2-14 フーの誕生

 今より約十七年前、『夕空 南』は古くから続く武術道場の家の一人っ子として生を受けた。生まれてすぐの頃に両親は亡くなり、南は唯一の親戚である父方の祖父の元で育てられた。


 南の祖父は代々受け継いできた武術道場の跡継ぎだった。礼儀にとても厳しく、よく叱られることもあったが、同時に南をいつも優しく見守ってくれている人だった。

 南も彼の道場の跡取りとしての立場を誇りに思い、仲良く暮らしていた。


 しかし二人の生活はあまり余裕があるとは言えないものだった。突如この世界に現れた怪物『ジャーク』。一般の空手や格闘術ではどうにもならず、武器も使い物にならない。


 追い詰められた人類に同調して現れた『魔法少女』が出現。これまで一切の攻撃が通じなかったジャークをいとも簡単に倒して見せた。


 結果的にこれまでの武術が全く役に立たないものと卑下され、門下生が減っていき、魔法少女の数が増えていくのと反比例して個人経営の道場は次々に看板を畳んでいった。

 その波が夕空家にも流れ込んできていたのだ。


「待ってくれ!! 君達はまだ強くなれる!! 辞めるにはもったいない!!」


 南の祖父は最後に残っていた男性門下生達が道場を辞めるのを頭を下げてまで止めていた。しかしそんな祖父に彼等は諦めた冷たい様子で上から返す。


「こんなことしたって、魔法少女にはとても敵いませんよ」

「女尊男卑の社会も、そう遠くないですから」

「今のうちから準備をしておいたほうがいいですよ師範。では……」

「待て!! 待ってくれ!!」


 必死の呼び止めもむなしく、誰もが出て行き彼らが道場に戻ってくることはなかった。南はそんな祖父の様子を奥の部屋の襖を開いて覗く形で心苦しく見ていた。


 とうとう一人も門下生がいなくなってしまい、それでもただ一人、年老いた身体で稽古をする祖父。

次の瞬間に部屋の襖を大きく開いた音が耳に入り、構えを解いて息を吐きながら、目を閉じて部屋に入って来た南に声をかける。


「何のようだ、南」

「その」


 南は優しい子、悪く言うとお人好しの類いだ。家族のピンチにただ黙って見ていることが出来なかった南は誰に言われたわけでもなく、自分から頭を下げてハッキリと祖父に伝えた。


「僕に! 夕空流の武術を教えてください!!」

「ッン!!……」


 南の祖父はそれ以上のことを聞く事はせず、以降自分の孫娘を教え子として武術を叩き込んだ。南は年相応に周りの子供達がやっている遊びに憧れることもあったが、家族との繋がりを優先して踏み込むことをしなかった。


 しかしこの家族想いで人に優しい性格というものは、ときに本人に強い呪いとして絡まってしまうことがある。南が中学に入ってすぐの頃、いつものように稽古を受けようと胴着を着て稽古場に入った時、突然聞こえた何かが落ちる音に意識を奪われた。


 バタッ……


「ウッグッ……」

「おじいちゃん!!」

「ウグッ!……ガァ!!……」


 南の祖父は病に倒れた。病院に運ばれ、以降他の知り合いが誰も来ない病室に南は自身で稽古を付けながら毎日お見舞いに行ったが、献身的な姿勢もやむなく祖父の病状は一向に良くなることはなかった。


 ある日、南は近くの花屋で見繕った花束を持って笑顔を作りながら病室に入ると、祖父の様子は一見変化こそなさそうながらも、細かく見れば体が痩せているのは明白だった。


「おじいちゃん、気分はどうかな?」

「……」


 南は黙っている祖父に口が止まってしまい、そのままベッドの近くに花束を置く。すると彼は突然、南に目線を向けないまま話しかけてきた。


「南……」


 声を受けた相手は不意を突かれて一瞬体を震わせたが、すぐに抑えて返事をした。


「何?」

「お前は、これからどうするつもりだ?」

「どうするって……僕は修行を続けて、道場を継ぐよ。それがどうかした?」

「……いや、なんでもない」


 それが、南と祖父の最後の会話になった。彼はその日の夜、亡くなってしまった。最後の会話は、彼なりの心配をしてのものだったのだろう。


 唯一の家族もいなくなり一人残された南には、もう頼りになる人物はいなく、南自身も誰かに頼ることはせず、バイトを重ね、技を磨き、一人自分の居場所である道場を守り続ける日々を続けた。


 そんな生活のまま高校生になった南は、友達と言える人物が出来ないままに過ごしていたある日、孤独な学校の帰り道にて、偶然に大怪我をしているぬいぐるみを見つけた。


「ぬいぐるみ? 落とし物かな?」


 南はぬいぐるみに触れたことで彼の下がっていく生暖かさと付近の血にも触れ、この事態の異常さに勘付いた。


「これ、血? ッン!! この子、怪我を……」


 状況が分からないながらも緊急事態であることを察した南は自分の手元にあったハンカチで応急処置をすると、手当てが出来るようにぬいぐるみを抱きかかえて自分の家に急ぎ走った。


 そのとき、ぬいぐるみと思われていたノースが目を覚まし、苦しそうな声を出す。


「ウッ、ウ~ン……」

「ッン! 気が付いたかい?」

「き、君は……ッン!? 逃げて!!」


 突然痛みを吹っ飛ばしてノースが叫んだ一言に走りながらも驚く南に、突然後ろから光弾が発射され、南のすぐ後ろで爆発した。


「ガァ!!?」


 爆風に飛ばされてノースを庇いながらも転倒する南。何か恐ろしいものを感じた南はすぐにここから移動しようとするが、立ち上がろうとした途端に左足に激痛が走った。


「イッ!!……」


 後ろに視線を向けると、左足のふくらはぎから出血しているのが見えた。すぐに止血しないと危ない量だ。不幸中の幸い、近くに隠れる細い溝が見つかり、血が地面につかないように転がり込んだ。


「フゥ……フゥ……」


 二人揃って危険な怪我をしてうずくまる中、攻撃を仕掛けた少女は脅すように声をかける。


「そこに隠れている人。流れ弾が当たってしまったな。ここら辺に悪い妖精が逃げていったんだと思うんだが……君が抱えているんだよね? 素直に渡してくれたら、怪我も治してやろう」


 声は少女のものだがまるで男のような話し口調に関する違和感。そして何よりいきなり攻撃をしてきて謝罪もしない相手の言う事なんて信用が出来なかった。かといって下手に逃げても追い付かれ、逃げなくても妖精の身が持たない。


(一体何が……)


 頭の中でも混乱している南に、ノースは半開きの目で見上げながら小さく話しかける。


「ご、ごめん……君まで、巻き込んで……」

「……大丈夫だよ」


 なんとか取り繕った笑顔を見せる南。人のために生き続ける内に身についた一つの技だ。しかし手は正直に震え、ノースには南の恐怖が伝わってきた。そこで彼はこんなことを言い出す。


「せめて……君の怪我だけでも、治せるかも……」

「エッ……」


 するとノースは身体に無理をしながらもゆらゆら途中に浮き、南の胸元、心臓付近に右手を当てる。


「これで……少しでも身体が良くなれば……フンッ!!」


 ノースは残っていた力を込めて南の胸を右腕で付いた。


「ガハッ!!?……」


 助けた相手からの攻撃によるかなりの痛み。訳の分からない現状に南は目を震わせたが、次の瞬間、ついさっきまで出血があったはずの左足から痛みを感じないことに気が付いた。


「あれ?」


 実物を目視してみると、出血も収まり、何か身体の周りから黄色い光のようなものが全身を服のように包み込んで浮き出ている。


「これ……」

「これで……動ける……はずノォ……」


 ノースは力尽きまた気を失い、南は咄嗟に立ち上がって両手を伸ばし、彼の身体を受け止める。やはり痛みがない。試しにやってみようと思った南はノースを胸に抱えて左足に力を入れて一歩前に踏み込んだ。するとただ歩くだけのつもりが空高く飛び上がってしまい、着地したのは離れた建物の屋根の上だった


「ウオワァ!? 何これ!!?」


 飛んだことでハッキリとしないながらもこのことで敵も南の姿を確認した。


「何故あんな高所に……まさかあの妖精が!!」


 すぐに追いかける追っ手の魔法少女。南はそんな少女を見つけてとにかく逃げるが勝ちの一心で敵をまいてみせた。


 幸い顔を見られることなく帰宅できた南は急いでノースを手当てする。するとしばらくしてノースも目を覚ました。


「ンンッ……あれ?」

「良かった、目を覚ました」


 突然上がった身体能力のおかげで思っていたよりはやく帰宅し、手当てがすぐに済んだことで峠を越したようだ。


 そこから回復していったノースに南はこの世界の実情を聞いた。操り人形の魔法少女の存在、異世界から来た新たな敵。滅ぼされた妖精の集落、どれも南にとって胸に突き刺さるものだった。


(このままじゃ、この世界が異世界から来た侵略者に負けてしまう。でもこんな話、さっきの出来事がなかったら早々信用できなかった。世間に言って信じてもらえるとも思えない……)


 この世界の危機を知っているのは自分とこの妖精だけ。普通の人であれば、例え後に待っていることが破滅でも、前に踏み出る目先の大きなリスクを考えて躊躇が出るものだろう。しかし、南の思考は常人のものとは少しずれていた。


「ノースくん!!」

「はい!……」

「僕が君の協力者になるよ!!」


 自身の胸に右手を当ててハッキリ宣言して見せた南に切羽詰まっていたノースですら驚く。


「い、いいのかノォ!?」

「この世界が侵略されては元も子もないよ! 僕にも協力されてくれ!!」


 勇敢な台詞。しかし実のところ南の心境としては、家族も友達もいない自分に、妙な形で出来たこの縁を無下にしたくなかった孤独感があった。


 そうしてこれ以降、南は自身の正体を隠すために仮面を被り、少しでも赤服の被害者を減らすために変身、もとい洗脳用のステッキを奪う『魔女狩り 魔法少女フー』として、一人で赤服と戦い続けていたのだ。



______________________



 過去の自分の境遇を夢に見ていた南は、そこでふと目を覚ました。次に目の前の鉄格子と手足がそれぞれ錠で拘束されている自分の姿、そして隣で同様の姿でいるユリがいた。


「ユリさん!」

「気が付いたようね」

「ここは?」

「私の前線基地兼研究施設だよ。ようこそ、魔法少女フー」


 会話に割ってきた男の声に南が前を向くと、赤いローブを着込んだ白髪の中年の男が立ち上がって上から二人を見下ろしていた。

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