第4話
❀猫を呼ぶことなかれ❀
さくや亭の台所には、来客用の茶器がそろっている。家人とはべつに買いそろえてあるところを見ると、さっきの少年のように、来訪者へのもてなしは、日常的なのかも知れない。それこそ、おれのような窓口を住みこみで配置するほどに……。戸棚の
急須や湯呑みを持ってもどった螢介は、少年の気配を見うしなって
「あいつ、なにしに来たんだ」
帰ったのなら、わざわざ探す必要はない。亭主には、ありのままを
「おい、そこの猫。男の子を見たか? 白いレインコートを着た、中学生くらいの男の子なんだけど」
動物にたずねておきながら、螢介は真顔で返事を待った。黒猫には見おぼえがある。雑木林へ足を踏み入れた螢介は、黒猫の気配をたよりに進んだおかげで迷わずにすんだ。さくや亭の飼い猫だろうか。玄関先の軒下に、
「猫、こっちへおいで。そこはぬれるだろう」
雨は雷雨になっている。軒下とはいえ、ぬれそぼって丸くなる姿を見た螢介は、家のなかへはいるように云った。……無視かよ。黒猫は知らん顔だ。きのうからさくや亭に住みこむ螢介を、警戒して近づこうとしない。きっぱりと拒絶された螢介は、そっと玄関扉をしめた。鍵をどうするべきか悩んだが、かけずに奥の間へもどった。
卓袱台の急須と湯呑みを片づける。まんじゅうはひとりで全部食べた。どうにも、朝から腹が減る。なにを食べても足りないような、底なしの胃袋がエネルギー摂取を催促してやまない。
水音がする。雨とはちがう。耳を澄ませると、風呂場でだれかが湯につかっているようだった。亭主は留守で、勝手口から帰宅したようすは見られない。不審に思った螢介は、まず、脱衣所を静かにのぞきこんだ。タオルや足ふきは置いてあるが、脱いだ服がない。浴室と脱衣所を仕切る
「天蔵くんも、いっしょにはいったらどうだい」
不意すぎる登場に、螢介は腰が抜けた。いつのまにか、背後に亭主が立っている。黒いスーツ姿で、書類かばんをさげていた。雷鳴が天井の電灯をゆすぶり、蔽いの
「はいるって、だれと……」
立てないが声はでた。亭主は笑い声になり、螢介の頬を冷たい指でひと撫でした。
「あの子は、きみが誘ったのだろう。責任をもって面倒をみるように。食費なら、別途請求しないでおくよ。サービスだ」
なんのことかさっぱりだ。……あの子って、いったいだれだ? いま、風呂にはいってるやつは何者だ。
「あんたは人間なのか?」
……おそらく、悪人じゃない。むしろ、この
「いやだな」と、亭主の声が聞こえた。こんどは笑っていない。「きまっているじゃないか」
まったく話がかみ合わない。螢介は、湯をあびる人影を見つめ、顔をしかめた。あれは軒下にいた黒猫だ。……やっぱり、呼ばなければよかった。なんて、もう遅いか。
〘つづく〙
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます