第25話

それから、数日だ。異変が起き始めたのは。

暑さは更に酷くなっていった。

保冷剤も段々と意味がなくなってきていて、何とか脱水症状は起こさないようにと仲のいいクラスメイトからスポーツドリンクだけは、飲むように言われていた。

暑くて学校を休みたいと何度も思ったけど、その度に頭には先輩の姿がよぎり学校に行くことを諦めなかった。

だけど、先輩とのお昼休みの時間だけは何とか持ち堪えるように努力した。

「陽由香先輩、今日も卵焼き甘い」

「うん」

「いつも、その、あ、ありがと」

「うん」

先輩が素っ気なくなってしまった。前までニコニコとして先輩の方がたくさん話してくれた会話も無くなってしまった。代わりに何か話そうと俺も口にするがコミュニケーションが皆無な俺にそんなことはできるはずもなく、沈黙が続く。

それに、視線も合わなくなってしまった。ずっと、俺だけをみていた視線は今は持ってきた本に向かっている。

お弁当を食べる時はいつも本なんて読まなかったのに、最近は毎日教室に来て会話も無く本ばかり読んでいる。

それが、そんなに面白いものなのだろうか。

俺よりも大切にしているものなのだろうか。

胸の内のモヤモヤが止まらない。

何で?何で?と疑問ばかり浮かんで、食欲が更に無くなっていく。

最近、お弁当を残してしまうことが増えてきた。

先輩が作ってくれたものだから、楽しそうに話す先輩と食べているから完食できていたものが今では酷く気持ち悪くて仕方ない。

今日もお弁当の中身を残して蓋をする。先輩に返すと先輩は、何事もなく本を閉じてお弁当を持って去っていってしまった。

いつもは、「もっと一緒に居たい」と言うのにそれも無くなってしまった。

どうしよう。どうしたらいいのか。

前のように。どうやったら、先輩はまた笑いかけてくれるのか。

どうやったら、視線があって会話ができるのか。

考えて考え続けた。 

頭を両手で抑えて考えて考えて、答えが出るまで思考を巡らせた。

絶対答えがあるはずだと信じて。

それを、数分経ってしていると頭の中がグルグルとする感覚に胃の中のものが競り上がってくる。

慌てて口を押さえて、ちょうど授業が始まるチャイムが鳴ったタイミングで教室を出て男子トイレに駆け込む。

嫌だ吐きたくないとトイレの鍵をかけて便器に顔を近づける。

でも、このグルグルとした嫌な思いは吐き出さないと。

もっともっと、考えるために吐き出さないと。

「うっ、おぇ‥」

そう考えて口を開けるとドロドロとしたものが口から溢れ出す。

あぁ、せっかく先輩が作ってくれたのに。

便器の中にまだ消化しきれていない卵焼きや他のものがぐちゃぐちゃになって口から溢れてくる。

吐いて。吐いて。吐き続けて、とうとう胃液しか出てこなくなった。

その時、トイレのドアがノックされる。

「おい、白翔?大丈夫か?授業始まっても中々戻ってこないから来たんだけど」

その声は聞き覚えのある男子クラスメイトの声だった。

その声に縋るようにトイレのドアを開けると同時に力尽きて便器に縋り付く。

「おいっ!大丈夫かよ?!」

「だい‥じょう‥ぶ」

何とかこの状況を落ち着かせるために言葉にする。だが、実際立ち上がるほどの力もなく便器に寄りかかることしかできない。

「とりあえず、保健室行くぞ!背中に乗せるから少し揺れるけど」

そう言って男子クラスメイトは背中に乗せてくれる。

「ごめ、ん」

「良いって!というか、お前軽すぎ!ちゃんと食ってるのか?」

「わかん、ない」

背中に揺られながら考えるも全てがわからない。先輩のことも、俺の体のことも。

中学の頃はここまで酷くなかった。なのに、なんでこんなことになってるんだろうと、頭の中で考えるもそれすら考えることが気持ち悪い。

保健室に着いてすぐにベットに案内されるも、再び吐き気が起きて保健室にあった洗面器に吐き出す。

保健室の先生はそんな俺の背中をさすりながら落ち着かせようとしてくれてる。

あまり人に見られたくないのを察してくれたのか先ほどのクラスメイトは戻ってもらった。

「ひどい吐き気ね、ご家族に連絡を「ダメ!」」

吐き気が落ち着いてきて、大きな声でそれを拒否する。

嫌だ。両親には連絡してほしくない。それに、両親じゃなくたって兄だって今忙しい時期だ。

「大丈夫、です。いつも、こうだから‥少し寝たら良くなる」

保健室の先生はその言葉を信じて一時間経っても状態が良くならなかったら家族に連絡すると言って去っていった。

頭の中がぐちゃぐちゃする。

何で、こうなったんだろう。

感情が欲しいと願ってそれを手に入れたから?

その瞬間首を横に振る。

そんなこと思いたくもない。だってこれは、先輩がくれたものだから。胸の内に生まれたものを拒否したくない。

ベットに篭り体を丸めて何とか耐える。

もしこれを拒否して手放してしまったら今までの先輩との思い出だって消えてしまう気がした。

笑ってくれなくても良い。話してくれくても良い。

ただ、そばにだけは居たいと願う。

絶対、絶対手放したくないと強く思いながら。

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