第16話

目を覚ますと隣で眠っていた先輩の姿はなく体を起こして辺りを見渡すもその姿は見当たらない。

カーテンからは日差しが入り込んで気づけば朝を迎えていた。長いこと眠っていたことがわかるもこの一人きりのこの状況に感情がまた、溢れる。

また、寂しいが生まれる。

縋るように、猫のぬいぐるみを手繰り寄せて顔を埋めて、何とか抑えようとするもどんどん感情は溢れ出して止まらない。

視界が歪んでまた、雫が瞳から溢れ出す。

なんで。止まらない。

寂しくて、寂しくて。それしか考えられなくて、思考も感情も再び追いつかなくなりぐちゃぐちゃになる。

すると、部屋のドアが開く音がして、少しして近くに人の気配を感じてゆっくり顔を上げる。

「陽由香、先輩‥」

「うん、ごめんね。少しでも何か食べられないかなって、買い物行ってた。おいで?」

ベットの近くで屈んでくれた先輩は手を広げてくれた。

それに対して我慢ができず、お気に入りの猫のぬいぐるみを放って先輩の胸元に飛び込む。

溢れ出してくる。瞳から雫が、心からは感情が。

この現象が何かわからず、先輩に強く抱きつく。

先輩は何も言わずに抱きしめながら、頭を優しく撫でてくれる。

先輩の匂い、体温、優しさに全てが溶けていく感覚。

それに、浸っているとだんだんと思考も感情も落ち着いてくる。

「もう、大丈夫」

「本当に?無理はしちゃだめだよ?」

それに対して頷いて、先輩から離れる。すると、先輩は横に置いてあった袋から何やら色々と取り出す。

ゼリー、おにぎり、チョコなどが出てきた。

どうやら、これを買いに外に出ていたらしい。

それを差し出されるも首を振るほかなかった。

なぜなら、ここ数日何を食べても吐いて戻してしまうのだ。

おかげで、何も食べていない生活を続いていて食べることをやめた。

「食べたら、吐くから‥いらない」

「ずっと、食べれてない?」

「うん」

それを確認すると先輩は考え込んだ後、何か思い出したように立ち上がった。

それを見てまた何処かに行ってしまうと思い咄嗟に服の裾を掴む。

その手に先輩は手を重ねてくれる。

「大丈夫。すこしキッチン借りても良い?それと、一緒にリビング行こうか」

それに頷いてふらつく体を何とか立たせていると、先輩は俺の膝と背に手を回して所謂姫抱きにされる。

「一人で歩ける」

「だめ、今ふらついてたでしょ?今の白翔くんは、俺に甘えてください」

甘える。甘えるって何をするんだ。

そう疑問に思っている間にもリビングのソファに下ろされて、先輩はキッチンに入って何やら作っているようだった。

数分も経たないうちに先輩は、キッチンから出てきて目の前のテーブルにあるものが置かれる。

「‥卵焼き?」

「そう、白翔くん毎度美味しく食べてたからこれなら食べられるかなって」

箸を手にして、ゆっくりと口に入れて咀嚼する。

甘い。いつもの先輩が作る卵焼きの味だ。

ゆっくりとだが全て吐くことなく、食べ終わることができた。

「よかった、食べられたね。偉い偉い」

「‥子供扱いしないで」

食べられたことに対して頭を撫でられて少しくすぐったい気持ちになる。

隣に先輩が座って、少しゆっくりとした時間を過ごす。

「そういえば、勝手に上がらせてもらったり、キッチン使っちゃったけど、ご家族は?」

「‥両親はほとんど帰ってこないし、兄は遠くの学校に進学したから一人暮らし。だから、あんまり気にしなくていい」

両親と顔を合わせたのは最後はいつだったか。

兄とも連絡を取ったのはいつだったか。

両方思い出せないが、きっと生きてはいるのだろう。

兄の方は単純に忙しそうだ。

両親は忙しいのか、はたまた俺に会わないためか。

それでも、時々帰ってはくる。ただ、会う回数が少ないのと会話も小さい頃からしてないけど。

話しかけても白い目で見られるのもわかりきったことであり、癇癪を起こすのもわかっている。

だから、家族ではあるけどお互い他人のように過ごしている。

そんなくだらないことを考えながらも、やはり不安定なのか先輩の体温を感じたくてそっと抱きつくと、先輩は膝の上に乗せて抱きしめてくれてゆっくりとした時間を過ごす。

何を話すでも聞くでもなく無言の心地いいじかん。

その後、久しぶりの食事のおかげかすぐに眠気がやってきてベットに寝かせられた。

「‥陽由香、せんぱい。ぎゅって、して?」

ふわふわとした思考回路の中、そう言うと先輩は笑みを浮かべてそれに答えてくれた。

一緒のベットに入ってそっと抱きしめられる。

やはり、今日はおかしい。

今までこんなことは無かった。感情なんて動かなくて求めても手に入らなかったものなのに。

先輩がいなくなるだけで、こんなにも感情も思考も乱れておかしくなってしまう。

だが、同時に先輩といると不思議と落ち着いて心地いい時間が過ごせている気がしていた。

あぁ、温かくていい匂い。抱きしめられていることが心地いい。

これが、甘えると言うことか。

温かくて、心地いい。

先輩に抱きしめられながら甘えるという温かさを知った。

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