れますわ」


 座敷に案内された螢介は、運ばれてきた湯呑みをうけとり、なんとなしに視線を泳がせた。海辺うみべの町ではないのに、どこからともなく潮のにおいがする。もとより、現在地を理解していない。だれかとまちがえてケイちゃんと呼ぶ女の言動から、状況を把握するしかない。……ケイちゃんか。偶然にしては、気味悪いな。


 夫人は座敷から姿を消していたが、奥のほうで声がきこえる。「あのひとったら、やめてって云ってるのに、性懲りもなく阿婆擦あばずれを拾ってしまうんですのよ。ほんとうに、困ったものだわ。……ええ、いま、座敷にいらっしゃるわ。あのひとはね、ケイちゃんって呼ぶのよ。このまえはクドウさんで、そのまえはキタノさんだったでしょう。いよいよ、コウノトリが来てしまいそうで、なんだかこわいわ」



 コウノトリとは、人里近くに暮らし、赤ちゃんを運んでくるという伝承をもつ瑞鳥ずいちょうで、古くから人々に親しまれてきた。大型の水鳥で、全身は白い羽毛で覆われており、尾にかけて黒羽がまじる。足とのどもとは暗赤色で、まっすぐに長くのびた黒いくちばしが特徴的だ。かつては各地に生息していたと思われるが、乱獲や河川改修による湿地の消滅、さらに農薬の使用等によって餌となる生物が減少し、野生のコウノトリは絶滅している。羽をひろげて飛行すると、全長は約二メートルもあり、思わず身を低めてしまうほど、迫力を感じられた。



 ……コウノトリって、あの、、コウノトリのことか? たしか、赤ちゃんとか幸福を運ぶとか、そんなような話を、どっかで聞いたことあるような……。



 すすんで調べたり興味を示さずとも、周囲の人間から得られる情報は多岐にわたる。ケイちゃんと呼ばれる人物は、どうやら女性のようだ。……おれのどこをどう見たら、女とまちがえるんだ? この屋敷に住まう夫人は、螢介を阿婆擦の女と見なしている。



「……もしかして」



 白黒写真の老婆が、ケイちゃんではないかとうたがった螢介は、湯呑みを卓袱台へもどすと、ジャージのポケットへ手を突っこんだ。……ない。



「ん? んん? ……どこいった?」



 小さな写真につき、うっかり落とした可能性が高い。卓袱台や座布団の下を探したが、見つからない。文鎮がふすまの手まえに転がっている。石づきなめこの主人からもらった呪具も、いつのまにかポケットから落ちていた。




〘つづく〙

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