第6話
あれから、先輩に教室に来ないように言うとまた、あのあっけに取られた表情でさらに瞳を潤ませ涙をポロポロと溢していた。
本当によくコロコロと表情も感情も変わる先輩だと改めて実感していると先輩に両肩を強く掴まれ体を大きく揺さぶられる。
『‥なんで!なんで!俺は白翔くんと仲良くなりたいだけなのに!』
これが世に言う彼女の嫉妬というやつだろうか。
今まで過ごしてきて彼女の一人も持ったこともなければ、友人も一人もいないわけだが。
そして、付き合ってもなければそもそも、先輩は男なわけだが。
『‥せん‥ぱいは‥目立つ‥から』
揺さぶれながらも何とか伝えたいことを言葉にすると、ようやく揺さぶりが終わった。目の前がわずかだがクルクルと回り体がよろけるも何とか足を踏ん張って耐える。
対して先輩は今だに涙をポロポロと流していた。
『俺だって、なんで囲まれるとか人気?なのかわからないよ‥!でも、白翔くんとは仲良くしたいんだ!』
なるほど。これが世に言う天然というやつなのだろうか。
この先輩は自分の顔を鏡で見たことないのだろうきっと。そうでなければおかしい。
しかし、どうしたものか。これでは俺が学校生活を安心安全に送ることができない。
勉強の方は心配してないが、出席日数や教員からの目をつけられているのはまた別の話だ。
これ以上サボりにサボったら、いずれか生徒指導室に呼び出される日もそう遠くない。
考えるも良い案は浮かばず、最も避けたかった手段を取るとしよう。
ポケットに入ってたメモ帳とペンを取り出して簡単に書く。
『‥これ俺の連絡先。だから、会いたい時は教室までこないでまず連絡して』
連絡先を書いたメモ用紙を先輩に差し出すと、先輩は固まっていた。ついでに涙も止まっていた。
だがものの数秒後、震えた手がゆっくりとメモ用紙を受け取り瞳をキラキラと輝かしていた。
まるで、小さな子供が宝物を手に入れたかのような光景だ。
『‥これ、本物だよね?偽物とかじゃないよね?夢じゃないよね?』
どんどん距離を詰めてくる先輩に、体を逸らせながらも頷くと、強くそれは強く抱きしめられる。
『やった、すごく嬉しい』
抱きついているせいか、それを耳元で囁かれて再びあのドキドキとした高鳴りを感じ、耳元がくすぐったい。
『先輩、離して』
そう言うも先輩は聞く耳持たず小さく笑う声が聞こえた。
いつまでこの状態なのか。すっかりご機嫌な様子の先輩に飽きるまで抱きしめられた。
それに対し途方に暮れたのが、数日前だった。
そして、現在二人で授業をサボり早めの昼食を摂っていた。
とは言っても俺は特に食べたいとも思わない栄養補給ゼリーをちまちまと吸っていた。
「白翔くん、それで足りるの?俺の食べる?」
「いらない」
どうやら先輩はお弁当を毎日持参しているらしい。
それを差し出されるも、一言で両断する。
縮こまってしまった先輩は先ほどよりもゆっくりご飯を食べているのを横目で見て、もはやお腹いっぱいになってきて、飲料ゼリーを咥えて空を見上げた。
今日も青空だ。良い天気というのだろう。
吹く風はまだ少し冷たいが、ツキリという感覚を起こすほどではない。
すると、視界に茶色の物体が入ってきた。
差し出された方を見ると、頬を膨らませた先輩が箸で掴んだ唐揚げをこちらに差し出していた。
そして、空いていた片手で飲料ゼリーを取り上げられた。
「これは没収!というか、ほぼ飲んでないじゃん!はい!これ食べて!」
唐揚げを唇に押し付けられているせいで話すことができず、仕方なく小さく口を開ける。
唐揚げなんて久しぶりに食べたななんて、思いながら咀嚼して飲み込む。
「次はこれ!」
「いや、もういらない」
次の食べ物が弁当から箸で掴んで差し出されるも顔を逸らす。
本当にお腹いっぱいだ。
普段からあまり食べてないせいもあるのだろうけど、あまりちゃんとした物をいきなり食べると吐いてしまいそうだ。
「おいしくない?一応これ、手作りなんだけど、上手くできたと思ったんだけどな」
再び縮こまった先輩を見て的外れな回答にため息が出そうなのを耐える。
「おいしいとかおいしくないとかじゃなくて、お腹いっぱい。もういらない」
そう答えると、何処か考え込んでいる先輩はいいことを思いついたと言う風にこちらに身を乗り出してくる。
「じゃあ!明日から俺が白翔くんの分もお弁当作ってくるよ!少なめなら食べてくれる?」
「‥なんで、そうなるの‥」
今度は、ため息を絶えることができず小さく息を吐いた。
それでも、先輩は瞳を輝かせながら「何がいいか」と考えている。
柔らかな笑みを浮かべて考える姿は、無邪気に遊ぶ子供のように可愛い。
『可愛い?』
何を思ったんだ今。
可愛いってなんだ。何でそう思ったんだ。
思考を巡らすも今起こった現象に思考もうまく働かない。
だって、今まで一度も動かなかったものが初めて人に対して想ったもの。生まれてきたもの。
もしかしたら、この人といたら俺は。
そんな淡い希望をその時は持っていた。
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