2-18 南のやりたいこと

 場所は変わり、とある事情でリブルースの基地に残っているユリと南。ユリはそこでリブルースが使っていた操作盤をいじくっている。

 そんな状況の中でノースは南を励ますが南は何も言わないまま。すると、ユリが前を向いたまま南に話しかけてきた。


「随分とショックを受けているのね。道場の事かしら?」

「ッン!」


 道場のことが話に持ちかけられて南は反応を示す。そこにユリはケラケラと軽い口を叩き始めた。


「さてはあそこが余程大切な場所だったのかしら? それ程落ち込むんだもん。なんとなく察しは付くわ」

「な、何を言ってるノォ?」


 まるで自分は分かっているとでも言いたそうな物言いに、南は頭にカチンときたようで、目線は下に向けたままだが顔を険しくして彼女に怒鳴りつける。


「分かったようなことを言わないでくれ!!」

「ッン!!」


 隣にいたノースは驚いて身を空中に引いてしまう。


 南の怒りに反応してユリが顔を後ろに向けると、南は溜まりに溜まっていたものを全て一気に吐き出してきた。


「僕には……僕にはあの場所しかないんだ!! 先祖代々受け継いできた、大切な家だったんだ。それを、簡単な言葉で片付けないでくれ!!!」

「……」

「僕が守らなきゃいけなかったのに……僕がもっとしっかりしていれば良かったのに」


 ユリは南の言い分に何か妙なものを感じた。そこで敢えてこの台詞を南にかけてみる。


「良かったんじゃない? あの屋敷がなくなって」

「ッン!!」


 ユリの言葉に南の怒りの沸点は当然一気に吹き上がる。


「何を!!」

「だって貴方、さっきから聞いてると自分のためのこと話してないもん」

「自分の……ためのこと?」


 ユリの言っていること意味が分からない南。ユリは身体を南に向けて反転させると、具体的な説明をした。


「南さん……貴方が道場を守ってきたのも、家の流派の武術を受け継いだのも、全部誰かのためなんでしょ?」

「ッン! そんなこと!! 僕は自分で選んで……」

「ピンチになった人を目の前で見て助けたくなったんでしょ?」


 南の言葉が詰まる。ユリはそんな相手にも容赦無く突き付けた。


「ここ二日間見てて思ったわ……貴方はドが付くほどのお人好し。人の危機を放っておけないで、その苦悩を自分まで背負い込んでしまう。

 挙げ句それに押しつぶされそうになっているなんてね。貴方も分かってるんでしょ?」


 トドメとしてユリは両手を「ポンッ……」叩き、今の南にとって最も腹立たしい台詞をハッキリと軽口で言った。


「そうよ、貴方これを機に別の生き方を見つけてみる良い機会なんじゃない!!」


 次々と挑発とも取れる台詞を吐くユリに限界を迎えた南は逆上し、怒りのまま立ち上がり、ユリに迫って吐き出す。


「勝手な事ばかり……知ったような口を聞かないでくれ!! 僕の気持ちなんて分かりもしな……」

「分からないわよ!!」


 自分が言いかけたことをそのままユリが返してきたことに南は驚いて、声を息を呑むように引っ込め、脚の動きも止めてしまう。

 対するユリは逆に南に顔を近付けると、鋭い目付きへと変わって自分の話を続ける。


「私は貴方じゃないもの、貴方の気持ちなんて分かるわけがないでしょ!!」

「だったら!!」

「でも貴方は! この世界の中の居場所が一つ無くなっただけでしょ!? 学校もバイト先も、貴方は自分の居場所じゃないって言うの!!?」


 南はユリに言われて目を大きく、丸く開いた。今まで自分の居場所は道場ただ一つだと思っていた。

 というより、今まで南は、実家のことを考えて、自発的に他のことを考えないように、無意識に視野を狭めていた。

 それによって自分の居場所は道場しかないといつの間にか勝手に自分の中で思い込んでいたのだ。


 日々を過ごしている学校での日常。忙しいながらも助け合って仲良くするバイト。普段の生活で何も気が付いてなかった自分の居場所が他にもあったことに……


「貴方には、自分の居場所となる場所がまだまだいくつもある。何なら新しく作ることだって出来るじゃない!! そうよ! 私達と一緒に旅をして探してみるとか」


 ユリの突拍子もない台詞に南は怒りを失い、ゆっくり瞬きをして肩の荷を降ろしてしまう。


「旅?」

「冗談よ。危険が多いしこの世界でのこともあるし。でも貴方は、まだまだ可能性のかたまりって事」


 異世界を巡る旅。これまで自分を捨てて家のことばかり考えてきた南にとって、考えたこともなかった事だ。

 そもそもユリ達や赤服の存在を知らなければ、この事にこうも真剣に悩むこともなかっただろう。


「僕は……自分から居場所を切り捨てていたのか……自分でも、気付かない内に……」

「いいえ。完全にはそうとも言えないはずよ」

「エッ?」


 ユリのさっきとは違う言い分に南は首を傾げる。そこにユリは一つの質問を飛ばす。


「貴方が家族だけのために生きていたのなら、周りに不必要に嫌われるはずの魔女狩りの魔法少女になったのは何故?」

「えっと……」


 南は視線をノースの方に向けながらも、いざ魔法少女になった理由を聞かれて答えるのに言葉が浮かんでこなかった。困惑する南に、顔を向けられたノースも反応に困っている様子だった。


「さっきも言ったでしょ、貴方はドが付く程のお人好しって……そこに考え込むほどの深い理由はないはずよ」


 南はユリの助言を受けて一度頭を下に向けて、興奮していた頭を冷静に落ち着かせる。


(僕は……)


 南の立ち姿を見てこれ以上の告げ口は余計だと思ったユリは、身体を後ろに振り向かせて操作盤に再び触れた。



______________________ 



 場所は戻り、兵器獣のアンテナを破壊しようと何度も攻撃を仕掛けかけるラン。しかしその度にリブルースの部下三人から妨害されてしまい、もどかしい思いをしながらランは徐々に追い詰められていた。


(コイツら……変身もしていないのに明らかに身体能力が人間離れしてやがる。おまけにこれだけ戦闘して息も上がっていない)


 ランはあくまで人間。爆発の阻止のために大技を使った幸助ほどではないものの、やはり体力に限界はある。攻撃を妨害された上に戦闘力の高い四人対ラン一人の戦いは、彼にとって苦しいものになっていた。


 しばらく拮抗状態が続いた戦況だったが、ランが立て続けにアンの攻撃を回避した際に一瞬よろめいた隙を突いてドロイが蹴りを入れる。

 咄嗟に剣で受け止めたランだったが、普通の女性のものとは思えない重い攻撃は彼の身体を大きく後ろに下がらせ、その先に待ち構えていたドゼロに後ろから蹴りを入れられて近くの木の幹に弾き飛ばされた。


「ガアァ!!」


 ローブが汚れ、身体が傷つく。それでもランは立ち上がって、再度真正面から兵器獣に向かう構えを取る。

 彼が次に兵器獣のいる方向へ視線を向けると、三人横並びに並んで右掌を広げてランに向ける姿。

 その後ろで大きな足音と地響きを立てながらさっきより動きが軽快になっている兵器獣がエネルギー充填を終えて天高くアンテナを向け出していた。


(マズい! 幸助のジャミングが切れかかってる)


 ランは急いで走り出すが、アン達は掌から黄色い怪光線を放つ。彼は剣で弾き飛ばそうとかかるが、それを見越した彼女達は三人同時にランがカバーしきれない部分を狙って撃ってきた。光線の速度は速く、ランは弾ききれなかった一発をローブの隙間の縫った左脚に当てられて負傷する。


「クッ!!……」


 ランは途端に膝をついた。その事にアンが二人より少し前に出て口を開く。


「やはり、お前の防御力は曽於のローブに頼ったもの。肉体はそこまで頑丈なものではない。ならば……」


 アンが一度言葉を切ったのを合図に三人はランに回り込むよう近付いて頭に掌を向ける。


「こうすれば、例え動こうと誰かの光線は頭に当たって絶命させられる」

「兵器獣にかかった障害も、あの様子ならもうじき解除される」

「これで、終わり……」


 追い詰められたラン。剣を持つ腕に力を込めるも、ガンマンの早撃ち勝負となると明らかに向こうが先に攻撃してくるのは文字通り目に見えていた。


 ランが諦めずに次の手を考るが、相手がそれを待つわけも無く、掌の光が発車寸前にまで明るく輝いた。

 三人による容赦のないトドメが彼に刺されかけたそのとき、彼の目の前に突然一人の人物が割り込んできた。

 発射された光線はその人物が光らせた右腕を振って反対方向に弾き飛ばした。


 瞬きをしていなかったランは現れたのが誰なのかすぐに分かった。


「南?」


 光を払って元の腕に戻した南は顎を引き、攻撃を返されて距離を取った相手側を真っ直ぐ見る。ランは南に聞いた。


「お前、凹んでいたのはどうしたんだ?」

「……ユリさんに、どうして魔法少女になったのかを聞かれたよ」

「ん?」

「答えようと思っても、上手く言葉が出なかった……ただ目の前にいる人を助けたくって……自分でも気付かないうちに身体が動いちゃってたから……」

「どっかの誰かさんと同じぐらいのお人好しだな……」


 ランは幸助の姿を思い浮かべて脚の痛みを抑えながらゆっくり立ち上がり、話を続ける。


「それで、ここに来たのも考え無しか?」

「いいや……」


 南は下げていた頭を上げながら拳を広げてランに質問の答えを話す。その目付きは家のために焦っていた時のものではなく、迷いが吹っ切れた真っ直ぐなものだ。


「これまでも、今も、考え無しなんかじゃない。単純な話だったんだ……僕は、お爺ちゃんの宝を……ノースを……皆の日々を守りたかった!!」

「おいおい、それって結局自己犠牲なんじゃないのか?」

「かもしれない……確かにこれまで僕はそうして自分を縛って、勝手に落ち込んでいた……でもだからって、こんな大変なときに何もやらないで後悔したくない!!」

「……」


 三人の敵の少女達が二人に照準を合わせて終えたとき、南はランより前に出て左腕の親指を突き立て、自身の心臓を突いた。

 途端に身体が光に包まれてその光が消滅すると、現れたのはフーの姿ではなく、覆面はなくなって素顔を晒し、尖っていた装甲も丸みを帯びたものとなった、新たな魔法少女の姿だった。


 変身を完了した南は脚を広げて膝を曲げ、右腕を引いて左掌を広げて前に出す構えを取った。


「皆の居場所は、これ以上壊させない!! 守りたい!! これが僕の思いだ!!」


 南の瞳に炎のような闘志が宿った。

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