2-3 学園潜入
席に着き、それぞれが頼んだ飲み物が届いて少しした頃、話を聞いた朝の叫びによって静かな空気が破られた。
店の中に響かないようオープンカフェにしておいてよかったとランは胸をなで下ろす。
「異世界から来た!!? 本当にそんなライトノベルみたいな事があるんですか!!?」
「ライトノベル通じるんだ」
「割とお前のふるさとに近いのかもな、この世界」
モニーこと朝は驚いて乗り出していた身体を引きながら一息ついている間にランが質問を飛ばす。
「それで、その、結晶を捜していると」
「こっちの事情は話した。今度はそっちが教えろ。ここはどういう世界だ? さっきの怪物は」
朝は自身を落ち着かせると一度ミルクティーをすすってから彼女が知るなりのこの世界の概要としてまず巨大パンダの正体について説明しだした。
「あれは『ジャーク』、人の心が身体が抜け出して実体化した怪物です」
「人の心って、さっきの人魂みたいな奴のこと?」
「はい。何かしらの負の感情が大きくなったとき、心が肉体を離れてその感情に流されるままに暴れてしまう。
今回の場合、おそらくあの男の子達にパンダのぬいぐるみを盗られて怒ったのが原因でしょう」
「それでパンダを返せって叫んでたのか。いつ何処にでも怪物が暴れるってのは、随分物騒な世界だなぁ……」
「でも、それを君が戦っているんだね。凄い!」
幸助の作った笑顔の台詞に朝は苦笑いをして返事をする。
「アハハ……魔法少女は私だけじゃありませんけど……」
「それって、やっぱり皆で協力しているのかい!? 妖精もいるの!!?」
自分がアニメで見ていたものが現実にいるとなって興奮した幸助は身を乗り出して質問を飛ばし続ける。
朝はその圧に苦笑いを浮かべながら幸助の質問にも答える。
「いますけど……私は見たことはないんです」
「エッ!? そうなの……」
「はい、妖精は妖精の集落に住んでいて、そこから遠隔で力を与えてくれるんです。
一人の妖精が、何人もの人に力を与えることもあるらしくて……」
幸助は朝の言っていることに引っかかりを感じてその事について触れてみる。
すると返答された答えは、予想より大事だった事が分かった。
「なんでそんなことに?」
「この世界では、資格さえ取れば誰でも魔法少女になれるんです」
「だれでも!?」
「なるほどな。それで一人だけに構ってられないのか」
「はい、それに凄くなんてありません。魔法少女にも、悪い人がいますし……」
二人の会話が盛り上がる中、ランが右手に持ったカフェオレのカップに視線を向けて別の話を振ったことで止められた。
「ところで朝だっけか? こっちから移動してなんだがその格好を見るに学生みたいだが授業はいいのか?」
「格好?」
朝はランに告げ口されて自身の服に目線を向けると、一種の変顔のような驚き顔になって大声を上げた。
「アアァ!! そうでしたあぁ!!!」
朝はその勢いで席から立ち上がってしまい、両膝がテーブルに当たってミルクティーのコーヒーカップが倒れかけるが、ランがスッと手を伸ばしてそれを止める。
朝はその事にも気が付かずにヘッドバンドのように頭を動かして謝ってきた。
「ごごごごめんなさい! 私、学校に戻るのすっかり忘れてました!! 会計は払うので!! それではこれでえぇ!!!」
「ああっ! ちょっと!!」
幸助が止める間もなく朝は千円札だけ置いてその場から飛ぶように出て行った。幸助は表情一つ変えないランにしかめっ面で問い詰める。
「ラン。お前さっきのわざと振っただろ。はやく話を切るために」
「その通りだ。この世界についての概要は大体分かったからな。これ以上こっちのことに巻き込むのもなんだろう。
あっちはジャークとかいう奴の対策で忙しくしてるようだしな」
「そりゃあ、そうだけどもよ、俺の時にはガンガン絡んできた癖に」
カフェオレを飲み終えたランは席を立ち上がりながら幸助の反論に目を閉じて息を吐くように話す。
「お前の場合は結晶そのものを持っていると踏んでいたからな。今回は違う」
目を開いたランはブレスレットの結晶に触れてまた結晶捜索用のレーダーを出現させる。
さっきとは場所が違うだけにレーダーの探知も変わっているが、そのときと同じく動いている様子はない。
「あれのやばさはお前も理解しているだろ。奴らに取られたら終わりだ。すぐに行くぞ」
朝が置いていった紙幣を取って、先に店の出口に向かうランに焦ったコウスケは急いでコーヒーを飲み、一部が気管に入ってむせながらも席から立って彼等を追いかけていった。
「ちょ! 急かすなよ! ラン!!」
______________________
店を出た三人はブレスレットのレーダーを頼りに結晶の方へと向かっていた。
といっても、ランが前回とは別のバイクで走り去っていくのを幸助が必死に追いかけている状況だが。
「待てゴラアァ!!」
後方から叫ぶ幸助。このままでは本格的に置いてけぼりにされると予想した彼は風属性の魔術を自分の足にかけて思いっ切り踏み込んだ。
彼が足を伸ばすと大きなバネが弾けるように斜め前に飛び、バイクのシート後部を腕で掴み、バイクの速度に合わせて残像が見えるほど高速で足を動かしながらランに怒り声を吐く。
「バイクで移動するなら先に言ってよ!!」
「聞かれなかったからな」
「予想するわけないだろこんなことぉ!! オラァ!!」
幸助はこれまた気合いのハイジャンプを決めてバイクの後部座席にまたがることに成功し、ホッと胸をなで下ろして冷静に質問を飛ばした。
「でもそんなに結晶まで距離があるのか?」
「本来はそんなことはない。このブレスレットは異世界転移の際、座標をいれていない場合は結晶の信号をたどってその近くに門を出現させる。
いつもならその付近を洗うんだが、誰かさんがこっちに来た途端に明後日の方向に落ちていったからな……」
「エッ! 俺のせい!?」
幸助は多少ランが苛立っている理由を察すると、気まずくなって視線を下に逸らす。そこで彼は自分達が今乗っているバイクが前回のものとは違うことに気が付いた。
アルファ号と違い黄色い車体をし、スラスターはなく普通のバイクと同じように二つの車輪が回って走っている。
「そういや、バイクが違うけど?」
「ユリ作、『ベータ号』だ。現代日本に近いこの世界観なら二輪車の方が自然だろ」
ランがバイクのハンドル中央にあるキーボードに四桁のパスコードを押すと、ブレスレットから出現したものと同じレーダーが出現した。
さっきより結晶に近付いたためより詳しく探知し、結晶を示すマーカーが少し動いていることに気が付く。
「これは、誰かが持っているのか?」
「結晶を?」
「だが何故か短距離だけ動いて止まっている。上下に動いているって感じからして屋内か?」
マーカーがレーダーの中心部に近付いたことでベータ号のブレーキをかけて停止したランは専用の小型座席に座らせていたユリを自分に左肩の上に移し、ブレスレット内にベータ号を収納すると、先に前を見て動きが止まっていた幸助の隣に並ぶ。
「ここって」
「どう見てもあれだよな」
結晶を持った人が移動している建物。外から見るにここは明らかに学校の校舎だった。
「本当にこの中に結晶があるのか?」
「ここからマーカーに近付くと確実に学校に入る。結晶はあの中だ。おそらく誰かが持っている」
「よりによって部外者アウトな場所かよ。これじゃこれ以上は捜しようがないんじゃないか?」
幸助がこの事態に対処が思い付かずにいると授業終わりのチャイムが鳴り響く。
彼がその音に驚いて肩を震わせているのを見向きをせずにランが無言でブレスレットの装飾を前に受けて自身の心臓辺りにまで上げる。
「オイお前何してんだ?」
隣の人物の不自然な動きに聞いてしまう幸助。ランはこれも無視して校舎から姿を現した男子生徒に注目する。
そして幸助にやったようにまた装飾から一瞬だけカメラのフラッシュのような光を放ち、同じ手順を自分達に行なって服装をこの学校の制服に変身させた。
紺色のブレザーから長ズボン、赤いネクタイにカッターシャツにいたるまで再現されている。
「アッ! そういやその手が」
「ユリはこの中に入っとけよ」
上着の胸ポケットの中にユリを入れ、幸助を先導してランは校舎裏の人のいないところまで移動し、軽々と学校のフェンスを登って侵入してみせた。
思うところがありながらも幸助も後を追って学校内に入る。
「行くぞ」
「事が事とはいえ、普通にやったら逮捕だよなこれ」
少し無理矢理な入り方で校舎に潜入した三人は、昼休みになって教室から出て来た廊下の人混みに紛れながら、コソコソせず堂々と歩いていた。
意外にも同じ格好をしているというだけで周りから変な目を向けられることはなく、幸助は左頬に一筋の冷や汗を流しながらも自然に紛れ込んでいることに少しこそばゆさを感じて小声でランに話し出す。
「意外に気付かれないものなんだな」
「お前、学校通っていたとき全校生徒の顔を覚えてたか?」
「いやまあ確かに覚えてなかったけど」
「だろ。だからこうして堂々と歩いていれば大丈夫だ」
ランに納得させられた幸助は汗を引っ込めて彼のすぐ右斜め後ろを歩くようにし、ランも黙って歩き続ける。
しかし彼等の立てていた自信は割とはやくに破られることになった。
「アァ! 貴方たち!!」
聞き覚えのある大声に振り替えると、ついさっき喫茶店から急いで走り去っていった朝が目を大きく丸くして彼等に右人差し指を差し、膝を少し曲げた珍妙なポーズを取っていた。
「あぁ、さっきぶりだな」
朝は首をブルブルと振って態勢と表情を戻し、彼等に当然の質問を飛ばす。
「なんで
「ああ、それは……」
「俺達の捜し物がこの学校の中にあることが分かった」
「それを探しに? じゃあその制服は?」
「そこは異世界マジックだ。服を切り替える機能があるんだよ」
ランが左手のピースサインを自慢げに見せる。朝は反応に困り、二度ゆっくり瞬きをしてから話を繋いだ。
「それで、具体的な場所は分かったんですか?」
「さあな。人のいないところでそれを調べるつもりだったんだが、いかんせん昼休みでごったがえしている」
ランの悩みを聞いた朝は一緒になってその場で頭を悩ませる。しかし今度はそんな彼女に向かって外部から話しかける声が聞こえてきた。
「栗潮さん!!」
ビクッと一言聞いただけで体を震わせる朝。油が切れたような動きで首を向ける彼女と、それに合わせて動く二人。
「せ! 生徒会長!!」
「「会長?」」
目線の先には背丈は思春期にしては少し小さめながらも整った容姿に少し大きめな制服を着こなしている男子生徒がキリッとした目で彼女を見ている。
しかし彼はその隣にいるランと幸助を見て右に軽く首を傾げて疑う顔になる。
「君達、見ない顔だな?」
余裕に思われた潜入作戦がいきなり窮地に陥ったことに幸助は後頭部に大量の汗をかいて固まってしまった。
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