1-14 連れて行ってくれ

 幸助は今隣にいる少女がこぼした名前に聞き覚えがあった。『ユリ』、ランが常に傍らに置いていたはずの独りでに動いていたぬいぐるみの名前だ。


「ユリって……君、もしかして」

「ああ、イヤッ! 今のは言葉の綾で……」


 と咄嗟に思い付いた言葉で取り繕っているが、幸助に向けている顔色はおでこから下にかけて青くなっていき、汗もちょっとした冷や汗の量では押さえられない程になっていた。

 完全にマズいことを誤魔化し切れていない。


「えっと、もしかして聞いちゃいけないことだったとか?」


 目線がぶれて言葉に詰まってしまう彼女に見かねたランは一度ため息をつき、二人の間に入ると彼女に変わって正直に話し出した。


「コイツは『ユリ』。お前の想像通り、俺の肩に乗っかっていたあのぬいぐるみだ。こっちが本来の姿だがな」

「やっぱり!!」

「ちょっと事情があってな。普段はぬいぐるみの姿に変身して貰ってんだ」

「事情って?」


 ランの隣にいる少女ユリは自身の正体がバレてしまったことに縮こまっていると、ランは首を反転させ、目を細めてそんな彼女を見下ろした。


「ユリぃ、お前ついさっき人にキレておいて自分はこれか? 慎重さがないのはどっちなんだかな?」

「う、うるさいわよ! 馬鹿!!」


 恥ずかしそうに頬を赤らめさせながら子供のような罵声を出すが、ランはそれをフッと鼻で笑い、彼女の機嫌を更に悪くさせた。


「何笑ってんのよ!!」


 機嫌を損ねたユリは両手でランの両頬を思いっ切りつねる。彼の顔を大きく変形させる。


「痛い痛い痛い! や~め~ろ!!」

「その腹立つ顔変形させてやるんだから!!」

「二人とも! ソコデイ抱えて喧嘩しないで!!」


 幸助がまた間に入って二人を仲裁し、その場を納めて元いた病院に戻っていった。

 このとき、幸助は二人の流れに乗せられてユリに関する事情を聞きそびれてしまった。



______________________



「ッン! ンンッ……」


 頭がぼんやりとする中、気を失っていたココラが目を覚ました。攫われた直前からの記憶が曖昧になっているのか、身体を起き上がらせてすぐに右手で頭を押さえた。


「私、どうして寝て?」

「ココラ!!」


 ココラは耳に入ってきた声に意識がハッキリすると、そこに彼女のベッドの側にいた幸助が身を寄せてきた。身体に包帯が巻かれ、かなりの大怪我をしていることが一目で分かる。


「良かった! 目が覚めてくれて。一日丸々寝てたんだぞ」

「コウスケ……私、一体?」

「ココラ! 目が覚めたの!!」

「これで、全員起きたみたいね」


 次に耳に入ってきたのはソコデイの、その次のものはアーコの声だ。目を懲らしてみると、幸助を挟んで病室の奥に二つ並んだベッドの上に起き上がっている二人の姿が見えた。


「ソコデイ! アーコ!! 二人とも、無事だったのね!!」

「ええ」

「私達も、さっき目が覚めたんです」

「お医者さんに聞いた話だと、皆魔力を大きく消費しているみたいだけど、身体に異常はないって」

「そう……ってコウスケ! 貴方が一番ボロボロじゃない!!」

「あぁ、それは……」


 目覚めたばかりで状況が飲み込めていないココラ達に幸助はここまでの事を話した。改めて自分で話しながら振り返ることで、彼は自身の胸の中の引っかかりにより重みを感じた。


「そう。私達は、その異世界からの侵略者に捕まっていたのね」

「ああ、でも例の旅人のおかげで助けて貰って。本当に俺は、助けられたものをすぐに諦めて……」

「コウスケ」

「でも、貴方も助けてくれた。そうでしょ?」

「あの旅人に感化されたからさ。俺一人だったら、何も出来なかった」


 幸助が少し視線をココラの顔から下げながら三人に見えない位置で自身の両拳を強く握り締める。

 ダメージを受けての身体的ダメージを感じたが、それよりも精神的な悔しさの方が勝っていた。


「……」

「コウスケ?」

「俺、思い出したよ。魔王を倒したら何をしたいか」


 ココラはハッとなる。他の二人はよく知らないが、彼女は以前からハッキリ覚えていた。そして戦闘前の病室内にて彼女から語りかけたことだ。

 その答えは、言葉にすれば単純なことだ。


「『生まれた世界に帰りたい』 今思えばこのことも、勝手に諦めて心にしまってたんだろうな」


 暗い心情の声に一同揃って同情の眼差しを向ける。ココラ達三人も、コウスケがこの世界とは違う別の世界から来たことは知っていた。

 しかし彼女達も冒険の間いつも彼に頼るばかり、いつの間にか彼自身の望みのことを忘れてしまっていた。


 そのときに方法が見当すらつかなかったとはいえ、異世界から来た幸助に魔王退治の重荷を背負わせてしまったのは事実だ。ソコデイとアーコはかける言葉をなくした。


「コウスケ……」


 幸助は拳の力を弱めて顔を上げると、何か決心をつけたかのような表情になって立ち上がり、三人全員の顔が見えるように移動して再び口を開いた。


「皆! こんなときになんだけど、一つわがままを言っていいか!?」

「わがまま?」


 病室内の三人は珍しい幸助からの頼み事を聞く事に身構えた。



______________________



 町中から離れた場所。コウスケ達の活躍で魔物の危険がかなり少なくなった森の中。不自然に建てられて存在感を放っているテントがあった。

 その中は見てくれに見合わない未来的な機材が立ち並んでいる作業場になっていた。


 部屋の中心には人間の姿に戻ったユリがバランスボールを半分に割って取り付けたような奇っ怪なレンズの形をしたサングラスをかけて先程使用したバイクのメンテナンスをしている。


 そのバイクを乱暴に扱ったランはテントの出入り口の側に立って彼女の様子を見ている。


「わざわざ今メンテする必要あるか?」

「当たり前よ! 次の世界でも必要になるかもしれないんだから。誰かさんは雑に扱うし、万全にしとかないと今度こそ壊れるわ」


 ランがユリの言うことに耳が痛いとばかりに目をそらしていると、瞬時に表情を微苦笑から険しいものに変えて組んでいた腕を解いた。


「誰か来たようだ。見てくる」


 ユリに一言告げてランがテントの外に出ると、森の木々を抜けて真正面から歩いてくる幸助の姿があった。


「お前は……よくここが分かったな」

「ぬいぐるみの少女にここで少しの間いるって別れ際に聞いたんだ」

「チッ ユリの奴」


 ランはユリのやったことに罰の悪い顔を浮かべながらも、幸助には見えにくいように顔の向きを横にしながら質問を飛ばした。


「それで、何の用だ?」


 幸助はランの失礼な態度について触れることはなく、その場で突然頭を下げてハッキリ伝わる声を出してランに伝えた。


「俺を! 一緒に旅に連れて行ってくれ!!」

「やだ」

「即答!!?」


 幸助はランのあまりにも早い返事に驚いて思わず左目の瞼を微妙に閉じた妙な表情で首から上だけ上げてしまう。

 ランも幸助のこの表情に触れることはせず、簡潔に彼を旅に連れて行かない理由を述べた。


「俺達の旅は遊びじゃねえんだ。行く先々で赤服や兵器獣あんなのやその世界の生物と戦っているんだ、リスクがでかすぎる。故郷の世界に帰りたいだけなんだったら他の方法を当たれ」


 口は悪いが、ランなりの優しさなのだろう。しかし幸助はこれを聞いても引き下がる気は毛頭なかった。そこには、もう一つの理由があった。


「そういう訳にはいかない!! 俺が二人についていきたいのには、もう一つ理由がある」

「もう一つ?」


 興味を持ったランが視線の向きを幸助の方に戻すと、彼は曲げていた背中を戻しながら真剣な目をしてランに伝えた。


「俺は、アンタを近くで見ていたいんだ」


 ランは幸助の言っていることに足下から頭に流れるようにゾッと身震いをした。


「何言い出すんだお前!? 俺にはそういう趣味はねえぞ」

「いや、そういう意味じゃないから!!」


 ランに誤解を与えたことを幸助はすぐに訂正する。

 真剣な表情が崩れて緊張感がなくなってしまうが、彼は一度咳払いをして、話を戻す。


「お前の強さを、どうしてあんなに諦めることなく戦えるのかを知りたいんだ。頼む!!」


 再び深く頭を下げる幸助。こうも真剣に何度も頼まれてしまうと流石のランも戸惑ってしまう。そこでランは幸助に対し顔を向けてこう聞き返してみた。


「そんなに俺のことを知ってどうするつもりだ?」


 幸助は姿勢を戻し、真っ直ぐな目をそのままに顎を引いて答えた。


「アンタを、いつか越える!!」

「……」


 しかしそれでも彼が首を縦に振ることはなかった。


「ダメだ! 俺達の旅は俺達だけのもの。よそ者に入る隙はない」

「私はいいわよ別に」

「ハアァ!!?」


 いつの間にかバイクの修理を終えてテントから出ていたユリの意外な返しにランは驚愕し、彼女に顔を向けて険悪だった表情が一気に大口を開けて、大量に汗を流した少し怖い間抜けな風貌になる。

 そんな彼に彼女はヒソヒソと耳元で小さく囁いた。


「人手があった方がアンタも助かるでしょ? それに私の事も知られたんだから、下手に野放しにするより近くで見ていた方がいいじゃない」

「お前なぁ」


 ランは空いていた口を閉じてジト目になりながら考え事をする。

 そして目を閉じて大きくため息をすると、右手で髪の毛をかけながら猫背になっていた背中を戻して幸助に仕方なさそうに口を開いた。


「支度しろ。もうすぐ次に行くぞ」


 幸助はランの言った事を理解し、その場で手伝えることがないかと積極的に動いた。


 所戻ってココラ達のいる病室内。ソコデイとアーコが失恋でもしたような落ち込んだ息を吐く中、ココラはどこか嬉しそうな様子で窓の外を眺めている。


「せっかく一緒に獣人の村に行こうと思ってたのに」

「私もお父様に紹介しようと……」

「……」


 するとココラは窓の外で何かを見つけて病室内に振り返り、二人に呼びかける。


「皆! 見て!!」

「「エッ?」」


 ココラに言われるまま二人も窓の外を見てみると、その先には右方向から空を飛ぶ鉄の馬に二人の人物がまたがっているのが見えた。

 目を懲らすと、その馬の手綱を握っているラン、その左肩に乗っているぬいぐるみ。そして彼の後ろには彼女達に向けて大きく手を振っている幸助の姿があった。


「「「幸助!!」」」


 幸助はその場所から大声を出して彼女達に何かを伝えようとしている。三人が揃って耳を澄ましてみる。


「みんなぁ~!! 元気でなあああぁぁぁぁぁ!!!」


 テンションの高い彼の声に三人はつい吹き出してしまう。そこからそれぞれ彼に向かってこれが最後の別れの言葉になると大きく叫び出す。


「コウスケ! アタシ達の事忘れないでよぉ!!」

「無茶してボロボロにならないでくださいねぇ!!!」

「元気に頑張ってくださいいぃぃぃぃぃ!!!!」


 幸助にもこれが聞こえたようで更に大きく手を振って返事をする。


「オウッ!! 行ってきまあぁぁぁす!!!」


 と、この一連の流れを聞いていたランは冷めた表情のまま、いつの間にかブレスレットを変型させて作ったメガホンを片手に病院の方へ顔を向けて全員に聞こえるように声を出した。


「あの~ まるで今生の別れみたいな話してるけど、ここの座標は記録しておいたから帰ろうと思えばすぐに帰れるからな」

「「「「エエェッ!!!?」」」」


 その言葉を最後にランはブレスレットを前に掲げて空間に扉を開き、バイクごとその中に飛び込んでいった。そして扉は閉じ、元の状態に戻った。


 最後の最後にやりとりの空気をへし折られた三人はポカンとした顔で窓の外を見ていた。どうにか我に返ったソコデイは口を動かして言葉をこぼす。


「行っちゃった」

「ホント、嵐のような人達ね。空気読まないところあるけど……」


 二人が会話を始める中、一番最後に正気に戻ったココラは自然と僅かな笑顔になりながら幸助にエールを送っていた。


(行ってらっしゃい、コウスケ。)

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