第4話
気づけばあの日のあの公園に立っていた。
服装もあの時のままの薄着だった。だが、不思議と寒さは感じなかった。
ただ、代わりにツキリと胸の内に感じる。それが気になり、胸の辺りをむしるもツキリという感覚は強くなっていくばかり。
もういいや。と諦めて、手を重力に従い下に落とした。
何なんだ此処は。と、辺りを見渡していると誰かの泣き声が聞こえてきた。
何かを耐えているかのように泣く泣き声。
あぁ、この声はあの子だ。あの日に初めて会ってそれきり会ってないあの子、彼女の声だ。
不思議とあの日と同じように足が動いた。
あの日も勝手に足が動いたのだ。
人に関心も興味もないくせに、あの日だけあの泣き声に何かを感じた。
そして、あの子を見つけて声をかけようとするも声が出なくてただ、彼女を見守ることしかできなかった。
ずっと見守り続けてるが、彼女は泣き止まない。
袖を伸ばしてそっと涙を拭うと、彼女の方があの日のようにビクリと跳ねて、ゆっくりと此方を向いた。
だが、その上げた顔は彼女じゃなかった。
『‥陽由香先輩?』
先ほどまで出なかった声が不思議と出て、気づけば風景が変わる。
あの日の入学式の日、教室前。
手を握られ、あの柔らかい笑みをくれる。その笑みがあの日の彼女と重なる。
その顔に「ドキ」っと胸の内が高鳴る。これが何なのか、何の想いなのかわからず胸の辺りを抑える。
気づけばツキリとした感覚は無くなり、代わりに胸の辺りがドキドキと音を立てていた。
先輩が柔らかな眼差しでこちらを見つめ、何か口にしてる。
だけど、それは聞こえなくて、視界が歪んでそのまま真っ暗になった。
‥‥
ゆっくりと瞼を上げて目を覚まして、机に伏せてた顔を上げる。そこは眠る前の図書室の風景で変わらず人はおらず静かなものだった。
時計を見れば丁度一限が終わった頃だろうという時間だった。
凝り固まった体をほぐすために体を伸ばして隣の椅子を見れば、少し椅子がズレていて誰かがいたようなそんな感覚を感じた。
別に誰が居ても、寝顔を見られても構わないのだが、不思議と気になった。
なぜだろう。
なぜ、今日彼女と先輩を重ねる夢を見たのだろう。
なぜ、隣に先輩が居たんだろうなんて思うのだろうと、謎が深まるばかりだった。
やめよう。人に深入りして良いことなんてない。
人こそ俺を区分して、孤立させたのだから。
一人首を横に振り、これからどうしたものかと考える。
教室に戻っても良いが、また先輩が来て微妙な空気を感じるのは、過ごしにくい。
いや、過ごしにくいのはクラスの奴らか。
考えれば考えるほど面倒な方向に転がっている。
そうだ、面倒なことは嫌いなんだ。
何もない俺にそれだけはあるもの。あっても仕方ないもの。
「はぁ‥」
辺りを見渡しても、本がぎっしり並んでいる棚だけ。
当たり前だけれど。
本には興味がない。
昔、両親が感情の起伏も何もない俺のために何冊もの本を用意した。
時には両親から読み聞かせられた。
時には一人で必死に用意された本を読み込んだ。
だが、何一つわからなかった。何一つ知らなかった。
なぜ、その感情を持てるのか。
なぜ、『普通』に人として生きていけるのか。
全てがわからなかった。
それから、本に興味が無くなった。
「はぁ‥」
ため息しか出ないこの状況にどうしようかと思うも、再び眠くなってくる。
このまま、お昼まで眠ってしまおう。
再び、机に顔を伏せて目を閉じた。
次に目を覚まして、時計を見ればお昼を迎えていた。
流石に眠り過ぎたと隣を見ると先輩が眠っていた。
一度目を覚ました時の勘が当たったのか、何なのかわからないが隣に先輩がいる。
しかも、眠っている。
体を起こすと何かが肩から落ち拾うとそれは、先輩のジャケットだった。
なぜ、俺に掛けられていたのかわからないがとりあえず先輩に返しておこうと、持ち上げるとポケットから何かが音を立てて落ちた。
「‥カイロ」
それを手にすると不思議とあの日のことを思い出す。
悴んでツキリとした感覚が走る中じんわりと温めてくれた記憶。
なぜ今思い出すのか。
確かに彼女と先輩を重ねた夢は見た。
それがきっかけか。
まぁ、どうでもいいか。
カイロをポケットに戻し眠っている先輩に掛けて返す。
此処に一緒に居てはまた騒ぎになりそうだ。
面倒ごとになる前に図書室を後にする。
今日は教室に戻るのはやめておこう。
とは言え昼休みが終わるまでどうしようか。
何処も人が溢れかえっている。
「ねぇねぇ!夕井くん居た?」
「ううん、居なーい!お昼一緒に食べたいのに〜!」
すれ違った女子生徒から先輩の名前が出て、聞き耳を立てるもやはり先輩は人気者という話題しか聞こえてこなかった。
誰にでもあの柔らかな笑みを見せているのだろうか。
そう考えるとツキリと胸の内に感覚が走る。
なぜだろう今、心が冷えた気がした。
先輩と関わってから、俺の心は少しおかしくなっている。
ツキリとした感覚を覚えて心が冷えたり。かと思えば、ドキドキと胸の内が高まったり。これは何なのだろう。
そのことに首を傾げることしかできなかった。
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