閑職の寒色と暖色の男爵

@akahara_rin

「お祝い」「青」「リボン」

 この国の王城には、魔道具に携わる部署が二つある。


 一つは『魔道具開発部』。

 エリートの集まる、国の中枢を支える部署だ。

 そしてもう一つは『魔道具備品等管理部』。

 多少の責任感と算術の心得さえあれば誰でもできる、開発部からの左遷部署。

 今現在、私が所属している部署だった。




 ◆




「やあやあ、青マント殿。本日の仕事は順調ですかな?」


 王城では、人の位はマントの色で表される。

 一番上は白で、赤、橙、黄、緑、青と続き、一番下は黒になる。明るい色ほど偉く、暗い色ほど下っ端だ。

 つまり青マントとは、人を嘲る蔑称に他ならない。


 私ことエレナは、屈辱にきつく唇を噛んだ。


 随分と愉しげに色を揶揄う、開発部の元先輩をぎろりと睨む。しかし、彼の反応といえば、緑色のマントが小刻みに揺れるだけ。どうもまるで堪えてはいないようだ。


 元々、私は備品管理部ではなく開発部にいた。だが、今では備品管理部に席を移され、このザマだ。

 はてさて、一体私は何故こんな目に遭っているのだろうか。




 ◆




 生まれつき、私は優秀だった。

 小さな頃から神童と持て囃された私に、両親は貴族の割には豊かでない生活費を切り詰め、与えられる限りの教育を施した。

 その甲斐あってか、私は貴族学院を主席で卒業し、そのまま城へと就職。希望通り魔道具開発部に配属され、望み描いたエリート街道をまっしぐらに進み続けていた。


 そして、歳の割に大それた給料を貰った私は、それはもう張り切ったのだ……うん、ちょっと張り切りすぎた。


 開発部は部署とはいうものの、殆どが個人で活動する。

 昔、共同研究をしていた者が協力者を裏切り、個人名で成果を発表したとか。嘘か真かは知らないが、そんな歴史が背景にあり、あまり協力という行為が好意的に見られないのだ。あるいは、人付き合いが苦手なタイプの人間が多いというのも理由の一つだろう。

 ともかく、それは私も例外ではなく、個人で開発を行っていた。


 神童も、二十歳過ぎればただの人。

 などと世間は言うらしいが、十七の私はまだまだ才に溢れていた。開発した幾つかの魔道具を発表、提出し、私は瞬く間に出世した。具体的には、黒いマントが黄色くなるくらいに。

 それが、開発部の先輩方には面白くなかったのだろう。


 ある日唐突に、私は先輩の研究を盗んだことになっていた。

 もちろん冤罪だ。あの研究に盗むほどの価値はない。だが事実として、私のロッカーと机には、先輩が書いた、未発表の論文と成果が詰まっていた。


 本来であれば投獄か、最善でもクビになっていたところだったが、部長に庇われたこと。それから今までの成果を鑑みて、何とかマントのくすみと左遷で済まされたのだ。


「くくっ。くれぐれも、備品を盗んではいけませんよ? 今度はあの方でも庇えないでしょうから、ねえ?」

「んぐっ……」


 この野郎。緑マントのくせに調子に乗りやがって……

 恨みも怒りも骨髄どころか魂にまで焼き付いているが、流石に発散することはできない。

 どう考えたって冤罪をふっかけて来た方が悪いのは確かだが、私の警戒が足りなかったのも事実なのだ。王城がそういう場所だと知識で理解していても、適応できていなかった。


 そう自分に言い聞かせ、私は自分の怒りを鎮める。


「大体、おかしいと思っていたのですよ」

「はい?」

「貧しい騎士爵の娘が学院の主席だなんて。どうせ、学院でも同じようなことをしていたのでしょう?」


 よし、殴ろう。どうせこれ以上左遷される場所もない。クビになろうが知ったことか。


「こら、口が過ぎるよ」


 努めて冷静に拳を握ったその刹那。

 落ち着いた声が、するりと間に入って来た。


「お、オランジ部長!?」

「グランくん。もう今日の業務が終わったのかい? まだ報告書は受け取っていないけれど」

「す、すぐに!」

「別に急がないから、丁寧に書くように」


 あっさりと緑マントを退散させたのは、開発部の現部長であるオランジ男爵だった。


「きみも、悔しいのは分かるけれどね。少し落ち着きなさい」

「……すみません。オランジ様」


 いくら私でも、この人に窘められれば素直に頷くしかない。

 何故なら、このオランジ男爵こそが、開発部で私を庇ってくれた恩人であり。騎士爵の一つ上である男爵という身分でありながら、マントのくすみを橙まで落とした、私の目標だからだ。


 今の城において、最も格の高い白いマントは王族にしか許されない貴色だ。その次の赤いマントも、慣例的に高位の貴族にしか許されていない。

 つまり、オランジ男爵が見に纏う橙のマントとは、実質的には最高位の証なのだ。


「グランくんにも困ったものだね……彼も、君に構っていられるほどの成果は無いんだけど……」


 開発部に居続けるためには、常に何かしらの成果が必要だ。国の予算で開発をするというのはそういうことなのだから。まあ、だからこそ研究の盗用や剽窃には厳しいわけだが。


「みど……グラン先輩、異動になりそうなんですか?」

「このまま何もなければ、あと一月ってところかな」


 やったぜざまあねぇ。

 はー、気分良ー。そのまま基礎研究部辺りに飛ばされて欲しいな。あそこは忙しい割に成果が出ないため、一度入ったら二度と異動できない死の部署だ。あの先輩には相応しい場所だろう。


「こらこら、そんなに嬉しそうな顔をしない」

「いやぁ、してませんよっ?」

「口調と態度に滲み出てるよ。喜びが」


 しらっと目を逸らせば、オランジはやれやれとでも言いたげに溜息を吐いた。


「ともかく、近いうちに開発部の枠が空くから、きみも頑張るんだよ」


 その言葉は、電撃のように私を貫いた。


「も、戻れるんですか!? 開発部に!?」

「そりゃあ、エレナくんは実力不足で異動になったわけじゃないからね。それと……大きい声じゃ言えないが、グランくん以外の成果もイマイチでね。陛下の不興を買ってるんだ。多少外野が騒ぐだろうけど、それくらいなら僕が抑えられるよ。マントは流石にそのままだろうけれど」


 それはつまり、オランジが後ろ盾になってくれるということだ。


「わ、私、頑張ります!」

「うん、頑張って。お祝いを用意して待ってるからね」

「はい!」




 ◆




 頑張るという言葉の通り、エレナは確かな成果を持って開発室へと凱旋した。

 成果の中身は、土からパソッカを生成する魔道具。

 何故そんな菓子をチョイスしたのかは知らないが、補給の概念を破壊する素晴らしい魔道具だ。

 少々見窄らしくとも、無理やりねじ込む気で根回しを済ませていたが、その必要もなかったらしい。


「これ、約束したお祝い」

「わ、開けて良いですか?」

「もちろん」


 プレゼントしたのは、橙色のリボン。

 僕が着るマントと近い色を選んだ。


「きみには、この色が似合うと思ったんだ」

「オランジ様……!」


 頬を赤らめるエレナを見て、僕は小さく笑った。


「つ、着けても良いですか?」

「もちろん。毎日着けてくれたら嬉しいな」

「はい! 毎日着けます!」


 そう言って、エレナはいそいそと青い髪をリボンで纏めた。あぁ、思った通りだ。


「ど、どうですか?」

「うん、可愛いよ。似合ってる」

「かわっ……あ、ありがとう、ございます」


 ころころと表情を変える彼女は、お世辞抜きで可愛らしかった。


 青い髪を、僕がプレゼントした橙のリボンが彩る。

 そしてそれを包み込むような青いマント。

 完璧だ。僕が思う一番可愛い彼女は、間違いなく今だ。


 あぁ、本当に。




 わざわざグランを手伝ってやった甲斐があったというものだ。




 まったく。彼ときたら、陰謀を企てるのが下手すぎる。

 剽窃を偽装するのは良いが、証拠の作り方が下手だし、冤罪の証拠を残しすぎだ。あれでは、そういうのが不得手なエレナくんでも簡単に言い逃れできてしまう。

 そもそも彼女が彼程度の研究を盗む理由がないとか、そういうのを抜きにしても、僕がこっそり手を加えていなければ、左遷されていたのは彼だっただろう。

 まあその甲斐あって、エレナは青マントに戻って、たくさん僕を頼ってくれるようになったけれど。


 以前から、彼女には青いマントが似合うと思っていたのだ。

 もちろん元が可愛いから、何を着たって似合うけれど、暖色よりは寒色の方が絶対に良い。黄色なんてもう論外だ。

 橙色はお揃いなので許容範囲だが、いくら彼女でもこれ以上の出世は時間が掛かる。


 だから、可愛い彼女を見るためには、こうするのが一番早かった。


「うん」


 やっぱり青色以外は着てほしくないな。

 エレナは家庭に入ったら仕事は辞めるタイプなのだろうか。野心は強いようだから、仕事は続けたいかもしれない。でも家で可愛い姿を見られるなら、他のマントでも我慢できるかな。どうあれ手放す気は無かったけれど、彼女の実家には軽く手を回しておこう。




 目の前の男がそんなことを考えているなんて知りもせず、エレナは可愛らしく笑っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

閑職の寒色と暖色の男爵 @akahara_rin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ