2-8 会長の秘密

 追ってきている魔法少女達の追撃の手は緩まない。ランとの戦いで蓄積した疲労もあり、徐々に追い詰められていったフーは行き止まりまで来てしまった。


「ッン!!……」


 三人の少女は逃げようとする彼女の前に立ち塞がり、ステッキの先端を向け、先頭の少女が威勢よく告げる。


「ここまでのようだな。トドメ!!」


 三人それぞれがまたステッキから光弾を乱雑に撃ち込み、捌ききれなかった一撃がフーの左腕をかすった。


 しかし彼女は相手の攻撃で発生した爆煙を利用して身をくらませ、煙が晴れる頃にはその場から姿を消していた。


「何処に行った!?」

「遠くはないはずだ! 貴方は向こうを、私はこっちを捜す!!」


 魔法少女達はそれぞれ別の方向に走り出してフーの捜索に乗り出した。しかしその内の一人が行き止まる。


 下の地面から光を反射して輝く何かが見えたからだ。彼女は近付いてしゃがみ込むとそれを手で拾って見る。


「これは……」



______________________



 プレゼント箱のジャークとの戦いから始まった一騒動を終えた一行はトボトボと歩いて学校に戻った。


 しかしいざフーの正体探しに入ろうとした矢先、ジャークが学校内に現れたという緊急災害が起こったため途中休校になってしまった。


「あ~……なんだがドンマイ」

「これじゃあ、今日はフーを探せませんね……」


 と言うことでフーの捜索は明日からと言う事になり、一行はその場でその日は解散する運びになった。


 夜になって泊まるところのなかったランと幸助は夜道をさまよいながらいなくなったユリを捜索していた。


 普通の人より頑丈なため疲れることのなかった幸助だが、自分のやったことのせいでユリが消えたこともあってランに非常に話しかけづらくなっていた。


 このまま宛がなく歩いていてもキリがない。幸助は怒鳴られるのを覚悟の上でランに話しかけた。


「な!……なあ、ラン……」

「……あ?」


 少し間を置いてから振り返るラン。目付きは鋭く、完全に怒っている表情のそれだ。幸助は蛇に睨まれた蛙のように一瞬体を震わせて引いてしまうが、ここで諦めたら話しかけた意味がないと食い下がる。


「そ……その、なんだ……ユリちゃんがいなくなってしまったことで彼女を捜そうと躍起になっているのは分かっているんだけど……その……」

「そう、誰かさんのせいでな」


 幸助はランのトーンの暗い話し方にまたしても言葉が詰まる。しかしそんな彼にランが次に言った台詞は意外なものだった。


「だがそこら辺についてはあまり心配はしていない。」

「はい?」


 幸助は黒目が一瞬白くなってコミカルに目をパチクリと二度瞬きさせ、手足を止めてしまった。ランはそのことに気が付いたのかその場で足を止めて理由の説明をしてきた。


「女ってのは定期的に自由の身にさせとかないとすぐに爆発してこっちが火傷するんだよ。偶然でもそういう機会が出来てむしろよかったと思う」

「そ、そういうものなのか……じゃあさっきからなんでそんなしかめた顔してるんだ?」

「しかめた顔? ああ、考え事をしていてな。おそらくそれでだろう」


 ランの怒りがなかったことにホッとした幸助。すると気が抜けた途端に彼のお腹の音が大きく鳴り響いた。ランは呆れた顔をして声がこぼれる。


「お前なぁ……」

「アハハ……ごめん、緊張が解けたら腹減って……」

「まあ時間も時間だしな。そこらで外食でもするか」

「外食って、金なんて無いだろ?」

「ところがどっこい」


 ランがブレスレットの結晶に触れると、その場に幸助の見慣れた日本の紙幣が出現した。


「……エッ!!?」

「様々な異世界を渡り歩いてるって言ったろ。現代日本もいくつも回ってる。カフェのときに朝の金を見て同一なのも確認済みだ」

「抜け目ないな……」


 驚きが一周回って関心に変わった幸助を連れたランは、少し歩いた先に見つけた牛丼屋で手早く食事を済ませようと自動扉を開けた。


 するとたまたま近くにいた店員の一人が声をかけてきた。


「アッ! いらっしゃいませぇ!!……えっ?」

「「えっ?……」」


 店員とラン達はお互いを見て一瞬固まった。二人の目の前にいたのは昼間に彼等を問い詰めてきた生徒達の憧れの生徒会長『夕空 南』だった。


「な、なんで……」

「生徒会長……だよな?」


 思わぬ知り合いの登場にギクシャクしながら食券を渡す幸助と一切ぶれないラン。南も声が小さくなりながら受け取って後ろにはけていった。


 席に座って夕食を食べ始めた二人はいきなりその話題で話し出した。


「まさかこんなところで生徒会長さんに会うとは……」

「ここでバイトしているんだろ。別になんの問題もない……」

「あの学校はバイト禁止だぞ」

「はい?」


 幸助が向けてきたなんでお前が知っているんだと言いたげな表情にランは当然のような様子で牛丼を食べながら話を進める。


「生徒手帳に書いてあったろ」

「いやお前こそなんで読んでたんだよあの数刻の間に……」

「どんなときでも情報収集を欠かさない、異世界を渡る生活の基本だ覚えとけ」


 幸助がぐうの音も出ないままにグラスの水を飲みきると、そこに丁度いいタイミングで現れた南が空のグラスを手に持っておかわりを注いでくれた。


「お客様、おかわりを入れておきます」

「ん? あぁ、ありがとうございます……」


 幸助がグラスを受け取ると、手元に妙な違和感があった。


 何だと思って回してみると、どこからか調達した厚紙で「もうすぐ終わるから待って欲しい」と短いメッセージが書いていた。


「これは……」

「逃げたら明日が面倒そうだ、乗るか」


 食事が終わって外に出た後、数分して学校からそのまま来たことが分かる大きな荷物を持って出て来た南と近くの公園に移動すると、到着して早々もの凄いスピードで南は頭を下げてきた。


「お願い!! どうかこの事のことは黙ってて!!!」


 あまりの風圧に一瞬身体が揺れて動じる二人。


「い、いや……俺は別にいいですけど……」

「おぉ、初対面の相手にいきなり疑いふっかけといて自分はこれかと思っているが別に広める気はないぞ~……」

「お前わざと言ってるだろそれ!!」


 ランが右手の小指で耳をほじくりながら発した言葉の言い回しに弱みを握られた気分になった南は、すぐにランに詰め寄って彼の肩を力強く掴み、乱暴に振りながら号泣してより大きく懇願してきた。


「お願いお願いお願いお願い!! これがバレたら牛丼屋さんと配達屋とクリーニング屋とうどん屋とラーメン屋と他色々なバイトも全て止めないといけなくなっちゃうんだ!!!」

「アァアァ止めたげて! ランはもうギブだから!!」


 幸助に言われて南が揺らすのを止めるとランは吐き気を及ぼして一度その場にしゃがみ込んでしまった。


「ウオップ……お前力強すぎだろ……」

「ああ、ごめん……つい……」

(グロッキー寸前になってる……)


 ランが体制を整えると、南も上がった息を整えてもう一度改めて頭を下げてきた。


「とにかく……この事は学校には内密に……何か要望があれば何でもするから……」

「そ、そんなにかしこまられても……」

「そもそも俺らには関係のない話だしな、別にいい」


 そのまま二人が回れ右をして帰ろうとすると、突然南の鞄から「ゴソッ!!」と雑音が聞こえて来た。気になったランが振り返って聞いてみる。


「ん?」

「あ、あぁ……色々荷物が入ってるから……何か落ちちゃったかな……」

「……そうか」


 ランは前を向き直して歩き出したかと思えばまたすぐに足を止めて後ろを向いたまま南に話しかけてきた。


「ああそうだ。なら一つ頼み事がある」

「頼み事? ウン、出来ることなら何でも言ってくれ!!」

「フーって呼ばれている魔法少女、アイツを捜して欲しい」

「えっ? フーって、噂に聞くあの?」

「俺の落とし物を拾っているようでな。手がかりがあったら教えてくれ。じゃあな」


 ランは手を振って、先に進んでいった幸助に追い付くため少し足を速めて姿を消していった。南は一人キョトンとした顔でランの言った事を繰り返していた。


「落とし物……」



______________________



 南と分かれてしばらく夜道を歩いていた二人。しばらくするとランは唐突に目の前の光景を見てウンウンと首を頷かせる。


「よし、ここならいいだろ」

「は?」


 脈絡もなく話し出したランに幸助が一瞬動揺していると、ランは隣の彼より少し前の位置まで歩きながら、訳を分かっていない幸助に単刀直入に告げる。


「今晩はここで寝る」

「ここで!? ん~……まあ、いけなくはないか……」


 言われて改めて幸助が周りを見ると、いつの間にかそこは住宅街を抜けて、周り一体木々だらけの林の中にいた。


 前の世界での冒険で野宿に慣れていた彼は休憩で地面に座ろうと膝を曲げたがランの考えは違っていた。


 ランは表情一つ変えずに右手の人差し指と中指でブレスレットの装飾に触れ、指を離した瞬間にクリスタルから光の粒子が流れ星のように全面に飛び出す。


 そして目の前にある開いた空間の地面に当たった途端に「ポンッ!!……」っと煙を出しながら弾け、煙が晴れた先には林の色に紛れる迷彩色のテントが張られていた。


「エェ!?」


 幸助はその様子を見た途端に曲げていた膝を戻して走り出し、ランを抜かしてテントの至近距離にまで駆け寄った。


「オオォ! ほんの一瞬でテントが張られた……もしかして、俺のいた世界でもこれを使ってたのか」

「まあな、基本的な寝床はこれで補っている」


 幸助はテントの膜を両手でなでるように触りながら首を後ろに曲げて、見た目の感想と質問をランに飛ばす。


「はぁ……わざわざ紛れるように迷彩まで……こってるなぁ……なあ、これもユリちゃんが作ったの?」

「いや、このテント事態は俺達がいた世界で普通に手に入る。まあ、中身はユリがかなり魔改造してるから、お前の言っていることも一概に間違ってないがな」


 ランがそそくさとテントの中に入っていったのを見た幸助は説明を聞こうと付いていって中に入っていった。



______________________



 同時刻、南はバイトを終えた疲労のある身体で自宅に到着した。鍵を開けて玄関で靴を脱ぐと、近くの洗面台で手洗いうがいをする。

 この間、広い屋敷でありながらも家の中からは誰の存在も感じない。


 彼はそのことを気にすることもなく長い廊下を進んでいき、足を止めた位置の左側のふすまを開けて和室の中に入った。

 右側には収納用の襖が取り付けられ、部屋の中心には静かな空間の中で一番の存在感を放つ濃い茶色のちゃぶ台が置かれている。


「……」


 南はちゃぶ台の近くの畳に鞄を降ろすと、フアスナーを開いて中から教科書とは明らかに違う大きな物を取り出した。


「さっさと駆け出してったから聞けなかったけど……」


 南はその物体を両手で掴んだままちゃぶ台に丁寧においてまじまじと見る。


「もしかして彼の落とし物って……これのことかな?」


 南が注目している物体とは、ある意味ではランの答えの斜め上を突くもの、幸助に放り出されて拾われてしまった『ユリ』その人だった。

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