2-2 魔法少女の世界

 突然現れた少女にその先で暴れる巨大パンダ。この世界に来てまだ間もないランたち三人にとってこれは十分カオスと言えるものだった。


 驚きで一瞬固まっていた彼等だが、振り返ったモニーの言葉に我に返った。


「さあ! 速く逃げて!!」

「「ッン!!」」


 一言かけてランと幸助が動いたのを確認したモニーは腰の左側に付いたホルダーに手に持っていたステッキをしまい、巨大パンダに向かって真正面から向かっていった。


「行きますよぉ!!」


 巨大パンダはモニーを始末しようとまたパンダ化光線を目から撃ち出す。


「やばっ! でも……ハアァ!!!」


 モニーはそこから更に速力を上げてビームが命中する前に巨大パンダの間合いに入り込み、その腹に左ストレートを叩き込んだ。


 巨大パンダは軽々と吹っ飛んでいき、受け身も取れずに地面に激突した。かなりの痛みがあるはずなのだが、巨大パンダは全く意にも返さず立ち上がる。


「パアァンダアァ!!」


 巨大パンダは負けじと右手を振ってモニーを弾き飛ばそうとする。彼女はこれを受ける前に膝を曲げて大きくジャンプする。


 人間の跳躍力を大きく越えたそれによって軽々と攻撃を回避したモニーは空中で身を捻って巨大パンダの頭に右足で回し蹴りを当てる。


 怯んだ巨大パンダにモニーは落下する勢いに身体を乗せて巨大パンダの胸にもう一方の足で急降下キックを決める。


「グオアァ!!」


 彼女に言われるままに下がると見せかけて、近くの物陰に隠れていたランと幸助は彼女の戦いをそれぞれの視点で観察していた。


「魔法少女なのに格闘戦かよ……」

「何言ってんだ? あれが普通だろ?」

「え? そういうものなの?」


 ランが幸助からの当然のような返しに額から一筋の冷や汗を流して微妙な表情をしながら彼の方を見る。


 そのとき、巨大パンダの抵抗によってモニーは捌きながらも確実に追い詰められていた。


「クッ! マズい」

「パンダァ!!」


 巨大パンダが重い一撃を食らわせようと右腕を引いてストレートパンチをしにかかった。しかし当たる直前に別の角度から攻撃を受けてよろけてしまい、モニーは回避に成功する。


「パンダァ!?」


 立ち上がった巨大パンダが攻撃された方向に身体を向けると、モニーと同じ服装をしながらも服のラインや髪の色が違う二人の魔法少女が背中を重ねてステッキを巨大パンダに向けて名乗る。


「『魔法少女 ミラ』! 参上!!」

「『魔法少女 ファウ』! 行くわよぉ!!」


 オレンジのミラと赤色のファウの登場にランはまた声をこぼした。


「なんか次々来やがったぞ!?」


 再び圧倒されて声をこぼすランにまたしても後ろで幸助が当然と言いたげな返事をする。


「そりゃあ、魔法少女ってこういうものだろ」

「そうなのか!?」


 次々駆けつける魔法少女達がモニーの加勢に入り、巨大パンダとの戦闘は彼女達に優勢な状態に戻った。


 そのまま巨大パンダを追い詰めていき、更に撹乱目的で追加でやって来た二人は相手の周りを走り回ることで目を回させていた。


「パァ……ンダアァ……」


 これを好機と見たモニーは巨大パンダの正面に立ち、トドメを刺しにかかった。


「受けてみなさい!! <モニー チアリングショット>!!」


 モニーが技名を叫んで自身の両手を伸ばし「パンッ!!」と一度叩くと、叩かれた両手からいくつもの光の綿毛が飛び出した。

 手を離した彼女の両手をそれぞれ包んで、チアガールのポンポンの形に変化した。


 彼女が右手で正拳突きの構えを取ると、その勢いに飛ばされて右手に付いたポンポンは巨大パンダに向かって飛ばされた。


「オラアァ!!!」


 ポンポンは巨大パンダに当たる直前にはじけ、再び形を変形させて相手の大きな身体をスッポリ包み込む程の、彼女の髪色と同じピンク色をした球体の膜に変化した。

 中は同じ色の液体に満たされ、巨大パンダにまとわりついて拘束する。


「パアァンダァ!?」

「ハアアアアァァァァァァァ!!!」


 身動きの取れない巨大パンダへモニーか両手を引く動作をする度に次々とさっきと同じ光のポンポンを発生させては正拳突きで飛ばしていき、拘束している球体の膜を分厚くしていく。


 すると膜の中では炭酸飲料のように下から上へ泡がポコポコと発生していき、巨大パンダの表情が怒り顔から温泉にでも浸かっているかのようなほがらかなリラックスした顔に変化した。


「パンダァ」


 少ししてモニーがポンポンを飛ばすのを止めると、気持ちいいとでも言っているような愉悦感に浸った表情の巨大パンダを包み込んだまま分厚くなった球体は空中に飛んでいく。


「さあ、これで最後ですよパンダさん」


 ある程度空中に飛んで止まったのを確認したモニーはエネルギー体の消えた両手でもう一度技の最初と同じように軽く手を叩いた。


 パアァン!!!


 するとそれと共鳴して球体は包み込んでいたパンダごとはじけ、空中に大きな爆発と液体の色が混ざった煙が発生した。


「爆発した!?」

「倒したのか」


 戦闘が終わると追加でやって来た二人の魔法少女はモニーに顔を向けて声をかけた。


「それじゃ、後は頼むわね」

「はい、お任せを!!」


 二人が大きくジャンプして消え去ると、空中での爆発と煙が収まり、球体の中心があったところから白く綺麗に光る小さな人魂のようなものが独りでにゆらゆら揺れるように動いていき、ランたちから見て左奥のビルの奥に落下するように隠れていった。


「あれは何だ?」

「さあな、知りたいなら追いかけるか」


 モニーはその人魂を追っていき、隠れていた三人もこの世界のことについて少しでも知るために彼女を追って走り出す。


 少女の行く先には細い道があり、道端に倒れている小さな女の子の心臓辺りにさっきの人魂が入り込む様子が見えた。


「今のは!?」


 咄嗟に幸助が叫んでしまったことでモニーは後ろを付けていたラン達の存在に気が付き振り返った。


「貴方たち! さっきの!! もしかして、ついてきたんですか?」

「しまった」


 こうなっては仕方ないとランが焦っている幸助に代わって前に出ると、冷静にモニーに対し女の子のことについて話しかけた。


「今その子供に起こったことを説明して欲しい。さっきの巨大パンダと関係があるのか?」

「巨大パンダ? 『ジャーク』のことですか?」

「ジャーク?」


 モニーはランの言っていることに首を傾げている。表情からしてそのについて知らないことの方がおかしいと言ったような感じだ。


「貴方、知らないんですか?」

「ああ、すまない。この町には来たばかりなんだ」


 モニーの表情が余計相手を疑うものに変わる。どうやらランの言い分はマズかったらしい。しかしそこでのわだかまりは一旦中断された。

 倒れていた女の子が目を覚まし、頭を上げて呆然と周りを見ていたのだ。


「私……あれ? 何してたんだっけ?」


 モニーは身体を振り向かせてすぐに彼女の方に向かい、手を差し伸べて彼女が起き上がるのを手助けする。


 女の子が立ち上がると、相手の顔を見て瞳がキラキラと輝いたのが見えた。そして嬉しそうな顔をしながらモニーに話しかける。


「モニーだ!! 本物のモニーだ!!」

「ええ、初めまして」


 モニーが手を離すと、女の子は興奮で口数が多くなる。


「凄い! 本物のモニーは初めて見た!! 写真で見るよりずっと可愛い!!」


 モニーが彼女の嬉しそうな言葉に少々戸惑っていると、女の子は自分の手元を見て何かに気付き、左右に首を振り出す。


「そうだ! パンダ! 私のパンダは何処!? ッン!!……」


 女の子はモニーから見て真後ろ、ラン達からの更に後ろの道の中心にぞんざいに捨てられているパンダのぬいぐるみを見つけた。

 大きさからして丁度女の子が抱き締められるくらいだ。


「パンダ!!」


 女の子はすぐに駆け出してパンダのぬいぐるみを両手ですくい上げるように拾った。しかし彼女は実物を見て上がっていた肩と眉が下がってしまう。


 近くで見たそれは大勢の人達に踏まれたために土埃にまみれ、左腕や右足の付け根、そして右耳の根元から中の綿が飛び出していた。


「パンダさん……大怪我してる……」


 余程大切なものだったのかこの惨状のぬいぐるみを見て瞳に涙が滲み出す女の子。そこに追い付いてモニーはゆっくりと彼女の左肩に触れ、優しく声をかける。


「大丈夫よ。お姉ちゃんがパンダさんの怪我を治してあげます!!」

「ほ、ホント!?」

「うん」


 モニーはコクリと頷くと、ホルダーにしまっていたステッキを取り出し、小さく右回りに一周して軽く縦に振る。


 すると、ステッキ先端のピンク色の星の装飾から七色の煌びやかな光の粒がぬいぐるみに向かって降り注ぎ、瞬きする間に元に戻してしまった。


「ワァ!!」


 女の子は元通りになったぬいぐるみをそのまま両手で持ち上げ大喜びしてはしゃぎだした。


「治った!! ぬいぐるみのお怪我治ったぁ!!」

「よかったですね」


 女の子はモニーの方に身体を戻すと深々と頭を下げて彼女にお礼をした。


「ありがとう、モニーお姉ちゃん!!」

「どういたしまして」


 モニーはにっこりしながら返事をすると、女の子の奥の物陰にヒッソリ隠れている二人の少年を見つけた。


 どこか怖そうに、同時に申し訳なさそうにしながら女の子を見ている。モニーは彼等に声をかけてみる。


「オ~イ! そこの二人!!」

「「ッン!!」」


 少年達は観念して女の子に近付くと、彼女はぬいぐるみを自分に強く引き寄せてムスッとする。警戒をしていた彼女だが、少年達は近くで立ち止まって素直な謝罪をしてきた。


「ごめん……なさい……」

「ぬいぐるみ盗って……ごめんなさい」


 女の子は彼等を睨んで警戒を止めなかったが、モニーが彼女の頭を撫でて諭すと、肩の力を緩めて眉を下げた。


「いいよ。でももうしないでね」

「よろしい!!」


 少しして仲直りをしたらしきその子供達は、いがみ合いながらも楽しそうにしながら、その場を後にする。女の子は去り際にモニーに手を振って礼をしていた。


「ありがとう! お姉ちゃ~ん!!」

「お友達と仲良くしてねえぇ~!!」


 モニーも手を振り返して彼女達の姿が見えなくなるまで見送ると、次に後ろで様子を見ているだけだったラン達に振り向かないまま声をかけた。


「それで、貴方たちは何者ですか?」


 気付かれてビクッと震える幸助に少し引いて目を細めるラン。勘のいい質問に取引を持ちかける。


「分かった。話してやるから。その代わり、お前の知っていることを教えろよ」

「そうですか、ありがとうございます」


 モニーは軽く返事をすると自身の身体を光らせ、それが消えると同時に紺色のブレザーを着た女子高生の姿になり、自己紹介をした。


「私は『栗潮くりしお あさ』、魔法少女モニーをやってる高校一年生です。」


 幸助は彼女の行動に驚いて身体ごと彼女に向けて叫んでしまう。


「エッ! 変身解いちゃっていいの!? 魔法少女ってそういうの隠すイメージがあるんだけど」

「何をですか? 隠す必要性なんてないですよ?」


 モニーこと朝がまたしてもキョトンとして首を左に傾げた。どうやらこの世界では魔法少女が自分の正体を晒すことはおかしくないらしい。


 落ち着いて話をしようと思ったランは動揺しているままの幸助とそれに少し引いている朝を引き連れて事件現場から離れた喫茶店に入っていった。

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