第6話
❀雨を呪うことなかれ❀
居間の押入れに、なにかが動く気配がある。
「さくや先生は、おいでですか?」
少年は、きのうと同じ
壁ぎわに書棚がある。めずらしい本がならんでいるわけでもなかった。ニャアと、足もとでネコの声がした。
「ネコ」
手ぶりで呼び寄せる。こんどはちゃんときた。抱きあげると、予想していたよりずっと軽くてやわらかい毛並みに、一瞬ドキッとした。……天蔵家では、動物を飼ったことがない。螢介が猫を抱っこするのも初めてだ。動物を見ると、頭を撫でてやりたくなるのはなぜだろう。昆虫類は少し不得手だが、爬虫類はものにもよる。
「お茶を淹れてくるよ」
ネコを抱いて少年に声をかけると、ふしぎな現象が起きた。少年が青年に成長している。唖然とする螢介に向かって、なかなか男ぶりのいい青年が、「どこに隠した?」と詰め寄ってきた。
「隠すってなにを……」
いきなり頬を
「出せ」
「だから、なにを?」
「死にたいのか」
あいにく、その手の脅迫は無意味だ。実体に宿るタマシイは、亭主がつかんでいる。だれにも、螢介を消滅させることはできない。……よくわからないけど、腹がたってきた。反撃するか? 未成年を殴るのは法的にどうなんだ。いまは青年の姿だし、やってもいいか?
考えがまとまらない螢介をよそに、青年は学ランの胸ぐらあたりをつかみ、頭突きを
外は大雨だ。玄関の鍵は、螢介がかけてきた。……悪い、ネコ。でも、おまえなら出られるだろう? 頼むから逃げてくれ。押入れには隠れるな。家のなかはだめだ。ぜったい見つかる。
青年の姿に化けた男は、身動きできない螢介を放置して、あちこち物色を始めた。机や戸棚の抽斗のなかにあるものを床にぶちまけると、螢介の脇をすり抜け、押入れのある居間へ向かってゆく。
「……ネコ、……逃げろ」
青年の気配が遠ざかると、物騒な音ばかり聞こえてきた。螢介は膝に力をこめて立ちあがり、吐き気をがまんしてあとを追いかけた。台所の冷蔵庫が荒らされている。食材が床に散らばり、もったいないかぎりだ。……あのやろう、
「おい、おれのなかにいるやつ、聞こえるか。おまえの名前、なんて云ったっけ? ……えんこ? おまえさ、なんとかしてくれよ。おまえなら、できるンだろう?」
留守を預かる以上、同居人を守らなくては。ネコの飯茶碗は、螢介とおそろいの夫婦碗である。人なみでない構造はお互いさまで、いっそ、この身を利用できないか考えた。……人間であるかどうかは関係ない。
「見つけたぞ。ウロコをよこせ」
背後で青年の声がした。いちど吐きだしたウロコは、ふたたび亭主が封じてある。簡単には奪われないが、
ふり向いて身がまえる螢介は、愕然となる。青年は手に、黒猫を吊りあげていた。「ネコ!」
〘つづく〙
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