第12話
俺の勉強の進み具合が早かったのか、元々期限があったのか1週間で二人きりの勉強会は幕を閉じた。
ただ、変わったことがいくつかある。
まず、朝教室まで来ると先輩が教室まで来ること。
「白翔くん!おはよ!」
にこやかな笑みは朝から眩しいくらいで、思わず目を細めてしまうのは許して欲しい。
「おはよう」
そして、これに対してクラスの連中はと言うと。
「あ、あの‥夕伊先輩‥」
「ん?何?」
クラスの女子生徒が恐る恐ると言った感じで話しかける。
それに対して先輩は笑みを浮かべて返すも、何故か口調に圧を感じてそれに対して、女子生徒は一歩後ずさったあと颯爽に去っていってしまった。
わざとなのか、それとも天然なのかわからないが、圧を感じる先輩。先輩を前まで囲んでいた女子生徒たちは先輩に一歩距離を置いていた。
そして、先輩は俺の方に向き直り朝はチャイムが鳴る寸前までここにいる。
もちろん話の内容はコロコロ変わるため耳から耳へと横流しなのだが、適当な相槌だけでもご機嫌になる先輩は、構わず話していく。
そして、その話を一通り話した後先輩は必ず俺の頭を撫でて去っていく。
朝のその頭を撫でられるその行動だけはなぜか、心地よくて落ち着いた気持ちになれる気がした。
そして、クラスメイトの反応だが。
最初に悪口から始まった男子生徒始め、誰一人嫌がらせをすることはなくなった。
あの日の先輩の言葉が効いたのか、はたまた別の何かがあったのか、わからないがぴたりと止まった。
俺が望んだ生活が帰ってきたと言うわけだ。
安心安全の学校生活。
かと言って、やはりサボりは良くないと教員からの注意もあり、授業は全てちゃんと受けるようになった。
そして、お昼休み校舎裏に行けばいつも既に先輩がいて先輩の作ってくれたお弁当を二人で食べながらお昼を過ごす。
そして、放課後は何故か先輩に本を勧められてそれを読む日々を送っていた。
内容はわかるのだが、やはり感情が混ざってくると首を傾げるばかりだ。
そんな時先輩が教えてくれる。
「この主人公は今から、旅に出るところで胸が高鳴っているってあるね。それは、胸が躍ると言うかワクワクしたり、落ち着いていられない気持ち」
「‥心が、躍る。‥ワクワク?」
毎日毎日違う感情を先輩は俺に必死に伝えてくれる。何度も首を傾げる俺に、先輩は飽きずに本の感情部分について語ってくれる。
それでも、掴めそうで掴めない感情のそれに苦難する放課後を送っていた。
元より本は苦手だったのだが、何故か先輩の口から紡がれる言葉の数々には興味が出てくる。
「今日はこの本!ちょっと、分厚いけど面白いから読んだらまた感想会やろ!」
「うん」
そう言って差し出された本を受け取り、貸し出し作業を終えてその本を鞄に入れる。
人気もなくなってきた校舎を二人で歩き、先輩から手を取られて繋がれる。
これも、最近変わったことの一つだ。
『仲良しの証』
というものらしい。
よくわからないが、別に手を繋ぐことに不快感はなくそのままにしている。
そして何より先輩は体温が高く、手が温まりちょうどいい。
その手を校門の前まで繋いで、離される。
ほぼ同じ道を辿って帰るのだが、何故か先輩は学校外で手を繋ごうとはしなかった。
「何で、外では手離すの?」
「白翔くんは、繋ぎたい?」
「どっちでもいい」
そう答えると、先輩は眉を下げていつもと違う残念そうな笑みを浮かべていた。
「じゃあ、まだ外では繋げないなぁ〜」
それに対して首を傾げるも先輩は答えを教えてくれる気はなさそうで、隣を歩いて帰り道をいつもよりゆっくりと歩いた。
いつもの分かれ道で、先輩はいつもの柔らかい笑みを浮かべて手を振ってくれる。
「また、明日ね!」
「うん、また明日」
それに対して俺も手を小さく振り別れ、それぞれの家に帰る。
家に帰って一人きり部屋で、先輩に勧められた借りた本を開き読む。
だが、やはり物語は頭の中には入ってくるが何処どころ出てくる感情のワードは、先輩の口から語られた方が少しわかる気がする。
暫くして、読み終わり本を閉じたところでもう夜が遅いことに気づく。
今日も両親は帰ってこないか。
当たり前のことだが、変わってきた日々と共に何か動き出しそうな予感がする。
期待しているのだろう、両親に。
両親が帰ってくるのは月に一度あるかないか。それが、毎日帰ってきてくれるようにと小さな頃は思ったなと思い出した。
あの時の俺は何を思っていたんだろう。
期待、希望。悲しみ、苦痛。
最初の方は何か感じていたよう気がするも思い出せず、寝る準備をしてベットに入る。
すると、枕元に置いた携帯がメッセージを告げる。
『おやすみ!明日も待ってるよ』
その一言なのに。何故かそれに胸がドキッと高鳴る。
最近毎日こうだ。
先輩の一言一言が俺の胸の内に落ちては何か意味をなそうとしている気がする。
それは、まだ形もなっていなければ色もついていない異物かそれとも俺の望んでいたものか。
わからないが、先輩といればきっと両親への気持ちも今までのことだって何だって理解できる日が来ると確信していた。
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