第15話

❀あたらずといえども❀




「どあほう」と炎估えんこ

「鈍くさい」と風估ふうこが、

 

 おれ、、に向かってった。……おれに向かって云った。……おれに、向かって云った? ん? なんで、ふたりからにらまれてるンだ? おれ、なにかしたか? ……あれっ、おれのまえに、ふたり、、、いる!?


 初めて、まともに姿をあらわした炎估は、黒紋つきの着物をパリッと着こなし、散髪したばかりのような短い赤髪である。……おれより背は高い。


「お、おまえが、炎估なのか!?」


 突然、その実体を見せつけられた螢介は、思わず後ずさりした。そうとう男前だ。こんなやつに躰をあやつられていたのかと、おどろいて硬直していると、「まったく、鈍くさいのう」と、風估の語尾が老人の方言っぽく変わった。


「こやつのタマシイは、日照ではないか?」


耄碌もうろくじじい。どこを見ている。こいつは暗闇だ」



 ……にっしょう? くらやみ?

 なんのことだ。……というか、

 風估は、じいさんなのか?

 二十代前半くらいに見える。



「わしは、人間に寄宿するきものではないぞ。そこの若造わかぞうみたく、もぬけ、、、担保たんぽも要らん」


 炎估を指さして云う。……えっと、風估のほうが、年長ってことか? 見た目がともなわねぇから、信憑性は低いが、ことばづかいはたしかに年配っぽい。……もぬけ? だれのことだ? おれ……なのか?


 学ランのうえからあちこちをさぐる螢介は、じぶんの思いどおりに動く手足にホッとした。……だれが、もぬけの殻だ。おれの心臓は、ちゃんとここにあるぜ。胸を軽く押さえ、心拍数をたしかめる。やや不整脈だが、きちんと鼓動していた。


「暗闇が、おぬしを今生こんじょうにとどめておるのだ。あやつにタマシイをとらわれているうちは、腐ったからだでも役にたつこともある。せいぜい、炎估に使わせてやるがええ。そやつは、火遊びが趣味だからのう」


「……暗闇って、おれの知っている人間ひとですか」


 螢介は、たずねては不可いけない気がした。だが、聞かずにはいられなかった。暗闇とは名前だ。それがだれの苗字なのか、わかっていた。……黒傘の男……、暗闇くらやみ咲夜さくや、それが亭主の名前だった。



「石づきなめこへようこそ、久遠くおんのタマシイを保つものよ。わしは石突いしづき滑个なめこと申す。天蔵あまくら小僧こぞうよ、おぬしの裏庭にあるウロコじゃが、一枚足りぬようだのう。……さては黒猫のしわざか」


「ネコを知ってるんですか?」


 ……看板の石づきなめこって、本人の名前だったのか。風変わりな名前だな。それに、あっさりウロコの在処ありかを指摘された。ネコは、朝から姿を隠している。雑貨商にきているのかと辺りを見まわす螢介に、主人がつけ足す。


「われはかぜあたいしものぞ。黒猫の便りをお希みか」


 風估ふうこは十翼だと名乗り、ふたたびたばこをくわえた。脇から炎估が手をかざし、フッと、火が点く。白いけむりが立ちのぼる。ふたりの十翼をまえに、螢介は膝がふるえそうになった。……ウロコはあと二枚しかない。死守するべきなのか、奪われたらどうなるのか、なにもわからねぇ。ネコの居場所は知りたいが、対価を要求されては困る。螢介には、さしだせるものがない。



 ……くそっ、おい、炎估。

 おれの心の声が聞こえたら

 返事をしてくれ。


 

「どあほう。気持ち悪い真似をするな。目のまえにいるのだから、口を動かせよ」


 風估について、こっそり質問したかった螢介は、空気を読まない炎估の態度のせいで、にわかに頭が痛くなった。




〘つづく〙

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る