1-1 駄菓子屋の定理 ~三対一!近所の悪ガキ戦(後編)~

 吉田少年が人差し指を舐め、角のある山ごと一手で奪おうと躍起になる。が――


 ガシャン――!



「だろうね、ヒデトそう思った……攻めすぎるのってさ……よくやっちゃう……若い頃はね、でもそういうアメリカン・スピリッツって大事だと思うの」



「くっそ~!!」



1ターン目 後手 吉田・山田・前田:34点 王玉歩3

2ターン目 先手 明智ヒデト:21点 飛飛角銀歩4



「指ってさ、人体の不思議だよね。自由に曲がるし、物を掴んでは離さない。こういうのってさ、きっとさ……ヒデトたちが類人猿だった頃からあるんだと思う……思わない?」



 明智は涼しい顔で吉田少年が崩した角、金3枚、桂香、そして歩2枚の計7枚を二段重ねにしてかっさらっていった。



2ターン目 先手 明智ヒデト:38点 飛飛角角金金金銀桂香歩6

2ターン目 後手 吉田・山田・前田:34点 王玉歩3



「うるせーな、あいつ……吉田、慎重な俺がやるよ。こっち先手なんだから、まだまだ有利だ。それに一度で取らなくても大丈夫だ」



「どうかな……? 好きなように取ればいいよ。あぁ……ヴァイキングだ!」



 明智が大げさに両手を広げてみせる中、前田少年が明智がそうしたように中指で包むようにして銀、桂2枚と歩2枚を取った。




2ターン目 後手 吉田・山田・前田:42点 王玉銀桂桂歩5

3ターン目 先手 明智ヒデト:38点 飛飛角角金金金銀桂香歩6



「よし、あと残り9点だ、やったぞ! こっちが押してる。前田の次は俺がやる」



「あぁ……山田なら王と玉を取ってるからな、任せるぜ……」



 三人組は相当にヒートアップし、盛り上がっているようだ。



 一方でサクラは悔しそうだった。



 だが、すぐ後に明智の放った台詞でその場の雰囲気は一変する。



「ごめんね、あのさぁ……もう勝負、ついてるから。ヒデトの勝ち、もう決まってるから……」



「――えぇっ?!」



 これには四人とも呆気に取られていた。



「”スネーク☆オン☆ザ☆ボード”……!」



 それはまさにイリュージョンのようだった。



 明智が凄まじい速度で中指を動かすと銀が蛇のとぐろのように他の駒に巻き付き、離れずに、時折1枚、2枚と落としながら、残る駒たちを搔っ攫っていった。


 その中には銀2枚、桂、香3枚、歩2枚が含まれている。



「コペルニクスの理論で「悪貨は良貨を駆逐する」って言われてるけど……こうやってどんどんヒデトが善良な駒を駆逐していく……容赦なくね……ヒデト優しいけど、時に容赦ないから」



 協会の規定上、最初の駒から一度も指を離さなければ、突き放したりしない分には、駒で駒を盤外に落とすのを繰り返すのは何ら問題ない。



 盤上には、転がった金1枚と歩5枚だけが取り残されていた。


3ターン目 先手 〇明智ヒデト:52点 飛飛角角金金金銀銀銀桂桂香香香香歩8

3ターン目 後手 ●吉田・山田・前田:42点 王玉銀桂桂歩5




「そんな、バカな……おれたちが負けだって……?!」



「これさぁ、遊びじゃないのよ……勝負だから。ヒデトのご先祖らしい、明智光秀も容赦なかったみたいだし。ヒデトもさ、悪いけど、容赦とか手加減とかさ……そういうの、やってないんですよ。じゃあさぁ……片づけ、しようか……」



 明智は駒を駒入れに戻していき、少年たちも自分の取った駒を盤上に放り投げるように戻す。



 それを明智は凄まじい速さで箱に戻していった。



 ちなみに最近の将棋の駒はNSKKの影響で「駒の山を立てやすいように」2024年までのものよりも厚みがあるように作られており、箱も比較的それに併せて大きくなった。



 協会ではこの駒と箱の大きさが規格となっている。



「これさ、ヒデトの好物。ヒデトが子供の頃さ、いつもゲームコーナーでゲームやるお金なかった。でもさ、ヤングドーナツって、30円で買えたし、100円でやる先輩たちのゲーム、これ食べながら見るの、本当楽しかったよ」



 少年たちは悲しそうな表情で、だいぶ落ち込んでいるように見える。



「あのさぁ、おっさん。おれら、もうこの駄菓子屋、出禁、なんだよな……?」



「嫌だよ……もう、学校帰ったらみんな親から借りたスマホでゲームするぐらいしかないじゃん」



 明智はパンパンのビニール袋からおもむろに一つのヤングドーナツを取り出して、盤上に載せる。



「ボーイたち、ヤングドーナツってすげえ……すごくない? ヤングもドーナツもアメリカンな感じするし。でさぁ、ヤングドーナツってなんで4個あると思う?」



 明智は蝉やゲーム機の音の中、勢いよくヤングドーナツの封を切って中身を出し、サクラを含む4人にそれぞれ1個ずつ手渡した。



「こうやってさ、分け合うためじゃないかなって、ヒデト思うの。なんか学校で色々あったみたいだけどさ、4人で仲良くやるしかないじゃん。これからは仲良くやれよ……それでさ、大きくなったらさ、ヒデトのいる塾、来いよ。物理とか、色々、教えてやるからさぁ……」



 明智は小学生たちがヤングドーナツをほおばるや否や、財布から名刺を取り出して、四人の小学生に渡す。



 『令和のコペルニクス 


  明智アケチ 秀人ヒデト


  T大進学塾和光 物理非常勤講師 NSKK五段認定』




 ちなみに、協会での五段というのは最初の認定試験が初段なので、下から数えて五番目である!



「なんだよ、崩しのプロじゃないのかよ。それに、べつに頭良くなりたくなんてねーし」



 明智は指を振る。



「チッチッ、「崩し」にプロなんてまだいないの。これからね、ヒデトが作るわけ……ところでヒデトも塾でさ、別に必ずしも頭良くさせるために勉強教えてる訳じゃない。どっかの偉い人が言ってたけどさ、頭空っぽの方がさ……ドリーム、詰め込めるじゃん……んん?」



 下からドタドタと音が聞こえる。



「よう、ヒデト。ウチの常連の5年生ども負かせて、イキってんじゃねえかい。また、やるか?」



 明智たちが振り向くと、そこには駄菓子屋の店主・佐藤老人がいた。



「ワオ。マスター! どしたの? 急に……ところでヒデト暑いの。チョコバッキー食べたい……みんなも食べたくならない?」



 先ほど吉田と言われていた少年が代わりに答える。



「こんなとこにチョコバッキーなんてある訳ねーだろ。あれシャトレーゼだぜ。売ってんの」



 ほう、と明智は生意気そうに反駁はんばくする少年を上から嘗め回すように見る。



「あるよ」



「何ッ――?!」



 佐藤の発言に、明智はこれまでに無いような驚いた表情をした。



「俺の部屋に冷やしてあらぁ、ただし……ほしいならなァ……」



 ゴクリと唾を飲み、明智が頷く。



「この俺を、崩しで倒してからモノ言えや……青二才が」



 少年たちと共に奥の座敷に入ると、そこの卓袱台ちゃぶだいには一枚の分厚いかつらの将棋盤と駒が控えていた。



 次なる対戦相手はすぐそこにいたのだ。

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