1-2 駄菓子屋の定理 ~駄菓子屋店主・佐藤三三戦~(後編)


「もう俺の勝ちだろ。元々俺のためのチョコバッキーなんだから、これ終わったらさっさと食いてぇぜ。そこに落ちてる歩でも拾ってろや、青二才が」



「ヒデト思うんだけど……日本人ってさ、視覚に頼り過ぎだって。いつも目の前のことばっかりで全体見えてない。東京タワーの下には東京ドームある。だからさぁ……ヒデト思うんだけど……」



「降参するのか?」



 明智は素早くその長い中指を差し込むと、飛車や角が二段になっている層を包み込むようにして、一気に音も立てずに内側に引き寄せた。



「”持ってけ☆BIG・EGG”……!」



4ターン目 先手 明智ヒデト:35点 飛飛角角金銀銀桂香歩5

4ターン目 後手 佐藤三三:25点 王金桂香香歩



「なんだそれ……?!」



「駒を11枚も、たったの一手で……!」



「まだ分からんぞ……そこに玉がある。それを獲れば、俺の勝ちはほぼ確定だァ……!」



「ヒデト思うんだけど……それって仮説。その状態の玉が取れればの話だって。状況見えてる……見えてなくない?」



 明智の言う通り、玉は斜めになって桂2枚に寄りそうように立ち、さらに下に香などその周辺にも倒れた駒が散らばっている。



 今にも倒れそうな状態の3枚を仮に運んだところで、周囲に散らばったいずれかの駒を巻き込むことになる。



「だが、これを運び切れば俺ァ51点が確定して、勝ちよ……ベテランの中のベテランの俺を舐めんなや……」



「それだけの集中力があればね……多分、ヒデト相手には、物理的に無理だろうけどさぁ……」



 佐藤は意を決して指を伸ばし、全神経を集中させる。



 三枚の駒はゆっくりと音を立てずに天王山付近から徐々に外側に進み、障壁となる駒のあたりまでで、かなり息が上がる。



「あ、チョコバッキー見っけ!」



 ガシャン……



4ターン目 後手 佐藤三三:25点 王金桂香歩

5ターン目 先手 明智ヒデト:35点 飛飛角角金銀銀桂香歩5



 明智は席を立って台所の方を見ただけだったが、思わぬ場面で集中力が切れてしまった。



 チョコバッキーはどう考えても冷凍庫の中だがそれでも。



「ごめんねマスター、ヒデトさ、結構手段って選ばないから……悪いけど、いつもそうだから……」



「お前ァよ、昔っからそういう奴だったよなァ……」



 残りの駒を明智が容赦なく、中指で攫っていく。



5ターン目 先手 〇明智ヒデト:51点 玉飛飛角角金銀銀桂香歩6

5ターン目 後手 ●佐藤三三:25点 王金桂香歩





 勝負は5ターン、9手目で付いた。



 通常、対局は長引くと50ターン目の後手が終わった時点で点数の高い方が勝ち、それでも勝負が付かない場合、駒の配点が大きいものを持っている方が勝つか、指し直しになる。



「チッ……俺の負けだ。持ってけ▲チョコバッキー」



「センキュー」



 卓袱台を囲んで、6人はチョコバッキーを食べながらくつろいでいた。



 この部屋はボロいとはいえ、エアコンが効いており、特に昼間はエアコンとは無縁の小学生にとっては天国のような場所だろう。



「デリシャス。ヒデト思うんだけど……チョコバッキーの凄さってさ、何でも許せちゃうくらいのチョコとアイスのハーモニーと、ネーミングの楽しさだと思う。ボーイとガールたちみんな仲良しになれるし、多分これってさ、アメリカでも通用する」



「別に、俺は藤井とおっさんを認めてねーからな」



 山田少年は反発的な声を出しながらも、チョコバッキーにかぶりついている。



「ヒデト、いつからそんなアメリカ野郎になったんだ? 小学生の頃はおかしい奴だと思ってたけどよ、おかしさに磨きかかってんぜ」



「うん、ヒデトさ、実はアメリカ生まれで3歳から日本来た。それから高校出てからアメリカ帰ったこともある。帰ったばかりの頃は皿洗いのバイトしながら治安悪いとこいたから殴られたり、罵られたり、脅されたり、酷かった。でもさ……ヒデト、アメリカ凄く勉強したから、こういうポエム作った」





 アメリカはいいぞ by明智ヒデト



 アメリカはいいぞ ビーフジャーキーとかあるし


 アメリカはやべえ ハンバーガーもでかいしな


 でかいハンバーガー食ってると 口がでかくなるだろ


 そうなるとビッグマウスになって でかい夢語れる


 アメリカン・ドリームよ


 逆にだけどさ ハンバーガーは分解して食うなや


 口が小さくなって 免疫力落ちるぞ


 気も小さくなって 世界中からイニシアチブ取られる


 アメリカ来いよ でかいハンバーガー持って歓迎するぜ


 アメリカにさ 口開いてダイブしてきな


 アメリカってでけぇ 多分悲しみとかそういうの受け止めてくれる


 たまんねえぜ だってビーフジャーキーとかあるし





「うわ……だいぶやべえなこのオッサン……」



 突然のポエムに子供たちが呆れている。



「何だお前……アメリカから帰ってきたくせに向こう目線かい、クレイジーな奴だな」



「まあね……ヒデトの心はまだアメリカにあるから……」



――ちなみに明智はアメリカの大学に「行った」とは言っているが、入学もしていなければ、卒業もしていない――!



「そんなことはどうでも良いんだがよォ、来週の日曜日、板橋の中山商店街で「崩し大会」とかいうのがあるらしいんだが……ほら、これよ。お前さん、出るのか?」



 明智は手にそのチラシを握らされ、途端に動揺した。



「えぇ、ヒデトその日は塾のバイト入ってるんだけど……やっぱり本業ってさ、おろそかにできないよね。この大会って出ないとやばい……やばくない?」



「中山商店街ってあのアーケードあるとこだよね。わたしのおばあちゃんが住んでるから、行くならわたしも見てみたいかな」



「お前、行かねェと、多分崩し界での知名度も落ちてただの不審者になるぞ、あぁ、ぜってぇなるだろうな。傑作だぜ」



 明智がサクラの方を見ると、興味津々という感じだった。



「サクラはもう行くみたいだけど、ボーイたちはどうする?」



「……え、遠慮しときます」



 吉田少年がまるでドン引きするかのように拒否してきた。



 他の少年たちも考えたが、板橋区の中心部まで行くのはダルいらしいく、結局サクラだけが付いてくることになった。



 蝉の鳴き声はまだ騒がしい。



「アレクサってすげえ。どんな会話しても最終的にはバナナの話題にすり替えてくる……そしてヒデト気が付くとアマゾンでバナナ注文してるの……アレクサってさ、営業マンってか、政治家に向いてるよね……論点の逸らし方とか上手いしさぁ……」



 帰り道、ブツブツと呟きながら明智は藤井サクラを連れて、川沿いを歩いていた。



「明智先生、塾の仕事キャンセルするって言ってたけど、本当に良いんですか? わたし別におばあちゃん行かなくても大丈夫だよ」



「あのさぁ……マスターから聞いてヒデト思ったんだけど、これって運命いわゆるフォーチュン。多分この大会に出なかったらヒデトってどんどんマイナーになる。ヒデトってさ、舐められるのだけは嫌いなの。それに今スマホで調べたけど……これって協会が主催してるから、出れば絶対に強敵もいるって。それと思うんだけど……スマホで検索のだいぶ下の方にこれ出たから、もっとこういう大会メジャーにしていかないと……」



「メジャーにして、何か意味があるんですか?」



 サクラが問いかける。



「だってさ……ヒデト、「崩し」で”世界”目指してるから……」



 ちなみに、明智の塾でのバイトはかなり貴重な収入源で、自称「本業」の将棋崩しの年収は、協会費の年3万円で、つまるところ……マイナス3万円である!





 ――





「カトリーヌ……」



 明智は寝床でうなされていた。



 3年前のこと――



「被害者は赤塚あかつかカトリーヌさん30歳、明智あけち秀人ひでとさん、あなたはそのボーイフレンド、といいますか、そういった間柄でよろしいですか?」



 明智は、警視庁の真田さなだ智之ともゆき警部によって板橋署に連行され、重要参考人として呼ばれていた。

 


 明智にはそもそも赤塚カトリーヌの死亡時点で遠方の仕事先に泊まり込んでいるという同僚からの完全なアリバイがあり、逆に明智から真田側に当時結婚の約束もしていたカトリーヌの状況について色々と訊くことがあった。



 真田によれば、カトリーヌは青酸カリ系の強力な毒物の塗られた漆黒のダーツの矢のようなものを口内に二本撃たれて将棋盤の前で死亡しており、将棋崩しを一局した形跡が残っているという。



 その際、犯人の指紋が残っており、体格から恐らくは男性であり、カトリーヌの倒れていた側からして、対局に負けた側であるという。



 また、カトリーヌの口内の血で書かれたダイイングメッセージには「W」のようなものが描かれていたという。



「犯人は将棋の駒と箱、盤に左手の全ての指紋と、右手の親指・人差し指・中指の指紋を残しています。犯行は真夜中だったので、発見が次の日になってしまった。そして、赤塚カトリーヌさんは多くを賭博関係で稼いでいたそうですね……」





――





 ふと目を覚ます明智。



(ヒデトたまに悪い夢見る……それでさ、崩しの時、相手の手、見ちゃうの……もしかしたら犯人の右手の指の使い方、独特なんじゃないかって……)


 

「愛しのカトリーヌ……カトリーヌには、三人の賭博相手のライバルがいたって聞いてる……それぞれの名前は”ピタゴラス”、”アイザック”、”ガリレオ”……この三人の名前、今でも忘れない。ずっと覚えてる……そしてヒデトさ、それ聞いてから絶対に犯人、追いつめてやるって……それで”コペルニクス”……って名乗った訳なの……」



 夜が明け、明智ヒデトは玄関に置き配されたアレクサからのささやかな甘熟王バナナ5kgのプレゼント(貴重な食糧)を受け取ると、いよいよ初の大会決戦の日となる――

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