第26話

それから、数日学校を休んだ。家で安静に冷房のかかった部屋でゆっくり過ごしたものの体調は少し良くなった程度で、あまり変わらない。

段々と暑くなってくる日々に相変わらず体から体力は取られ、先輩のことを考えてしまうとグルグルと気持ち悪くなってしまう。

眠る時も脳裏に此方を見てくれない先輩の姿、話をしてくれなくなった先輩の姿がよぎり目が覚めてしまう。

そんな中でも猫のぬいぐるみを強く抱きしめて、「大丈夫」と俺自身を鼓舞して何とか過ごした。

いつかきっと前のように戻れる、前のように先輩は笑って俺の頭を撫でて抱きしめてくれると信じて何とか回復まで至った。

久しぶりの登校日。仲の良いクラスメイト達からは、心配の嵐だった。

何かあれば頼れと言うクラスメイトも居れば、泣きそうになりながら心配したと言うクラスメイトも居た。

本当に周りに恵まれたなと胸の内が暖かくなる。

そして、あの時保健室まで連れって行ってくれた男子生徒にお礼を言った。

「んな気にすんな!友達なら当たり前なんだからな!」

笑いながら元気付けてくれるのか、明るく言っていた。

その姿に少し胸の内がホッとする。あの時は考えられなかったが、酷い姿を見せたと思う。

汚かっただろうに、仲の良い男子クラスメイトは、嫌な顔もせずに介護してくれた。

そのせいでまた、仲の良いクラスメイトと溝ができてしまうのではないのかと、少し足が学校に向かいにくかった。

だが、それは心配なく暖かく仲の良いクラスメイトは迎えてくれた。

それと、心配事がもう一つあった。

あの日から先輩から連絡が取れないのだ。学校を休むことになり、それを先輩にメッセージで送ったのだが全く返信がなかった。

それから、何気ないメッセージを送るも何一つ返信はなかった。

学校を休んでいる間何度も携帯を確認していつかいつかと、先輩からのメッセージを待った。だけど、一通たりとも返信はこなかった。

「ねぇ、陽由香先輩って学校来てる?」

「え?うん、来てると思うけど」

「何かあったのか?」

「‥ううん、何でもない」

先輩に何かあったのかとも思ったが学校に来ていることにホッとする。

まだ、体調は変わらずと言ったところだが休み時間に先輩のクラスまで行ってみようか。

なんて、話しかけようか。話しかけて何を話そうか。今日こそ先輩は前のように笑ってくれるだろうか。

考えていれば、直ぐに昼休みになった。

先輩のクラスの廊下に行けば先輩の姿を見つけた。ちょうどこちらに向かって来るところだった。

「陽由香先輩‥!」

そう、すれ違い様に呼びかけたが、先輩はそのまま歩いて行ってしまった。

まるで、何事かも無かったように此方に視線もくれずそのまま歩いて去って行ってしまった。

何で。

疑問で頭の中が埋まる。

少し固まった後、振り返るも先輩の姿はすでになく、頭の中が黒い何かに染められるようだった。

それからは、どうしたか。なぜか、教室に戻る気になれずに、図書室で一人ボッーと過ごしていた。

本当にいつもの席に座りボッーとしていた。

声が聞こえていなかった?いや、でもあんなに近くで声をかけたのに。何で。

『嫌われた』

そう頭に一つ浮かんだ。

それが浮かんだ瞬間胸の内が久しぶりにツキリ、ツキリと感覚が走り冷たくなっていく感覚が走る。

久しぶりに感じる感覚に胸の辺りを抑えるもの感覚はどんどんと鋭く、まるで刃物で傷つけられてるようなそんな気分だった。

考えたくない。だって、今まであんなに暖かったのに。嫌だ。嫌だと頭の中で声を上げる俺ともう一人の俺が冷静にそこに居た。

信じたくないけど、これが現実か。

そう、冷静な俺の思考が告げた。

そうだ。今までが夢の中のようだったんだ。それが、現実に戻っただけ。

人間になりかけの者が孤立者に戻っただけ。

今までがおかしのかったのかもしれない。

段々と今までの思い出が黒く塗りつぶされていく感覚に落ちていく。

笑ってくれた先輩の顔。

泣いていた先輩の顔。

赤くなっていた先輩の顔。

一緒に出かけた思い出。

キスをしたこと。

冷静な俺がそれらを全て黒く塗りつぶし壊していく。

嫌だと言うもう一人の俺の声はすでに聞こえず、まるですでに息もできていないように静かに消えていく。

その中で知っていた感情も欠け落ちていく。

あぁ、絶対手放したくないものが手の内からポロポロと落ちて黒く染まっていく。

その瞬間頬を雫が伝う。

「あれ‥なんで、泣いているんだっけ‥?」

この感情は何だ。

冷静な俺ともう一人の俺が同化する。

知らない。もう、何も知りたくない。知らなくてよかったんだ。

孤立者には、これがお似合いなんだ。

全部消えてしまえ。もう、いらない。

こんなに痛むのなら、こんなに涙を流すのなら。こんなに胸の内が冷たくなっていくのなら、もう何もいらない。

「うっ、うぅ」

両手で顔を覆って呻き声を上げる。

あぁ、あの日の彼女もこんな気持ちだったのかもしれない。

こんな気持ちを抱えながら彼女はあの日あの寒空の中泣いていたのか。

涙が止まらない。止めないと。

孤立者には、そんな資格なんてないんだから。

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