1-13 異次元へ追撃

 異空間の隔たりを越えて移動した先。鈍い銀色の背景。

 中は日本人である幸助にとってもあまり見慣れない機械がいたるところにあり、いくつかの部屋が区切られている閉鎖空間。

 見るところから見るとそれは何かの実験室とも取れる。


 完全に自分のテリトリー内に入ってきた侵入者の存在にクーラは酷く動揺している。


「貴様ら! どうやってここに!?」

「お前が兵器獣に戦闘を任せきっているのは明白だったからな。お前の動きは敏感に聞いてたんだよ。後はお前が穴を開けたところに飛び込むだけだ」

「狭いところに無理矢理入ったからバイクは放り捨ててたけどな……」


 後ろの幸助がジト目で補足を伝えると、ランは彼のいる方から一瞬目をそらして戻し、剣の先をクーラに向けて脅しをかける。


「頼みの兵器獣はなくなった。ここで大人しく降参するんなら見逃してやってもいいぞ」


 クーラは額に汗を流して後退る。もう後がないものと察して悪あがきをしているようにしか見えなかったが、相手の心理はそうではなかった。クーラは自身のすぐ後ろにあった基板に触れ、赤いスイッチを押した。三人の部屋を仕切っていた壁の一部が取り払われ、ガラス越しに別室が露わになる。


「ッン!……」

「ナッ!!……」


 突如現れた部屋へ視線を向けた二人、特に幸助は強く反応してしまう。その部屋には、三つのカプセルから上にそれぞれ太い管が伸び、後ろの本体らしき機器に繋げている見たこともない奇っ怪な装置。


 装置の中には、幸助が捜していたココラ、ソコデイ、アーコがそれぞれ別々のカプセルに閉じ込められていた。

 全員目を閉じ眠らされているようだが、苦しいのか絶えず汗をかいて呼吸をしている。皮肉なことにそのことが生存確認になった。


「皆!!」

「動くな!!」


 クーラの叫びに二人は固まる。相手の後ろには彼にしか使い方の分からない機器。こうなれば完全に形勢は逆転した。


「見ての通りだ! あの女共は俺の手中にある!! さぁ! 今すぐ武器を捨てて俺に降伏しろ!!」


 余裕がないためか、一人称が変わり話し方が苛烈になるクーラ。幸助は悔しい表情を浮かべながらも仲間の命を天秤にかけてはどうすることも出来ず、剣をその場に放る。

 ランも同様に銃と剣にしたブレスレットを投げ捨てる。


「よろしい……ならば次に、お前達の持っている結晶を渡せ!!」


 続けざまに要求を飛ばすクーラにランは渋々どこからか複数個の結晶を取り出したが、その最中に口を開いた。


「かなり焦っているようだなぁ……まるでカゴに入れられて騒ぎ立てる虫みたいだ」

「ナニッ!?……」


 クーラはランの言った『虫』という台詞に反応してしまい、スイッチに添えていた手を無意識に離した。ランはそのことを確認した上で更に挑発を繰り返す。


「事実そうだろ? お前は自分の自慢の武器が壊されて余裕がなくなった途端テリトリーに戻って逃げ出す。そこで追い込まれたら人質を使って無理に強がっている。反省をする気もないようだな」

「何が言いたい!?」


 ランは右手の人差し指をクーラに指してのらりくらり述べている事の結論を告げた。


「つまり、お前は自陣にいながら周りが見えていないって事だ。それで油断した」

「あ?」


 彼の言っていることが全く分からないクーラは徐々に苛立っていき、ランは指の向ける先をクーラからその斜め後ろに変える。

 クーラも乗じて振り返ると、さっきランが放り投げていたはずの剣が独りでに空中をブーメランのように回転しながら刃を白熱化してクーラに向かっていた。


「しまっ!!……」


 気が付いたときにはもう遅く、クーラはそのままランの剣に兵器獣と同じくローブごと袈裟斬りにされ、出血することもなく身体が倒れてしまう。


「馬鹿な……同じネオ二ウム製なのに……何故切れている……ガハッ!!……」


 剣はそのまま磁石に引っ張られるようにランの手の中に戻って行き、綺麗に収まった。


「時間稼ぎに乗っかったのも敗因だな。ッンナ!!」


 ランはローブが破れたことで露見したクーラの全身を見て驚いた。ローブに隠されていた彼の体は二人の知る人間のものとはかなり違う。しかし見覚えはあるものだった。


「これって、人っていうか、『虫』だな。人間レベルにデカいが」


 クーラの正体は、細い身体に均等な長さの六本足を長いローブの中に通して手足に見せかけていた。

 日本人のランと幸助からすればこれはクーラ自身が軽蔑して見下していた『虫』そのものだった。


「壮大なブーメランかましたな。どっちの方が昆虫なんだか……」


 ランが一言こぼし、すぐに切り替えて歩き出すと、この唐突な場面転換についてこられていない幸助が固まりながらも困惑してランに話しかける。


「倒した!? 倒しちゃってよかったのかよ!! これじゃココラ達が捕らわれたままだ!!」

「かといって奴に従ってても身ぐるみ剥がされて殺されるのが終いだろ。それに解放する当てならある」

「当て?」


 するとランは何故かガラスから少し距離を取り、膝を曲げて不自然な体勢になる。


「ん? お前何する気だ?」


 ランは幸助からの質問に答えることはなく、あろうことかそこから走り飛んでガラスにドロップキックを直撃させて叩き割った。


「ハアァ!!? 何してんだお前!! こんなことしたら……」

「考えても見ろ、侵略に来た異世界で見つけた被検体の力を使う装置。こうも都合良く用意できたとしても、そうそう解除時の罠なんて張れないだろ」


 部屋に入ったランはその流れでカプセルの扉をこじ開ける。中に入っていたソコデイが扉にもたれかかっていた身体が崩れ落ち、ランは受け止めて姫抱っこする。


「ソコデイ!!」

「安心しろ息はある。大分疲労しているようだがゆっくり休めば取り返しは効くだろう。ほら、他も助けてやれ。俺は別でやることがある」


 ランは抱えていたソコデイをガラスの破片のないところに下ろし、先程自分の剣で切り倒したクーラの遺体の近くまで歩いてしゃがんだ。

 ランは両手を伸ばし、彼の着ている服のポケットに手を突っ込んで何か入っていないか確認する。


 その間に幸助はカプセルに閉じ込められていたココラとアーコを助け出し、ソコデイの近くまで戻ってきた。

 一度降ろして首筋に手を当ててみると、ちゃんと全員脈があることが確認出来た。


「よし、全員眠らされているみたいだけど無事みたいだ」


 幸助の言葉と時を同じくし、ランは向こうでため息をついていた。


「ハァ~……」

「どうした?」


 幸助が不意に聞いてみると、ランは自分の不満を後ろ姿だけでも感じ取れるような黒いオーラを纏って答えた。


「コイツ……散々手こずらせておいてもぬけの空だ……」

「もぬけの空って……結晶が一つも無かったのか?」

「それどころか武器もブレスレットだけだ。余程兵器獣に入れ込んでたんだろう。本当に虎の威を借る狐だな」


 ランはクーラからブレスレットだけを回収し、幸助の所まで歩いて戻ってきた。


「帰るぞ。もうここに用は無い」

「帰るって、ここには無理矢理入っただけで出口なんて……」


 ランは幸助からの質問に答えることもなくブレスレットの装飾に触れた。また一行の前に空間を裂けて開けた扉が出現する。


「さっき兵器獣と戦った場所ならすぐに戻れる。オラ行くぞ」

「そんな説明もなしに!!……」

「イヤなら残れ。俺がいなきゃ戻れないがな」

「ちょ! それはないだろ!!」


 ランはそれだけ言ってソコデイを片腕で担ぎ上げ、空間の中に入る。


 幸助もこのまま謎の空間の中に取り残されてしまったのではココラ達を救った意味がないことを十分に理解していたため、置いて行かれる前にココラを姫抱っこし、アーコを背負って扉に飛び込んだ。



______________________



 場所は戻り、ランと幸助が兵器獣と戦闘したその場所。何もない空間から扉が出現し、二人が出てくると、その前に戻ってきていた少女の叫び声が早々に耳に響いてきた。


「ギヤァーーーーーーーーー!!! 私のアルファ号がぁ!!!!」


 彼女は瓦礫の上に雑に転がっているバイクの無惨な惨状に発狂していたようだ。次にランを見た彼女はすぐに彼に詰め寄り、ローブの首元の裾を掴んでグラグラと揺らし出す。


「ラン! アンタまたアルファ号雑に扱ったでしょ!! 故障したらどうしてくれんのよ!?」

「別にまた直してくれるだろ。急ぎだったんだ、勘弁してくれ……」

「なんですってえぇ!?」

「あぁあぁ待って! ソコデイ抱えたままだから!!」

「ん? あぁ……分かったわよ」


 腕を振る力を増す彼女に幸助が仲裁に入ったことで少女は不満そうな顔のまま動きを止めた。

 そこからランに変わってソコデイを背負って落ち着ける場所まで移動することになった。後ろにいるランはローブを外した頭にこぶを付けられながらバイクを持ち運ぶ。


(しれっと一発殴られた……)


 道中、前を歩いていた幸助は隣にいる少女にさっきの話の続きを問いかけていた。


「さっきランが直してくれるって言ってたけど、君、あのバイクの修理が出来るのか?」

「修理って言うか、あれを作ったのは私よ。ランの装備品一式もね」

「エエッ!? 君が……えっと……」


 このとき、幸助は少女の名前を聞いていないことに気が付いた。しかし彼女の方は鼻が高くなったのか聞きもしない事をペラペラと話し出した。


「そうよ! あのローブだって鉄より固い素材を私の技術で強度を保ったまま繊維にしてみせたのよぉ!!

 頭のフードを被れば、内蔵したテレパスコントローラーでブレスレットの形を装着者の意のままに変形! それを自在に動かすことが出来ちゃうんだから!!!」

 「は、はぁ……」


 彼女からの熱い説明に少々引き気味の幸助。しかし一旦スイッチが入ってしまった彼女が止まる気配は微塵たりともなく、長い説明は続く。


「あのバイクだって! 私が色んな世界でも安定して使えるようにスラスターの出力を自動調整できるようにしているんだから!! ほんっと、この天才発明家ユリの技術は凄いんだから!!!」

?」

「「あっ……」」


 ランと少女は同時にしまったと言いたげな顔になった。

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