2-4 商店街の定理 ~準決勝 商店街のヒーロー・ミスターナカヤマン戦~
<さあ準決勝、また明智選手が大物と当たってしまいました! 相手はミスターナカヤマン。商店街のヒーローにして普段は占い師、イリュージョニスト、テレビでは脱出王などにも参加しています!>
「ユーさぁ、要は手品とかの芸能関係者ってこと……にぎやかで良いことだね、どーも」
明智は洗ったばかりの手をハンカチで拭きながらぼやいている。
あちらでは村上と明智が汚した将棋盤の清掃作業が行われている。
迷惑な対局の二人だったのだ。
さて、目の前にいる黒ずくめにサングラスのやや小柄な男が、やや年老いた、落ち着いた声で明智に挨拶する。
「はじめまして明智五段。本名を
「そう……ヒデトもすぐ終わりたいと思ってたから、それってWIN-WINってことだよね」
結果として影山が振り駒に勝ち、後手を選ぶ。
<さあ、今回も見られるか、ミスターナカヤマンの、イリュージョン! 一体この対局では何を見せてくれるのでしょうか?!>
「ヒデト思うんだけど……イリュージョンとか良いから、早く対局開始したいって……」
「はぁぁぁ……ハァッ!!」
両手に手袋をはめているが、それを脱いだ。
明智が見る限り、普通の両手で、特に仕掛けはなさそうに見える。
影山は将棋箱に駒を詰めると、気合を入れてダイナミックに回し、山を伏せた。しかし――
<おーっと?! 山がないぞ……この実況の柴田健太郎からは駒が一つも見えません! いったいどんなトリックを使ったというのかー?!>
将棋箱はそのまま横に落ち、上からもう一つの将棋箱が落ちてきて、影山によって押さえつけられる。つまり二つ目の将棋箱――蓋の部分を使って山を作るというのだ。
「これは……?!」
将棋の山は明智側で大きく盛り上がっており、いくつかが影山側にまばらに散らばっているが、かなり危うい。
これはより高さのある蓋を使った故にできる大技だが、逆にいえば安定感のある山を作ることは不可能に近い。
「名付けて……”
<よく分からないが地元の凄いの出たー! 明智選手側のカウントダウンが始まりますが……5秒を……越えたー! これで正式に明智選手の手番になります……さぁ、どうするか?!>
協会のルールでは、「山」を作ってから何もしていない5秒間の間に崩れたり、もしくは音が鳴ったりした場合にはもう一度お互いクロックを押し直してもらい、崩れた状態で先手から行動を開始できる、というペナルティがある。
もちろん、駒が盤外に出てしまえば後手の負けが確定する。
これはその後の各手番の間にも適用されている。
いわゆる「5秒ルール」。
明智は滲む汗を隠すように、素早く中指で角と歩の二枚重ねを取って、クロックを押す。
下手に乱暴な動きを取れば、山はたちまち崩れるだろう。
1ターン目 先手 明智ヒデト:角歩 6点
1ターン目 後手 影山芳樹:0点
<両者睨み合いが続きます! 例のどこかの駅前のアレがいつ崩れるか、その緊張感はこの実況、いえ、広報の柴田にも伝わってきます……!>
「私は運が良い。この勝負から脱出できるだろう……!」
「どうかな、ミスター……ヒデト思うんだけど……」
1ターン目 後手 影山芳樹:0点
2ターン目 先手 明智ヒデト:角歩 6点
<おっと、ミスターナカヤマン、10秒が経ったところで何もせずにクロックを押したぁ!>
手を動かす場合でも何もしない場合でも、相手に手番を回す場合は、10秒を経過しなければ押してはいけない。
いわゆる「10秒ルール」である。
(運動方程式的観点から見て、これは位置エネルギーの加速力が崩壊する、つまり崩落まであと48秒後……! つまりヒデトがここで押しちゃうと38秒、押さなくても18秒、ミスターが法則を知っていれば必ずヒデト負ける……ってぇことは何? ヒデトがここで動けば……場面は変わる? オーライ?)
(明智先生が考えている……わたしも今までこんな先生の表情を見たことがない……!)
サクラが考えているうちに、明智は左手に方程式のようなものを次々と書いていく。指の動きが凄まじすぎてもはや何をしているのか分からない。
ふと、明智は眼を見開き、わざと影山の方に孤を描くように歩を一枚取って、クロックを押した。
2ターン目 先手 明智ヒデト:角歩2 7点
2ターン目 後手 影山芳樹:0点
影山は眼を閉じ、黒いマントの中で腕を組む。その口元には不敵な笑みが浮かんでいる。
28秒が経過し、残り2秒のところでクロックを押した。
ガラガラガラ、ガシャン……!
「ぐへェ……?!!」
<おーっと、信じられないことが起こったぞ! あの脱出王のミスターナカヤマンが、将棋の山を倒してしまいました……! なんたる失態だー!!>
2ターン目 後手 ●影山芳樹:0点(盤外落ちによる反則負け)
3ターン目 先手 〇明智ヒデト:角歩2 7点
「馬鹿な……私の計算ではあと5秒は確実に持ったはず……それが何故……?!」
「
<なんか良くわからないけど、明智ヒデト五段、計算し尽くされた手法でミスターナカヤマンを破りました! 今回はダークホースが強い! あぁ、もしかしたら四段の私も参加していれば良かったのかもしれませんね……>
「そう、ユー、四段だったの……ヒデト初めて知ったよ」
藤井サクラは少しばかり、明智に対して「思ったよりしょぼい」と感じた。
――
「ダメだ、あの姉ちゃん、山の獲り方もこっちの動きも完全に読み切ってやがる……そこらのチンピラかと思ったら、痛い目遭ったぜ……!」
スキンヘッドの50代以上と思われる和服の男が館内からさっさと退場していく。
「あれは……あんな山を誰が攻略できるんだ……! もし崩せたとして、あれだけの手て捌さばきをするような若い女が板橋にいるとは……!」
青ざめた顔の40歳くらいの痩せた男が、準決勝で負けたらしき男が立ち去っているのを見てつぶやく。
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