第22話

それから、時期は巡って暑くなり始めた頃学校では衣替えが行われて、皆半袖の涼しげな格好へと変わっていった。

もちろん、俺も半袖に衣替えをしたのだが何よりも少し暑い。

まだ、夏本番ではないのだがいつも衣替えとともに暑くなるのは何故か。いつも疑問だ。

寒いのは好きではないが、多少慣れがあるのだが暑さには慣れていない俺は、机の上で顔を伏せて伸びていた。

「おーい、栞くん?大丈夫?」

つんつんと頭を突いてくるのは昼休みになり、お弁当を持ってきてくれた先輩だった。

放っておいても良いと言ったのだが、何故かこうも構ってくる。

「やめて‥」

「そんなに暑い?まだまだ夏はこれからだよ?」

確かに、先輩の言う通りまだまだ夏には程遠い暑さだ。

だけど、暑いのだ。

さすがに、このまま休み時間を終えることになってしまっては、先輩がお弁当を食べないことで指摘されてしまう。

伏せていた顔を上げてお弁当に手を伸ばそうとしたところで、目の前に来た手にいきなり前髪を上げられる。

「‥ちょっと、何?」

「いや、暑いのこれが原因じゃない?前髪前々から長いな〜って思ってたしさ」

確かに、今先輩に前髪を上げてもらえると少し涼しい。

昔、小さい頃人の目が嫌で、向こうもこちらを見られるのも嫌そうで伸ばしている前髪。

『気持ち悪い』

その言葉が自然と胸の内に広がっていって、自然と目にかかるくらいのこの長さを保っている。

これ以上長くなったら少しだけ切っているが、それ以外は切ってない。

「気持ち悪くないの?」

「?何で?栞くん可愛いじゃん!目がクリクリしてて、初めて目元とか見えたよ」

どうやら、先輩は大丈夫らしい。どこかホッと胸の内が落ち着いた。

すると、先輩がちょうど持っていたゴムで前髪を縛ってくれた。

視界が晴れてよく見えるのもあるが、おでこあたりの暑さがなくなり少し涼しくなる。

「‥ちょっと涼しい‥」

「うーん、でもこれだとちょっと変かも‥」

「いい、涼しいから」

そう言うとどこか物言いたげな先輩は何も言わずに頷いただけだった。

クラスを見渡すも特にこちらを見てる人もいなければ嫌がっている人もいない。

毎年この時期には苦しめられていたから、大丈夫なら早くこうしていればよかった。

箸を持ってお弁当に手をつけようとしたところで、いつものクラスメイトが集まってくる。

「えぇ!白翔、可愛い!」

「それね!目こんな感じだったんだ!」

「確かに、いつも暑そうだなって思ってたんだよな」

女子たちは歓声を上げて、男子達もうんうんと頷いていた。

なんだ、皆大丈夫じゃないか。尚更早くこうしておけばよかったと強く思う。

すると、いきなり前髪が元に戻ってしまった。

いきなりのことに何かと思えば、先輩がニコニコと笑みを浮かべながら縛っていた髪の毛を解いてしまった。

それに対して、集まってきたクラスメイトは沈黙していた。

「やっぱり、栞くん前髪あげるの禁止。暑いなら俺があおいであげるから、ね?」

どこか圧のあるその言葉に、頷くとクラスメイトは苦笑いをしながら去っていってしまった。

やはり、ダメだったのかと少し胸の内にモヤがかかるもの先輩の手が頭の上に乗せられる。

「ダメって言ったのは、栞くんが可愛すぎるからダメって意味だからね?可愛い栞くんは、俺だけに見られていれば良いの!わかった?」

「?よくわかんないけど、わかった」

そんなに可愛いものなのだろうか。

先輩は女顔な方だが、綺麗系の方だ。だけど、笑った顔とかは、可愛いと思う。

それが、俺にもあるのか。疑問に思いながらも卵焼きを口にする。

「甘い」

「ふふ、栞くん甘い卵焼きの時はおいしそうに食べてくれるからいつも入れるようにしてるよ〜」

そんな、顔しているのだろうか。

確かに、勉強中などは甘いものがいいと言われているせいかよく食べるが、好きかどうかを聞かれたらよくわからない。

でも、先輩の作るものはどれも美味しいとは思えるようになった。

そう、美味しいのだ。でも、今の状況はそれどころではない。

前髪が上がってた時は涼しかったそれがなくなり、前髪が下がったことで暑さが戻ってきた。

「暑い‥」

そう言うと先輩はノートで仰いでくれて少し涼しい。

この暑さに今年は耐えられるのか。嫌な予感しかしない。

とりあえず、先輩が作ってきてくれたお弁当はゆっくりとだが、完食した。

お昼休みが終わり、授業が始まるも暑くて仕方ない。

おでこから出る汗をハンカチで拭うもの暑くて嫌になる。

すると、隣の席のクラスメイトの女子が肩を叩いてきた。

「白翔くん、良ければこれ使って」

それは、保冷剤でどうやらお弁当が悪くならないようにと持ってきたらしくまだ、少し冷たい。

「‥ありがとう」

「ううん!無理はしないでね?」

「うん」

その隣の女子はニコリと笑みを浮かべていた。

そして、お互いに授業に戻り、額に保冷剤を当ててひんやりとするそれに心地よく思う。

明日、家から俺も持ってこようと決意して授業を聞き片手でノートをとった。

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