1-2 駄菓子屋の定理 ~駄菓子屋店主・佐藤三三戦~(前編)

 小柄ながらもいかつい顔の駄菓子屋の主人がズン、と迫ってくる。



「俺ァ、埼玉は和光わこう市のなァ、”崩し王”って言われたこともあんだよ。佐藤さとう三三さんぞう「三」が二つでサンゾウだ、この界隈じゃ結構有名だぞ……知らねぇのかい?」



 が、そう言われた明智は、すぐさま返す。



「そう……ヒデトもさぁ、和光市住んでる。ってことは何? ”崩し王”ってウソつき? ヒデトに勝ってから名乗らないと……あと、今思ったんだけど、店の「みつみや」ってそういうこと? マスターの名前から取ったってこと……リアリー?」



「おうよ。さっさと準備しろや。ジャンケンすんぜ」



 通常、協会のルールでは公式戦ではまずジャンケンで勝った方に、次は歩5枚で振り駒をさせ、3枚以上表が出れば勝ちで先手、後手の好きな方が選べ、後手が将棋箱で天王山(5五)とその周囲の9マス内に「山」を作り(公式戦では120秒以内)、先手、後手の順で駒を取っていく(公式戦では30秒以内)こととなる。



 ジャンケンでは明智が負けたが、振り駒では佐藤が負け、明智に選択権が移った。



「それじゃ、ヒデトの先手でいこうか」



「おう、後悔すんじゃねえぞ。俺の「ヤマ」は甘くねえ……」



ジャラジャラジャラ……



 無造作な音と、佐藤の作り出す「山」の仕掛けに注がれる集中力に、小学生たちはもちろんのこと、明智も思わず懐かしい感覚にごくりと唾を飲み込んだ。



 佐藤の右手は皺が酷く張られているが、全くその五本の指の動作に衰えは見られない。



ジャッ……



「完成だ――名付けて、”東京タワー~俺とオカンとブエノスアイレス~”……」



「……へぇ、マスター……やるじゃん」



 佐藤のヤマは、周囲に質駒しちごま(ここでは盤に平伏して滑らせるだけで取れる状態のことを指す)は一枚もなく、さらに中央で飛車・角の四枚がそれぞれ内側に向かって支え合っている状態で立っており、これは佐藤が「山」を作る際に駒を配置した仕掛けが成功したことを意味する。



(東京タワーは知ってるけど、ブエノスアイレスってなんだよ……)



 少年たちが謎のヤマの題目を聞いて疑問を感じているのも構わず、明智は続ける。



「ヒデト思うんだけど……東京タワーとブエノスアイレスってさ、万有引力で繋がってるんだと思う。だからさ、地球(アース)の裏側ってある意味、お隣さんだし、母親(オカン)だよね」


「なんだ、そりゃ……? ちなみに俺はブエノスアイレスが何なのか知らんぜ。そんな映画があったんだよな、響きが何となく好きでよォ……」



 戸惑う佐藤をよそに、明智は内側の駒の列から外れた外側から、三枚の駒を浮かせたまま、枠の外に出していった。





1ターン目 先手 明智ヒデト:5点 銀銀歩

1ターン目 後手 佐藤三三:0点



「んな「山」のお題目なんてよ、適当だよ、適当。ただなァ、東京タワーって奴ァ、俺にとってはオカンと同じようなもんだ。もうだいぶ前に死んじまったけどよぅ……分かるか、お袋って憧れだよ。俺がガキの頃も、働き詰めでよ……ところで、「後手」ってのは、駒を自由に置けるってこった。つまり……」



 佐藤は二枚ほどの外駒を先ほどの明智のような方法で外に音を立てずに弾き出すと、内側から裏が字無しの最高得点と思われる駒が姿を見せた。


 

 ――王。16点である。



1ターン目 後手 佐藤三三:3点 桂歩

2ターン目 先手 明智ヒデト:5点 銀銀歩



「うわっ、中から王が……?!」



「おじいさん、まさか仕掛けておいた……?」



 少年たちに続いて、サクラも思わず声を上げる。



 その位置の王か玉らしき駒は、タワーを作っている角や飛車に阻まれ、どうやっても引き出すことができないと思われた。



 明智は数秒考えた後、山に中指をぶち込み、素早い動作で王に細工をする。



「”王ファラオの復活”……!」



 王は迷うことなく盤上で直立し、それに呼応するようにして、四枚の飛車・角が内側に向かって崩れ、ひれ伏すようにへばり付いた。



 明智はこの手番、点を取らずに山を崩すことに専念したことになる。



2ターン目 先手 明智ヒデト:5点 銀銀歩

2ターン目 後手 佐藤三三:3点 桂歩



「自称、『令和のコペルニクス』が俺からついに駒が取れなくなるたぁ、笑わせるぜ……ったくよォ……」



「それはどうかなぁ? ヒデトさ、今ので東京からブエノスアイレスに続く道を封じた。ってことは何? マスターが作ったタワー、終了じゃないの……終わってない?」



「「なんだって……?!」」



 明智の突然の終了宣言に、周囲は騒然とする……



 佐藤が再度周囲の浮き駒を回収しようとした時、その老体に電撃が走る。



「何ッ――!?」



 全ての駒が先ほどの明智の行動によって山側に不安定な状態ながらも重なっており、安全な駒は一枚もない……まるで将棋駒でできたジェラート。



「ええい、獲らねえよりは獲るぜ……俺もオトコだ!」


 

 佐藤は素早く金を立てて回収し、得点では明智に追いついた。



 公式では駒を取るために駒の状態を変化させた場合、同じ指で同じ駒を操作する場合のみ、一時的に駒から指を離すことが許されている。



2ターン目 後手 佐藤三三:5点 金桂歩

3ターン目 先手 明智ヒデト:5点 銀銀歩



「つまり、条件は同じってェことだな。俺が安全な位置を獲る限り、ヒデト……お前さんも獲るこたぁできねえ。その繰り返しにまんまと嵌ったな、このペテンニクスが」



 佐藤は明智をあざ笑うかのようにニヤリと笑う。



「へぇ……」



 しかし、明智は全くといっていいほど動じていなかった。



「あのさぁ……ヒデト思うんだけど、そんなことやってたら、ギャラリーが退屈しちゃうよ。和光市のトップ名乗るなら、もっと攻めなきゃ……本場アメリカ生まれってのをさ、舐めてもらっちゃ困るんだよね、悪いけど……」



「何ができるってェんだい……?」



「”ファラオ☆ノ☆崩御ほうぎょ”――!」



 ガラガラ、バチン……



「何ィっ……?!」



「令和のコペルニクス、まさか自滅か……?」



3ターン目 先手 明智ヒデト:5点 銀銀歩

3ターン目 後手 佐藤三三:5点 金桂歩



 明智が直立状態の王に触れると、そのまま内側に引き込み、その時点で駒が鳴ったため、手番終了となった。



 王が浮き、その周囲にも駒が散らばる。先ほどまでに王に縋りつくようになっていた飛車や角も山の中へと崩れていった。思わず予想外の状況に声を上げる佐藤と子供たち。



「俺ァどんなときだって、隙のある奴にゃ容赦はなかった。だから、これは確実に頂くぜ……」



 佐藤は王とそのついでに香2枚を回収し、20点を一挙獲得した。



3ターン目 後手 佐藤三三:25点 王金桂香香歩

4ターン目 先手 明智ヒデト:5点 銀銀歩



 少年の一人が思わず叫ぶ。



「うわぁ、もうこれじゃ、店長さんの勝ちじゃんか……!」



 流れはもはや、完全に佐藤に傾いたと見えた。

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