2-20 何もかも終わり

 リブルースの基地の中、モニター越しに戦闘の一部始終を見ていたユリとノース。


「よし! やったわね!!」

「あの怪物が……倒された……」


 ノースの頭の中に、集落から命がけで逃げ出した日のことを思い出す。友人も殺され、激しい怒りを抱えながらも、敵討ちも何も出来なかった悔しい日々。


 それがこの時、ようやく倒されたのだ。言葉に出来ない感情の高まりに彼は無言で涙を流していた。


「ノース君?」

「……ごめんノォ。」


 静かな基地の中、涙を流して震えているノースの頭にユリは右手を優しく置いてゆっくり慰めるように撫でた。


「ノ!?……」

「大丈夫……」


 ほがらかな顔を向けながらもここから更に何か得られないかと操作盤を片手で素速く操作するユリ。


 するとこれまで出てこなかった居場所を映したモニターが出現した。映像を見た二人、特にノースははその先の光景に驚いて声を上げる。


「ここは!!……」



______________________



 一方基地の外、入り口付近。何があったのか詳細は分からないが、大型の兵器獣が煙を上げて倒れ、直後に大きな音が聞こえたとなると事態に大体の察しが付く。


「そんな!……馬鹿な!? やられたのか!!? 私の兵器獣が!!」


 そんな時に近付く足音、リブルースが鬼気迫る顔で振り向くと、魔力切れで疲労している身体を押してやって来た幸助が息切れしながらも相手を睨み付けていた。


「追い付いた……」

「貴様……あれだけやられてタフな奴だ……」


 リブルースは戦闘をしている場合ではないと判断してこの場から去ろうとするが、彼のすぐ右隣に何故かアンが吹っ飛んできた。地面に勢い良くぶつかり損傷箇所から火花をふかしている。


「ご、ご主人様……」

「こ、これは!!?」

「よう」


 続けざまにその場の木の陰から兵器獣を倒したランが南の肩を借りて追い付いてきた。


「かくれんぼは終わりだな」

「どうしてここに!?」

「静かなところに基地を作ったのが災いしたな。焦った荒い息や木くずを踏む音が戦闘後に丸聞ごえになってたぞ」

(いや、そんな小さな音、耳で追えるものなの!?)

(前から思ってたけど、コイツ聴覚とんでもないな……)


 リブルースはボロボロになっているアンを睨み付けながら理不尽に怒りが酷く混ざった指示を叫ぶ。


「何をしている!! はやく立ち上がって反撃しろ!!!」

「ご、ご主人様……」


 アンは壊れかけたガビついた声でよろめきながら立ち上がると、冷静にこの状況を見て判断した結論を主人に伝える。


「もう……何もかも終わりです……」

「何ぃ!!?」


 その言葉を最後に、既にボロボロになっていたアンは損傷部からの引火が原因で爆散してしまった。リブルースは全ての味方を失ったことで怒りの表情が一気に青ざめてしまった。


「そんな……私の兵士達が……」


 味方は全滅。周りは敵に囲まれてまさに四面楚歌な事態。ランは南の肩を離れてリブルースに近付きながら脅しをかけるようにドスをきかせて話しかける。


「と、いうことだ。大人しく降参して貰おうか」

「ふ……」


 リブルースは一度頭を下に下げたが、拳を握って震わせ、怒り顔に戻ると顔を上げながら両腕を横に広げて叫びだした。


「ノオオオォォォォォォングウウゥゥゥゥゥゥッッッッド!!!!!!」


 次の瞬間リブルースの身体は首から下が細くなってローブが脱げていくと同時に頭が大きく白黒のものへと変形していき、身体だったものは細い二本の脚となった異形の姿に変身した。


「何だよこれ!?」

「怪物!?」

「正体見たりだな。これがコイツの本当の姿か」


 リブルースは言葉にもならない奇声を上げながら宙に浮いて負傷しているランに突撃をかけたが、ランは右手で殴り飛ばし、怯んだ所にレーザーガンを撃った。


「グギヤアァァァァァ!!!!」


 レーザーを頭に直撃したリブルースは両目を大きく開いて奇声を止め、そのまま力をなくして地面に自重が重い頭から落ちた。


 そして全身から黒い泡を吹き出して溶けていき、僅か数秒で跡形もなく消滅した。


「ラン!」


 襲撃されたランに駆け寄る二人。しかしあまりのはやい決着に幸助も南も冷や汗を流していた。


「これで……終わり?」

「いや、黒幕弱すぎだろ……」

「裏から動いて直接出てこない奴は大抵腕っ節は弱いものだ。たまに例外はあるがな……」


 ランはレーザーガンを持ったまま息つく前にブレスレットの結晶に触れて話し出す。


「ランよりユリへ……ランよりユリへ……」


 するとすぐに出現したモニターにユリとその右肩に乗るノースの姿が映り、早速戦闘が終了したことを彼女達に伝えた。


 すぐに入り口を開けて合流したユリは、瞬時に負傷したランの脚を治癒する。


「はい、これで治療完了よ」

「おお、ありがとう」


 ランが足の調子を確認していると、それを眺めている幸助が持っていたカプセルが突然大きく震えだした。


「オッ! オイッ! どうしたんだ!?」


 次の瞬間カプセルの蓋が破裂するように開いて中にいた怪獣が飛び出してきた。怪獣は身体をしゃがませてユリに泣きつくように何かを語りかけた。


「貴方もビリビリ痺れて痛かったのね。よしよし……」


 脚の調子を確認し終えて立ち上がるランに幸助が近付く。


「なあ、今回あれに助けられたけど、何だあれ?」


 幸助の質問にランは時間がなくて説明をしていなかった事を思いだして怪獣について解説をした。


「俺が過去に渡り歩いた異世界から連れてきた、牛鬼の『ニギュウ』だ。前にお前の世界で出した恐竜『ミノティラ』と後もう一体いる」

「ああ、兵器獣に襲いかかってたティラノザウルス……」

「必要時以外はああいう風にカプセルに入って貰ってるんだが、なにぶんアイツらの性格もあってこうして出て来ちまうこともあってな……」

「性格?」


 幸助はもう一度ニギュウの様子を目を懲らしてよく見る。すると、ランのいいたいことがなんとなく理解できた。

 ニギュウは涙を流してユリにすがりついている。まるで怪我をした小さい子供が母親に泣きじゃくるような光景に似ている。


「まさかアイツ……」

「怪獣の刷り込みっていうのかな……アイツはユリにべったりなんだ。だからユリがピンチになった今回は張り切ってて出したんだが……」

「電撃に関しては専門外だったと……それで泣きついてるのか……」


 二人が見守る中でユリがニギュウをあやすと、彼は泣き顔を収めて機嫌が良くなった。頃合いを見たユリはランに視線を向け、ニギュウをあやしていた腕を降ろし、何か頼み事でもしたそうな顔で話しかけてきた。


「ラン。怪我が治ってすぐの所悪いんだけど、頼みを聞いてもらえないかしら?」

「ん?」


 その頃、ノースが一人兵器獣が出て来た湖を眺めていた。そこに後ろから変身を解いた南が近付いて声をかける。


「ノース」

「あ、南……」

「どうしたの? 覗き込んで……」

「この中に、僕の仲間が捕らわれているノォ」

「エッ!?」


 驚く南だが、改めてノースを見ると、彼も思ってもみなかった事に動揺しているようにも見えた。


 ノースはリブルースの性格を考えると、最悪仲間全員が彼の悪趣味な実験のために全滅している事も考えていたのだ。するとそこにユリと彼女から事情を聞いたランがやって来た。


「おそらく兵器獣は中継箇所。妖精達は檻にエネルギーを吸い取られて魔法少女に運用されていたんだろう。『幸助の仲間と同じように……』」

「でも、皆は牢に捕まっているノォ。鍵は何処にあるのか分からないし……」

「そこら辺は問題ない。このブレスレットがある」


 ランが左腕を少し上げてブレスレットを見せびらかす。南もノースもこれが様々な武器に変形することは知っているが、そもそもその仕組みを知らなかった。すると質問をする前にユリが説明してくれた。


「このブレスレットはね、ランが羽織っているローブに付いたフード、これに私が備え付けた脳波伝達装置の指示に従って変形、操作されているの」

「あぁ、だから前の世界で戦ったときに空中からブーメランみたいに戻ってきたのか」


 話に割って入ったのは、遅れてやって来た幸助だ。ランは左腕を下ろしながらブレスレットに視線を向けて、話の続きをした。


「そう、鍵穴に突っ込めば、隙間に応じて変形が出来る万能キーにもなるって事だ」

「セキュリティもへったくれもないなそれ……」


 説明を終えたランは早速湖の中に入ろうと水面に近付きながらノースに一応聞いてみる。


「湖の中に入ればいいのか?」

「うん。水自体は魔法で作った幻覚だから入っても息が止まることはないノォ」

「よし、じゃあサクッと……」

「待って!!」


 ランが後ろから聞こえた声に引き留められて振り返ると、先に逃がしておいたはずの朝達四人が姿を見せていた。


「お前ら、どうしてここに?」

「俺が連れてきた」


 幸助が右手を挙げる。朝も比島姉妹も申し訳なさそうにしながらノースに深々と頭を下げた。


「「「ごめんなさい!!」」」

「私達、何にも事情を知らないで魔法少女をやって……」

「妖精さん達を苦しめているとも知らずに……」

「償いじゃないけど……せめて出来ることをと思って……」


 三人が頭を上げると、前に出た北斗が三人と並んで同じく頼み込んできた。


「私も、魔法少女ではないですが、手伝わせてください! 事情を知ってしまったら放っておけませんし」


 ランは目線だけをノースに向けて一応聞いてみる。


「……どうすんだ?」

「そりゃ数が多ければありがたいノォ! ヨロシクノォ!!」


 ノースも、朝達がこちらの事情を知らなかった事は理解しており、特に彼女達を攻めることはしなかった。


 水面の下の暗い空間。その場ではほとんどの力を抜かれて痩せ細った妖精達が疲労に耐えかねて気を失いかけていた。


「ハァ……ハァ……」


 するとそこに急いで飛んでくる自分達と同じ大きさの影が現れた。ぼやける視界で目を懲らすと、大急ぎで飛んできて息を荒くしているノースが近くまで寄ってきた。


「みんなぁ!!!」

「ッン!?」

「ノース!!」


 集落から逃げ延びたノースが突然帰ってきたことに驚く妖精達。更に彼の後ろから初めて見る人間達が次々現れる。


「お前だけダッシュで行っても意味無いだろ」


 現れた内の白いローブを着込んだ青年は左腕に付けたブレスレットを変形させ、すぐに捕らわれていた妖精達を解放した。

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