2-15 リブルース

 これまで多くの少女に催眠ステッキをばらまいていた黒幕が目の前にいる。


 この事実に気が立つ南だが、拘束されて動くことが出来ず、殺気のこもった視線を飛ばすことが精一杯だ。相手の男は逆にその様子を鼻で笑って余裕を示す。


「グウゥッド……いかに何人もの魔法少女を返り討ちにしたフーといえど、変身前に捕らえてしまえばこの程度か」

「貴方が、あのステッキを皆に……そうだ! 皆は何処!?」

「ああ、彼女達ならこことは別の牢に入れてある。君達は特別だ」


 その場所を言わないということは、自分達が反抗しないための人質なのだろうと南もユリも察する。

 悔しいながらも口を閉じる南に男は快く思いながら勝手に自己紹介をしだした。


「私は『ルブリース』。とある世界にて科学者をやらせて貰っている者だ。この世界は私の開発した新兵器の実験場にさせて貰っている」

「実験場?」

「ああ、大量の人間を兵器に変えて侵略する催眠、及び生体強化を行なうステッキ。成功すればわざわざ兵器獣を量産する必要も無くなる画期的な兵器だ」


 軽い説明を聞いた南は当然怒り、手錠を引きちぎる勢いで前に引っ張り出ながらリブルースを怒鳴りつける。


「兵器の実験!? そんなことのために妖精達や皆を!!」

「大いなる偉業には! 犠牲がつきものだ。それに妖精達は我らに協力することを拒んだのだ。

 私がやらなくてもいずれこうなっていたよ。彼等も我らの目的の礎となって、後々幸せだったと思うだろうさ」


 まるで自分が全く悪くないとばかりに自己中心的かつ他人事な発言をするリブルースに南の怒りが沸々と込み上げる。

 それでもユリは叫び出すことはせず、ただ相手を睨んでいるだけだ。


「……」

「にしてもグウゥッド……驚いたものだ。フーの捜索をしていた先でとんだ手土産を拾ったんだからな」


 リブルースは正直なところあれほど自身の邪魔をしてきた南よりもユリの方が興味をそそられているようだった。


 軽く揺さぶりをかけても動じない彼女の態度が面白くなかった彼は彼女が動揺するように鼻で笑ってから彼女に向けて話し出した。


「仲間の男二人を待っているのなら無駄だぞ。私の部下が取り押さえ、拘束したとさっき連絡が入った」

「「ッン!!」」


 ルブリースは自分の言ったことにユリの身体がピクリと震えたのを見逃さない。大きく口を笑わせながら檻越し顔を近付けて更に挑発をしだす。


「元から警戒していたからな、あの白ローブには……まさかそこに君がいるとは思わなかったけどね、ハハハ……」


 ルブリースは檻から離れると、部屋の奥に用意されている何かの操作盤の前まで進んでから回れ右をして今度は南に話しかけた。


「さてフー、いや、夕空 南くんと呼ぶべきかな? 今回捕らえるに当たって君の事は調べさせて貰ったよ。

 家族は全員死亡し友達もいない、中々に孤独な子だ。そんな君がすがるものが何なのか……」

「何の話をしているの?」

「フフフ……」


 リブルースが頭を下げて小さく笑いながら後ろの基板のスイッチをいくつか操作すると、丁度南の目の前の壁に貼り付けられた大型のモニターに映像が映し出された。映っていたのは南の家の道場だ。


「道場!?」

 


______________________



 そしてその映像に映る道場の中では、装備品を回収され、魔法で召喚したワイヤーで手足を拘束されたランと幸助がそれぞれ蹴り飛ばされて畳に叩きつけられていた。


「イッタ!!……」


 変身を解かれても尚戦い、彼等を捕まえた魔法少女の二人が一方的に相手を痛めつけながらも涼しい顔をしていると、残りの一人が別の場所から戻ってきた。


「ダメだ、屋敷中くまなく捜したが妖精はいない」

「そうか……」


 拘束しているランの縄を引き上げて聞き出そうとするが、ランは動じていない様子だ。


「あの妖精は何処だ!? お前が持っている結晶も見当たらない。奴が持っているのか!?」

「さあな、聞いて答えると思うか?」


 ランに痛みを与えれば吐くかと考えた彼女は空いていた右手でランの頬を思い切り殴って畳に再度叩きつけたる。


 だがランの様子は一切変わらず殺気のこもった視線を向け、何をやっても理由を吐かないと無言ながらに逆に脅している。


 すると彼女達はどこからか取り出した黒い直方体の物体を二人の脚の前に置き脅した態度と打って変わって屋敷の中から出ていった。


 一転して静かに鳴った部屋に幸助は不安に駆られて冷や汗を流しながらランに声をかける。


「あの子達、突然立ち去っていったけど……」

「脅しても意味がないと悟ったんだろ。俺は吐かないし隣は何も知らないしな」

「何その俺は論外です感……皆揃って俺の扱い酷くない!?……ていうか、あれ何?」


 幸助は首を上げて彼女達が置いていった謎の物体に目を向ける。そのことにランは冷静なまま、問いより冷めた返しをする。


「さあな……さっきから微かにカチカチ言ってる気がするが……」

「カチカチ?」


 幸助はランの言うことを合わせてあるいやな予想が頭によぎった。


「おい……これまさか……」



______________________



 その頃、リブルースの基地内にさっきの少女の一人から連絡が入っていた。


「設置完了しました。妖精の姿も結晶の存在もありません。敵の装備品は回収、拘束して置いてあります」

「グウゥッド……我々の襲撃を見越してどこかに隠したのだろう。口を割らないのならもういい。所詮は妖精一匹。

 それもフーの身柄はこちらにある。新しい対抗戦力を生み出される前にこっちから動いてやろうではないか!!」

「何を!?」


 リブルースは動揺する南を余所に洗脳した魔法少女に指示を送った。


「アン、ドロイ、ドゼロ、指令だ。そこの道場を……破壊しろ!!」

「ッン!!」


 リブルースの言った事に南は大きく口を開け、ユリも目を丸くする。彼は二人の動揺した反応を見て楽しそうにしながら南を責め立てる。


「これまで散々こちらの計画を邪魔してきたんだ。どこかにいる妖精にも、誰かを巻き込むとこうなるって見せしめを与えておかないとな」

「止めて!!」


 南は必死に前に出ながら叫んだが、リブルースは当然聞く耳を持たない。操作盤奥のモニターに身体の向きを戻すと、道場にいる魔法少女三人に命令を告げる。


「やれ」


 指示を受けた魔法少女の一人、アンは右手に持っているリモコンのスイッチに手をかけ、無表情のままに淡々とスイッチを押した。

 屋敷中に複数個置かれた黒い直方体の物体が一斉に音を上げて爆発した。


 モニター越しに見た自分の住処が炎に包まれた姿を最後に、南はさっきと打って変わって口が開いたまま固まってしまい、一言も声を出すことが出来なかった。

 隣のユリは口を閉じているが何も言わないのは同じだ。


 そしてこの爆発を徒競走のスタートのピストルのように感じ取ったリブルースは室内にて高笑いが混ざった叫び声を上げながら操作盤に両手を当てる。


「グウゥッド!!! 天敵であったフーは捕まえ、外部からの邪魔者も始末した!! 動くときだ!!」


 リブルースが操作盤に配置されたレバーやスイッチ類々を起動すると、モニターに映る景色が突然変化した。どこかの大きな湖の水面だ。これがどこなのかユリはいち早く察した。


「もしかして……妖精の湖?」

「正解だ。だが今は奴らだけの住処ではない……コイツの……格納庫だ!!」


 リブルースの言葉が切れた直後に湖の中心の水が噴水のように上に向かって噴き出した。


 自然の力では違和感のあるこの現象にユリが驚くと、その噴き出した地点から何か巨大な物体が姿を現した。


 物体は段々と湖の浅瀬に移動しながらその体を水中から飛び出させ、二足歩行の太い脚にかぎ爪のような両手。

 何より特徴的なパラボラアンテナのような大きな装飾品を頭に合体させている怪物が緑と黄色のまだら模様の全身を出現させた。


 生物的な身体に工業部品が融合したその姿は、まさしく兵器獣のそれだ。


「兵器獣!?」

「妖精の兵器獣……元々この世界に連れてきた兵器獣にサンプルの奴らの死体数個を合成、改造して作った私の計画の要だ」


 妖精の遺体を改造したと言う人道の欠片のない行為を平然と言ってのけるリブルースにゾッと恐怖の寒気を感じる南。


 リブルースはそんな視線を気にすることもなく操作盤に付いたマイクから兵器獣に指示を送る。


「兵器獣よ! ついにこの時が来た!! 全世界にばらまいた魔法少女を一斉に手駒にしろ!!!」


 この言葉と兵器獣の身体を見たユリはすぐにあることに気が付いた。


「あのアンテナから催眠派を!?」

「勘がいいな、その通りだ。あの兵器獣から放たれた電波によって、これまでジャークと戦い続けていた魔法少女達が、一斉に私の操り人形へと変わる。

 そうすれば彼女達に頼り切っていたこの世界は、瞬く間に統治が完了する」

「それがアンタの計画ね」

「私ではなく、我々の……だがな。これが成功すれば、他の世界でも同様の計画が立てられる。多くの兵器を運用するより余程コストのかからない効率のいいシステムだろう」


 まるで子供が頑張った工作を達成感を感じながら嬉しそうに両親に見せるときのような動きで、自分の殺戮兵器の自慢話をするリブルース。

 ユリは険しい顔をするも、目を閉じて動じない。


「自慢げな説明どうも。でも大丈夫かしら? 聞いている感じだとあの兵器獣倒せば計画全てがおじゃんって事よね?」

「おじゃん? フンッ、魔法少女はほとんどが私の駒になる。フーはそこに捕らえ男共も始末したんだ。あれを止める不穏分子はもう存在しない!! 確実に出来るこの時こそ、計画の最後の仕上げだ」


 リブルースが操作盤のスイッチをいくつか操作すると、モニターの各四隅に別々の場所が映り、その全てに変身前の魔法少女と思われる人物が映っている。

 同時に操作盤には埋もれて隠されていた赤いスイッチが出現する。


「さあ、お目覚めの時間だ子供達。私の未来のために働いて貰おう!!」


 リブルースは口角を上げながらそう呟くと、右手の拳で叩きつけるように押しつけた。

 その途端、兵器獣の全身に青白い電撃が足下から頭へ向かうように流れていき、アンテナに集中して空に天高く信号波を飛ばし出した。


 その途端、モニターの先の少女達が瞳を赤く輝かせ、少し顎を上げて放心状態になった。計画の成功を確信したリブルースは再びラボの中で高笑いをしだす。


「フハハハハハ!!! 実験は成功! これで私はより強い権威を持つことが出来る……」


 ユリは顎を引いて右目だけ開けると、リブルースを敵意を持って見ながら相手を鼻で笑うように疑問を持ちかける。


「さあ? そう決め付けるのは速いんじゃない?」

「何?」


 ユリのまるで自分がまだ負けていないのが確信付いているような言い方にリブルースが違和感を覚えてモニターに視線を戻す。

 すると次の瞬間、画面外の左下の位置から突然黄色い光線が兵器獣の身体に命中し、兵器獣の体勢を崩したのだ。


「ッン!? 今のは!!?」


 それに続いて正気を失っていたはずの少女達は我に返り、各々その場で動き出した。つまりこれは……


「催眠がかからない!?」


 この時、上手くいっていたはずのリブルースの自慢の計画にズレが生じ始めた。

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