第5話
それから、数日。
あれから、教室には戻るようになり。授業を時々受けるようになった。そして、ある技を取得した。
まず、教室で過ごしていると遠くから女子の歓声が聞こえたらすぐに行動に移す技だ。
これは、人気者の先輩にだからこそ使える特権の技で、内心女子たちに感謝している。
つまり、女子たちがアラーム代わりということだ。
とは、言っても頻度が多すぎる。
まず、朝来て授業が始まるまでが一回。
そして、所々挟む中休みが数回。
お昼休み一回。
放課後一回というところだろう。
中休みは時々と言うべきだが、他は確実に教室まで来る。
授業に少し出れるようになったはず。なのだが、こうも何度も何度も授業をサボらないといけなくなると、教員にも目をつけられ始めた。
勉強はさほど苦手ではなく、独学でなんとかできるが、授業に参加しない生徒。さすがに悪目立ちがすぎるも、初日のような空気になっては孤立どころか教室に居場所がなくなってしまう。
そうなれば、中学の二の舞い以上に面倒なことになってしまうし、何より両親に面倒をかけてしまう。
と言うわけで、今日は校舎裏のベンチに座っている。
前回、図書室にいるところを見つけられてから、校舎裏と図書室のどちらかを行き来してバランスを取りながらも先輩から逃げていた。
今日も晴天。桜はもう全て散ってしまったが青空が広がっている。
特に何かをするわけではなくボッーと空を眺めて終わるこの時間。
無意味とも言えるこの時間。
だが、何も考えずに済むのは良いことだ。
「はぁ‥」
本当、面倒な先輩に目をつけられた。これが、嫌がらせだとしたらまだ気にしなかった。だが、あれは純度100%だ。見ていてわかる、中学の時のいじめっ子の奴らの顔と先輩の顔を比べる。
まさに、好意の方が強いと。
此処数日何度ため息を吐いたことか。
ベンチの上で膝を抱えて少しでも暖を取る体制になり、顔を膝に埋める。
あぁ、丁度いい。眠れそうだ。そのまま、目を閉じれば簡単に眠れた。
次に目を覚ませば、何やら先ほどよりも暖かい。
ゆっくり膝に埋めていた顔を上げると肩に違和感があり後ろを向けばまた、ジャケットが掛けられていた。
「あ、白翔くん起きた?」
ゆっくりと隣を見れば文庫本を読んでいたのだろう。それを手に、にこやかに笑う先輩が隣にいた。
なぜ、ここがバレた。
そもそも今は授業中ではないのか。
「‥何でいるの?」
「え?白翔くん何処かな〜って最近顔も見れてなかったから探したらこんなところに居て寒そうだったし、心配だったから」
顔を赤くして頬を指でかきながら言う姿を見るも、ため息しか出てこない。
せっかく、見つからないようにと逃げてきているのにこれでは意味がない。
ベンチから立ち上がりジャケットを先輩に返す。
「‥じゃあ、俺はこれで」
「待って!」
この場から早く誰かに見られる前に去ろうとするも、先輩が力強く俺の腕を掴んだ。
これが、置いていかれる小動物の目というやつか。
先輩は、そんな顔をしていた。
「何?」
「えっと、せっかく久しぶりに会えたんだしお話ししない?」
「嫌だ」
即答に決まっている。
この二人きりの状況を誰かに見られたらまた、教室に行きにくくなるどころか次は、学校に来にくくなる。学校にも行けなくなってしまったらとうとう俺も終わりだ。
それに、教員にも目をつけられ始めているのだからそろそろ良い加減にしてくれ。
「‥俺のこと嫌い?」
「嫌いか好きかで問われると、どっちとも言えない。だけど、陽由香先輩目立つから迷惑」
そう言ってやれば諦めるだろう。そう思った矢先に、先輩の顔を見て思考が停止した。
顔を俯かせて、それを恐る恐る覗き込むと瞳に涙を溜めた表情をしていた。
「‥陽由香先輩「でも!俺は君と仲良くなりたいんだ!だからお願い、嫌いにはならないで‥」」
勢いよく顔を上げて、潤んだ瞳はとても強くその視線に刺される。
最後の方は、少し声が震えていた。
両手も気付けば握られていて、その手も震えている。その瞬間、文庫本が音を立てて地面に落ちていた。
握られていた手を振り払い、地面に落ちた文庫本を広い砂埃を払い差し出す。
「好きか嫌いかで問われると、どっちらとも言えない。別に嫌いとは言ってない」
その瞬間潤んだ先輩の瞳からはとうとう雫が一筋流れるも、周りがパッーと明るくなった気がする。本当にこの先輩はコロコロと表情も感情も豊かだ。
そして、文庫本を受け取ると近づいてきた先輩にいきなり抱きつかれる。
「ちょっ、何するの」
「‥よかった‥まだ、間に合うんだ‥」
何やら俺の肩口で何かを言っているがこの状況に何故か、あの謎のドキっとする胸の高鳴りがして不思議な気分になる。
「良い加減離して」
「あ、ごめん‥。これからもよろしくね!白翔くん!」
片手を差し出され、恐る恐る手を重ねるとギュッと柔らかく温かい手が俺の手を握った。
不思議とあの日のカイロを思い出す。
あのカイロのように先輩の手は柔らかく、じんわりと温めてくれた。
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