2-1 別世界の日本
ラン達のいた勇者がいるゲームの中のような世界とは全く違う、黒いアスファルトが敷かれた地面の細い道の中。
「ウワアァ!!」
一人の少女が一瞬光を放ったかと思えば、次の瞬間には喧嘩にでも負けたかのように汚れたボロボロの服姿でその地面に倒れ込んだ。
「ウグッ……」
潤んだ彼女はどうにか顔を上げ、目線の先にいる逆光に照らされた人物へ必死に震える右手を伸ばしていた。
その人物の手元には、彼女から奪い取ったらしき、先端に土星のような装飾が付いた紫色の小さなステッキが握られている。
「か、返して!」
しかし相手は彼女の頼み込みに一切効く耳を持たないまま背を向け、その場で膝を曲げて私達の知る人間のそれを明らかに越えたジャンプ力でその場から消え去っていった。
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それからしばらく経過した時刻。雲が所々に漂いはするものの、明るく太陽の日差しが差し込む町。近くの学校のチャイム音が響くほど静かで平穏な瞬間。しかしそこに大きな雑音が入り込んできた。
学校の窓からは丁度見えないような角度の先にある青空に突然一筋の亀裂が縦に入り、扉が開くように空間を裂いた。
その中から一台のバイクが飛び出し、後ろの男性はまたがっていた後部座席から足を踏み外してしまったのか、前の座席の男性の肩にどうにか掴まりながらも必死な顔で振り落とされるのを耐えていた。
「ギイイヤアァァァァァァァ!!!!」
しかし彼は更にそこで手を滑らせて前の座席の男性から離れ、身体を空中に放り出してしまう。
「アッ……」
一瞬流れた沈黙の時間。瞬時に彼の体はその場から地面に自由落下していく。
「アアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ!!!!!」
「あの馬鹿」
前の座席にまたがる青年、『将星 ラン』が呆れた目で下を見る。
落下していくもう一人の青年『西野 幸助』は身体に流れる魔力を振り絞って、下に向けた両手の平から突風を吹き出し、地面に激突させてどうにか落下の速度を弱める。
即興の対策が当たって
「ドベシャア!!」
「何してんだお前?」
幸助を追って空中に浮かせていたバイクごとその場に降り立ったランが微妙な顔をして呆れた声を出す。
彼と共にいるぬいぐるみ『ユリ』も表情が読み取れないものの仕草からして大体同じような感じだ。
幸助は病み上がりの身体でありながらも持ち前の異常な頑丈さのおかげで鼻血を出すだけで済み、衝撃で陥没したアスファルトの上に立ち上がる。
「イッタタタタ… そんな目で見るなよ二人して!!」
「そりゃこんな目にもなるだろ。こうなったのだって自業自得じゃねえか」
そう、幸助が宙で落下したのには理由がある。前回いた世界にいる彼の仲間に挨拶するとき、彼は大きく向こうに向かって手を振っていた。
幸助はそのままの態勢で異空間に入ってしまった彼は、その中での強烈な流れに踏ん張ることが出来ず、結果この世界に来た途端に放り出されてしまったのだ。
一度目を閉じて自身の右腕で鼻血を拭い、腕を退けて目を開き、前を見る幸助。彼は目の前にある景色に言葉を失って固まった。
「ここは?」
黒いアスファルトの地面に並んで突き刺さる電柱。その先端から縦横無尽に繋がって空の景色を阻害する電線。そして道の端にある色とりどりに塗られたコンクリート製の建物の群れ。
元々異世界から勇者の世界に転生していた彼にとって、これら全てが懐かしく感じるもの。それが意味するのは
「もしかして、日本なのか!?」
この世界の今見える景色は、彼が元々いた現代日本のそれだったのだ。隣でランがバイクから降りている間、幸助はあたふたと動揺して周りを見回す。
「やっぱり、どう見ても俺の知っている日本だ。この前迷い込んだロボットだらけの世界とは違うのか……ってんん!!?」
隣にいるランがブレスレットの装飾に触れて、次にバイクを触ると途端にバイクが光り輝きだし、粒子化して装飾の中に吸い込まれていった。
見たこともない光景に興味をそそられた幸助はランの左腕に注目する。
「バイクが吸い込まれた!? 今のどうやって!!」
「俺達のいた世界の技術だよ。仕組みについては俺もよく知らん」
幸助の頭を左手で押し返し、かいた冷や汗を抑えたランは話を変えて幸助の興味を逸らす。ユリの方は説明が出来なくて残念そうだ。
「あの世界の結晶ならお前が気絶していた間に回収済みだ。そして盛り上がっているとこ釘を刺すようだが、ここは俺も初見の世界。
同じような風景や文字があっても、ここが日本であるとは限らないんだ。常識や概念は捨てろ、いちいち考えてたらキリがないぞ」
ランの慎重な意見に少しふてくされる幸助。既に異世界に飛ばされた経験のある彼にとって、それ以上の驚きなんてないと高をくくっている部分があった。
しかし次の瞬間に幸助は口答えをする時間もなかった。空から突然人間が振ってきたこともあって、周辺の人達が集まってきていたのだ。
「あの人、空から落ちて来なかった!?」
「てか何あの格好!? コスプレ?」
幸助に気を取られてこれに気がつかなかったランはすぐに幸助の腕を引き、その場から逃げ出した。
気になって追いかけてくる人もいたが、ランは細い道を進み、細かく角を曲がることによって上手くまくことに成功した。
「フゥ……ドタバタしてて忘れていたな」
その分後ろの幸助と肩の上のユリは混乱していたという難点があり、ランが手を離した途端にその場で独りでにクルクルと回っている。
「うぅ~……目が回る。」
そんな彼を無視してランはブレスレットの装飾に触れて光の粒子群を取り出す。粒子は独りでに固まっていき、畳まれた真っ白な男性用のシャツとズボンに変化した。
「ほら!」
混乱が解けた幸助が訳が分からないままランが放り投げた服を受け取る。
「これは?」
「兎にも角にもその格好じゃ目立つ。着替えて荷物類々は俺に渡せ、剣もな」
「それもそうか。戦いになったら返してくれよ」
幸助はユリへの配慮で近くの物陰に隠れながら渋々渡された服に着替えた。
上下並びに真っ白なこの服は、下手をすればさっきまで来ていた異世界の服装よりも目立ちそうだ。
「なあ、これで大丈夫か? 下手したらさっきよりも目立ってるぞ」
「確かにこれだけだと悪目立ちするだろうな。だがここからがこの服の見せ所だ」
「ん?」
ランは隙間から顔を出すと、近くを通りかかった一組のカップルを見かけた。気になった幸助が彼の上に顔を出して同じような仕草をする。
「あれが丁度いいか」
ランはブレスレットを腕ごと前に出し、装飾から一瞬だけカメラのフラッシュのような光を放ち、次に幸助の身体の上にリッテイ映像をスキャンするかのような四角い膜が構成された。
「なんだ!?」
「じっとしてろ」
すると膜が幸助の頭から下に降りていくと同時に、膜が通り過ぎていった服の部分がさっきのカップルの男性の服装と同じものに変わった。
「オオォ!!」
「異世界用の変身服だ。周辺にいる人の服装をトレースできる」
「これもユリちゃんが作ったのか?」
「いや、これは俺達のいた所では常用だ。こういう任務にはうってつけだからな」
「任務?」
「こっちの話だ、気にするな」
話を切り上げたランは警戒して回りに目を配りながら歩き出す。どうにも慎重な彼の動きに後ろをついて行っていた幸助はもどかしくなって聞いてしまう。
「なあ、確かに右も左も分からないところとはいえ、そうも慎重にしていたら何も出来ないだろ? もう少し思い切って動いてみたら……」
彼の言い分にランは足を止め、振り返って自分の意見を述べる。
「一つの世界にしか行ったことのない奴が分かったことを言うな。
一件平和そうなこの世界でも、もしかしたらこの後そこら辺のビル街で大きな爆発が起こるかもしれない。そこから巨大な怪獣が出てくるかもしれない。用心しといて損はないだろ」
「そんな映画の冒頭みたいなこと、そうそう起こる事なんて……」
とランの慎重さに幸助がジト目の顔で猫背の態勢になって呆れた次の瞬間。
ドカアアアアアアァァァァァァァァァァン!!!!!
「エッ?」
丁度幸助から見て真後ろの位置、近くの古い建物が立ち並ぶ場所から大爆発が起こり、発生した炎の奥から彼等にとって巨大な見慣れない生物のシルエットが見えた。
「うそ~ん……本当に起こったよ」
先程ランが言った事がそのまんま的中し、幸助は目付きをそのままに苦笑いで口角が上がってしまう。
言った本人は一切表情を変えないまま目線だけ幸助に向けて声をかけ、我に返す。
「なにぼ~っとしてんだ。行くぞ!!」
「行くってあそこに!?」
「当然だ。結晶も向こうの方向から反応がある」
ランはいつの間にか自身の目の近くにまでブレスレットを持ち上げ、装飾から立体映像で出された円形に広がって一部が白く点滅しているレーダーを幸助に見せた。
「そのブレスレット、レーダーにもなるのか。何でもありだな」
幸助の驚きを通り越した冷めた感想にユリが両腕を腰に当てて「エッヘン!!」とでも言いたそうなポーズを取った。
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幸い発生した場所が近いこともあって移動に乗り物を頼る必要もなくすぐに事件現場に到着した三人。
突然起こった出来事のようで、周辺に居る人達は慌てふためきながら我先にと逃げ出している。
その内の一人の女性が転んでしまい、それを見た幸助はすぐに駆け寄って彼女の手を取る。
「大丈夫ですか!?」
「は、はい。ありがとうございます!!」
女性は幸助の助けを受けて起き上がると、他の人と同じようにこの場を離れていった。入れ替わるようにランとユリも彼の隣に来る。
「派手にやってるな。何者だ?」
騒ぎの中心には、見てくれからして優に十メートル以上はある怪獣、に思われていた巨大なパンダのぬいぐるみが独りでに動いて暴れていた。
可愛らしいながらもその目付きは吊り上がり、身体からは暗い紫色のドロドロとしたオーラがあふれ出ているのがハッキリ見えた。
「随分ファンシーな怪獣だな。なんというか、気が抜ける」
「兵器獣には見えないが……この世界の生物か?」
「返して……」
相手の力量を測っていた二人だが、その余裕はすぐになくなった。
巨大パンダは自身の目元に身体から出ているオーラと同じ暗い紫の光を発生させる。そして大声で叫びながら目からビームを撃ち出してきた。
「パンダを返してええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
「ウオッ!!?」
咄嗟に動いたことで間一髪で光線を避けた二人。しかし光線は逃げ遅れた人に命中すると、その人の姿を一瞬でパンダに変えてしまった。
「エエッ!? パンダになった!!?」
「なんつ~ヘンテコな攻撃」
そこからも巨大パンダの猛攻は続き、二人は防ぐ手段に見当がつかず、回避し足を付けた途端に攻めにかかろうと態勢を変えた。
「これ以上被害者は出せない! 行くぞラン!!」
二人は攻めにかかろうと足を踏み出しかけたが、直前にランは何かが聞こえて幸助に声をかけ、足を止めた。
「待て!!」
勢いを止めきれなかった幸助は前に転んでまた地面に頭をぶつけ、そのままランの方を向いて怒り顔を見せる。
「なんだよ急に!?」
「何か来る。かなりの速度で」
「は?」
ランの言うことが分からなかった幸助だが、すぐに彼の耳にも駆け足の足音が聞こえて来た。
次に彼が立ち上がって前を見ると、丁度その瞬間に地面に降り立つ少女の姿が見えた。
「なんだ!?」
明るいピンクのボリュームのある長い髪をポニーテールに結い、髪色より少し濃い色のミニドレスを身に纏っている。
彼女はスカートを翻して右手に持ったステッキを振ると、左手を前に出してVサインをし、自分から名乗りだした。
「『魔法少女 モニー』!! ただいま参上!!!」
「「魔法少女!!?」」
後ろの二人は揃って首を傾げて驚いた。
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