第11話

そして、あの後何故か先輩が教員に交渉して特別に図書室での二人きりの勉強会が許された。

教科書やノートを見せれば表情が無くなる先輩。

何を考えているのかわからずにいると、数分で普段の先輩に戻り、翌日には新しいノートと先輩のお下がりの教科書をもらった。

「じゃあ、今日からよろしくね!」

「うん」

隣に先輩が腰掛けて、問題の解き方などをわかりやすく教えてくれた。

勉強は得意だが、なるほど。人にちゃんと教えてもらうとここまでわかりやすくなるのかと理解した。

しばらく、勉強を進めているとちょうどお昼を告げるチャイムが鳴る。

「じゃあ、とりあえずここまでにして、久しぶりにいつものとこ行こう!」

ノートと教科書を鞄に詰めて、先輩もカバンを持ちいつものところへと向かう。

たどり着いたのは校舎裏。

いつもは、昼休みになる前に食べていたがちゃんとした昼休みに食べるのは、初めてかもしれない。

「はい!これ、白翔くんの分ね!」

そう言われて差し出されたのはいつの日か見た小さなお弁当箱だった。

今日は特に何も話してなかったから、飲料ゼリーを鞄に忍ばせていたのだが、必要ないらしい。

お弁当箱を開ければ、卵焼きと唐揚げそしてプチトマトが入っていた。

「「いただきます」」

懐かしい。と言ってもつい最近の思い出なのに、酷く心が穏やかなのは何故だろう。

クラスメイトの連中から離れて、面倒な生活から離れているおかげか、夢見も悪くなくなった。

おかげで、毎日快眠で体の調子はいつも通りに戻っていた。

箸で卵焼きをつかみ口に入れるとやはり、甘い。この味も懐かしく感じる。

「甘い」

「俺は卵焼き甘い方が好きなんだよね〜!白翔くんは、甘いの嫌だった?」

「いや、別にどっちでも」

本当にどっちでもいい。

だけど、食べるなら先輩が作ってきてくれたものがいい。

そんな、独占欲のような感情が俺の心の中に生まれつつあった。

やはり、この先輩といれば今まで諦めてきたものが手に入るかもしれない。

もし、それが叶ったら俺はどうしたいのかまだわからないが、それが欲しくてたまらない。

そんなこんなで、昼食を食べ終わり再び図書室に戻る。

朝もそうだが相変わらずここには人がいない。

本というジャンルに手を出しにくいのは理解できるがもう少し人が居てもいいはずなのに。

隣同士の席に座り、ノートと教科書を取り出す。

「よし、じゃあ午後もよろしくね!」

「うん、よろしく」

そう言って、今日教科書を見て先輩が説明して、問題を解いていく。

「朝から思ってたけど、白翔くん勉強かなりできる方だよね?」

「うん、勉強だけはちゃんとしないとと、思ってたから。昔から大体できる」

ノートに書かれた解かれた問題に丸をつけながら、話す。

何もない俺だからこそ、何かを身につけなくては。そこから始まったのが勉強だった。

参考書を大量に買い込んで、小学校高学年から初めて高校3年の勉強まで手が届いている。

でも、これからも頑張らないとと密かに決意する。

すると、先輩の手が頭に乗せられゆっくりと撫でられる。

「白翔くんは、えらいなぁ〜!俺なんか、勉強なんてほぼわからない時はお手上げになっちゃうのに」

いきなりの先輩の行動に胸の内がドキッと高鳴る。だけど、嫌な感覚は無く何処か温かった。

もっと、撫でて欲しい。もっと俺を見て。

そんな感情まで生まれてきているのが不思議だ。

先輩を前にするとどんどん感情が生まれてくる。

そして、先輩から手を離されると少し頭の上が寒くなったような気がした。

そんなこんなで、勉強会は順調に進み放課後のチャイムが鳴り響いた。

「時間すぎるの早いね〜!もう、今の授業に追いつけるまでかなり近くまで来たんじゃない?」

「うん。元々得意だから。でも、家でも復習しとく」

ノートと教科書を鞄に詰め込んで、帰ろうとすれば先輩に腕を掴まれて引き止められる。

少し話がしたいと。

「何で、いじめのこと俺に相談してくれなかったの?」

「別に、気にならなかったし。どうでも良かったから」

本当のことだ。どんな、嫌がらせや例えそれがいじめだとしてもどうでもよかった。

孤立者の俺にはその扱いが相応しいと思ったからだ。

人は自分と違うものを酷く怖がり、そして拒絶する。

それが、ただ行動に出て少しヒートアップしてただけそれだけだ。

「でも、白翔くんは泣いてた。それくらい辛かったんでしょ?」

「‥それは、わからない。ただ、夢を見たんだ。クラスメイトの囲まれて笑われてる中、先輩もクラスメイトと同じすると思ったのに、夢の中の先輩は、俺を抱きしめてくれた。

そしたら、涙が出た。わからないけど」

そう、本当にそれだけ。

何故、夢の中の先輩はナイフを捨てたのか。

何故、クラスメイトとは違う行動を取ったのか。

そして、なんで俺は涙を流したのか。

謎が深まるばかりだった。

すると、また先輩は俺の頭の上に手を乗せて次はわしゃわしゃと雑に撫でる。

「それほど、白翔くんの中で辛いものがあったんだよ。自分を見失わないであげて?」

『自分を見失わない。』

それが、胸の内に落ちて何故か温かくなっていく。

この感情はなんだ。

乱れた髪を整えながら、胸の内にある今日生まれた感情に目を向けた日だった。

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