第18話
「なぁ、コーヒー飲みに来ない?」
「えぇっ?!!」
素っ頓狂な声を上げた私に驚いたのか、航平の手元も大きく揺れて、二つの線香花火は同時に地面に落っこちた。
「あーあ、繭香のせい」
「ちょっとなんで私のせいなのよっ、航平が……へ、変な事言うからじゃん」
「俺コーヒー淹れるの好きだし上手いじゃん? 失恋癒すのはコーヒーってよく聞くでしょ」
「聞いたことないんだけど」
「どうせ今夜暇だろ?」
航平は燃え尽きた線香花火を私から取り上げるとバケツの中に入れ立ち上がる。私もつられて立ちあがれば背の高い航平が涼しい顔で私を見下ろした。
「……じゃあ日付が変わるまで」
「ぷっ、シンデレラかよ」
「うるさいなぁ」
口を尖らせた私を見ながら航平がククッと笑う。
「コーヒー飲んだらちゃんと送ってやるよ」
「当たり前でしょ」
そう可愛くない返事をしながらも、航平の誠実な言葉に心臓が無意識にとくんと跳ねた。
『送ってやる』という言葉の裏は私が安心して航平の家にコーヒーを飲みに行けるように。そして一線を超えることなく零時になれば約束通り私をアパートに送っていくという意味がちゃんとこめられているから。
「そういや繭香が前貸してくれたミステリー小説も面白かったわ。犯人が博士だなんてな」
「ああ、でしょ? 私も完全騙された」
「って、やば。あと二時間ちょいしかねーじゃん」
航平が公園の背の高い時計を指差すと、並んで歩くスピードを僅かに早めた。
恋の推理も駆け引きも計算もうまくできない私だけど、気づけば恋の痛みはほんの少しだけ和らいでいる。ほんの少しだけ瘡蓋になっていく。
「もう少しゆっくり歩いてよ」
「コーヒー飲む時間なくなんだろ」
夜空にはぽっかりと満月が浮かんで仄かな優しい光を放っている。
恋が終わったこの夜はやっぱり切なくて悲しくて胸が痛い。
乾いた涙はまた直ぐに零れ落ちそうになる。
でも泣き明かす筈だったこの夜は何故だか思っていたより嫌じゃない。
「ねぇ、何のコーヒー淹れてくれるの?」
「繭香の好きなカフェラテ。生クリームつき」
「なんで知ってるの?」
「さあな」
ケラケラ笑いながら航平が屈託のない笑顔を見せる。
コーヒーを飲み終わって、この夜が明けたとき私の中の一部は変わるのだろうか。
「ねぇ」
「ん?」
「航平、ありがとう」
ようやく言えたお礼の言葉に航平が切長の目を大きくしてから、プイッと顔を背けた。
「別に同期だし」
「それはそうだけど……」
何もかも不確かなまま、答え合わせをしないまま夜が更けていく。
でも一つだけわかったているのは、航平の隣は案外、居心地がいいなんて思ってる私がいることだ。
今はまだ──これが恋かどうかは別として。
恋の花火はコーヒーのあとで 遊野煌 @yuunokou
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