2-3 商店街の定理 ~準々決勝 ピザ大会優勝のピザ王・村上秀 戦~

<さあ、始まりました準々決勝、五段で自称令和のコペルニクス・明智ヒデト選手と、ピザCAPキャップの調理人で、ピザ世界選手権大会で優勝した経験のあるピザ王・村上むらかみしゅう選手の対決です!>



「ヒデト思うんだけど……だいぶギャラリー減ったけど、まだアナウンスする必要あるのかって……」



 香子のファンが帰ったのか、明智は柴田の再びの登場で再びため息をもらした。



 村上は「ピザ王」の座とは裏腹に細身で30歳前後の男性、背丈は明智と同じくらいで、本場アメリカンピザチェーン店「ピザCAP」の帽子を被った人物だ。



 イケメンと言われる部類でも間違いなく、そういった意味でも注目の的なのだろう。



 振り駒までを明智が制し、後攻を敢えて選択する。



「多分だけど、ユー、色々駒の山をコネてくる。だってピザ屋だし……だから、ここはヒデトが後攻で、手作りの本場のアメリカンピザ、見せてやろうじゃないの」



 明智が完成させた山は、中央に空白のある四角い要塞のような陣だった。



「名付けて”マンハッタン☆セントラルパーク計画”……!」



「何っ……? しかも「山」なのに計画だって……?!」



 村上はチェスクロックのボタンが押され、30秒からのカウントが始まってから考える。



 彼はこのような山はこれまでの「崩し」の対戦相手で見たことがない。



(真ん中の空いた山、あれはニューヨークで見たセントラル・パークのようだ。それにしても「計画」というのは何なんだ……気にしたくもないのにめちゃくちゃ気になるぞ……!)



 思考で10秒以上を費やしたが、ちなみに明智の「計画」という単語に特に意味はない――!



<おっと、先手のピザ王・村上選手、さっそく打つ手無しでしょうか……考えているようです!>



「ええい……! ”米国的手指突入アメリカン・ハンドトス”!!」



 村上は豪快に指を山に突き入れ、四枚の駒を自分の中指の肉と筋肉によって包み込み、そのまま強引に音も立てず4枚を引きずり抜いた。



 その指の長さは明智ほどではないが10cm以上はあり、恐らく太さもピザで鍛えられたせいかかなりある。


 細身の体型や端麗な顔からは想像もつかない。



<村上選手、アメリカ仕込みの技が光る! これで7点をも明智選手から先制しました!>





1ターン目 先手 村上秀:桂桂香歩 7点 

1ターン目 後手 明智ヒデト:0点



 明智は先手を取られたばかりか、アメリカを先取りされたことにかなり悔しそうな表情を浮かべる。



「ヒデト思うんだけど……アメリカンとしては先に中途半端な日本人にアメリカ取られるの悔しいって。だから、必ずやり返すから……悪いけど……それが、アメリカ式のやり方だから……」



 明智は大駒の入った部分に13cmはあろうかという中指をここぞとばかりに見せつけ、他の駒を纏めあげるようにして引きずっていく。



 村上よりは少ないが、効率よく3枚を手にした。



「……”リメンバー☆パールハーバー”」



<明智選手もやり返した――! 何故かここで真珠湾出ました! これでわずかとはいえ、明智選手1点のリード!>



1ターン目 後手 明智ヒデト:飛香歩 8点

2ターン目 先手 村上秀:桂桂香歩 7点



 村上はふと、ぽっかりと空いた玉の周辺に気付く。あれを取れば15点。



 迷わずに玉にピザ大会で鍛えられた湾曲した指を突き入れ、辛うじて香を巻き込んで22点を略奪していった。



 が――



<ここで村上選手、過酷過ぎるといわれる世界のピザ大会で鍛え上げられた指を使って握っては引きずり出すが、しかし、まだ駒を盤外に落としていないっ!>



 おもむろに村上は左手をポケットに突き入れ、取り出した白い粉を盤上へと振りかけていった。



「”四色乾酪混合粉末クワトロ・フォルマッジ”!!」



 四種チーズの粉が将棋盤の上にふんだんに撒かれ、同時に村上が駒を盤の外に出す。



 念のため、明智が匂いをかいでみるが、明らかに新鮮な様々なチーズの粉であった。



2ターン目 先手 村上秀:玉桂桂香香歩 24点

2ターン目 後手 明智ヒデト:飛香歩 8点



「……審判! これってさ……アリ……なくない?」



「アリでしょ。反則負けじゃないだけマシじゃないですか」



 明智の指摘に対して、先ほど敗退した池波香子が、チーズ臭さにハンカチで鼻を覆いながらも、冷徹にジャッジを下す。



 基本的に規則に抵触しないのであれば、何をやってもいい。



 つまり、音を立てなれば、盤上に仕掛けを施すことも可能なのだ。



 ただし、板や駒を破壊するなど、明確に欠損させたりした場合は主審の裁量で失格となる。



「すっごいザラザラしてやりづらい……やりづらくない……?」



 明智は王が他の駒に隠れているのを恐れ、確実に取れそうな飛を、ゆっくりと盤面からすり寄るように指を擦りつけていき、クロックが鳴り響くまでの20秒以上をかけて奪取した。



2ターン目 後手 明智ヒデト:飛飛香歩 13点

3ターン目 先手 村上秀:玉桂桂香香歩 24点



「このままでは先生……負けちゃう……!」



 明智は指を舐め、ビッグカツをガツガツと食べながら何かを考えている。



<おっと、ここで村上選手がばら撒いた四種チーズの細かい粒が将棋盤を支配して、明智選手、1枚ずつしか取れない! これはチーズ臭いし、なんか汚いぞぉ……!>



「ピザの大会でオレは、本場アメリカの汚さってのを磨いてきた……ピザの材料である貴重な食材、チーズを無駄にしてでも、自称コペルニクス程度、破ってみせる……!」



 村上は角を握るようにしてかっさらい、さらに5点を挙げる。



3ターン目 先手 村上秀:玉角桂桂香香歩 29点

3ターン目 後手 明智ヒデト:飛飛香歩 13点



 明智はならばと、盤面を擦りながら角へとアプローチし、それをねっとりと絡めるようにして音を立てぬように奪取する。



「どうかな……それと、本場のアメリカの汚さって、それヒデトに言う? 言って大丈夫? もうどうなっても知らないよ……ヒデト必ずやり返すし、本場アメリカの怖さとか見せてやるから……悪いけどこれ、そういうゲームだから……」



 明智の台詞を聞いて村上はキッと彼を不敵ににらみつける。



(追いつけない……! これならオレの勝利は確実だ。あとは最悪、王だけは獲らせないように守りに徹するのみ……!)



3ターン目 後手 明智ヒデト:飛飛角香歩 18点

4ターン目 先手 村上秀:玉角桂桂香香歩 29点



<16点から11点の差は縮まらないっ! どうする、明智選手に何かこれを挽回する手段はあるのかっ、それともこれまでの汚い行為の報いを受けているのでしょうか……?!>



(獲ったっ……! これで王の周りは盤石……このまま駒を巻き取れるオレと、ただ長い指なだけの明智では、もはや勝負にもならないだろう……)



 村上は銀2枚を巻き取りながらも、王の方向へと他の駒を押し付けて妨害する。



 通常ならこれで音が鳴ってもおかしくないものだが、チーズの弾力がクッションとなり、音は鳴らない。



4ターン目 先手 村上秀:玉角銀銀桂桂香香歩 33点

4ターン目 後手 明智ヒデト:飛飛角香歩 18点



<村上選手、4種チーズの海の中をジリジリと挟んでは獲ります。これは今回の大会の優勝候補か?! 確実に4点を獲得ーっ!!>



「よし、ここまで差がつけば、王を獲らなくともオレの勝ちは確定したようなもんだ……五段だかコペルニクスだかも、ここまでのようだな……!」



「あのさぁ……王残すって、それってさぁ……ヒデトが頑張っちゃえば、逆転? てか、ヒデト思うんだけど……これさ、もう勝負ついてない?」



 明智が縮こめた中指を伸ばすと、そこからは粘膜のようなものが飛び出し、王らしき駒のあるあたりを包み、ズルズルと王の山を引きずり、チーズの凹凸を無視して盤の外へと飛び出していった。



「馬鹿な……?!!」



4ターン目 後手 〇明智ヒデト:王飛飛角金金銀銀桂桂香歩6 51点

5ターン目 先手 ●村上秀:玉角銀銀桂桂香香歩 38点





<おっと、これは……まさか、51点に到達! 明智選手、逆転勝利! あの世界のピザ王、村上選手を破りました!>



「明智……一体何を使えばそうなる……?!」



 村上が驚き、明智に詰め寄る。


 

 しかし、明智は至って冷静にその場の状況についてを説明していった。



「これだよ、このさ、ビッグカツの脂……結構ねっとりとして良いと思う。子供たちってさ、簡単にトンカツなんて食べられない。トンカツって大人の食べ物だし……だからさ、駄菓子の工場もしっとり感とカラッとした感触でトンカツの脂を再現したってこと。ヒデトはピザもトンカツも好きだけどね……」



(結構危なかった……ヒデトが念のためにビッグカツの袋の底にオイルを入れておいたのが役に立つとはNE……!)



「なんてこった……ピザ王のオレが……ビッグカツに負けるだと……?!」



「あのさぁ……ピザCAPって中山商店街にもあるの?」



「あぁ……」



 明智は村上に指を立てて応えた。



「後でさ、ヒデト必ず食べに行くよ」



「あぁ、店では食えないから注意な……デリバリーで、頼むぜ……」



 明智は再びヤングドーナツを口に次々と入れ、ペットボトルの茶を流し込む。



(何これ……これは物理学的にやべぇオーラ……まさかサイコキネシス?! 準決勝の相手はエスパーかな?)



 明智はもう一つだけ、とヤングドーナツを口に含んだ。




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