第3話 実験。そして訪問者
端末の前で資料のファイルを広げ、モニターを睨む。今日は大事な最終試験の日なのだ。
ぼくは主任の方には目もくれず、キーボードを叩き続けた。
主任は横でまた口を開き書けたが、ぼくが一心に作業しているのを見て、腕を組んだまま向こうに行った。
周りでは先輩や同僚のスタッフが動き回り、記録用のビデオや測定用の機器を設置している。
骨組みだった猫ロボにも、人工筋肉と本物そっくりに作られた毛皮がセットされる。
準備が滞りなく済んだ頃、
「みんな所定の場所にはついた? 準備はOKかしら?」
ラボを見渡せるメインコンソールから、マイクで主任が訊ねた。
スタッフが頷く気配がする中、
「それじゃ、大和君。猫ロボNx24-04の最終試験を始めて! 起動コマンド入力!」
主任が宣言するように言った。
ぼくは頷くと、キーボードに指を走らせ、エンターキーを思い切り叩いた。
モニターに、英数字のプログラム言語が流れるように現れては消えていく。
「お願いします」
ぼくがそう言うと、同僚の一人が猫ロボの入っているガラスケースのドアを開けた。
ラボの皆が、結果を固唾をのんで実験の推移を見守る。
ガラスケースから出てきた猫ロボNx24-04は、猫そのものの動きで、ぼくが担当した猫AIは完璧な動作を見せた。
先輩や同僚たちの担当した駆動系モーターや人工筋肉の動き、毛並みや爪、目といった見た目も完璧で、普通の猫と全く見分けがつかない。
ぼくの作成した猫AIは、世界中の猫の動きを分析し、耳や尻尾、爪の変化など、猫の動きに連動した表情の変化にもこだわっている。
実際に猫を飼っている上条主任からも完璧だと太鼓判を押された。
その後も約一時間、水や餌を飲むシチュエーションや糞をするシチュエーション、飼い主と遊ぶシチュエーションなど多岐にわたる実験を重ね、全てをクリアーした時、研究室は歓喜の輪に包まれた。
ぼくも、長かった開発に要した苦労を思い出し、愛用の椅子に埋まり混むように座って目頭を押さえた。だが、すぐに次から次に同僚がやって来た。ぼくは皆と一緒に実験の成功に歓喜し、ハグをし、ハイタッチをした。
すると、突然、甲高い電話の呼び出し音が鳴った。
「大和君。会社の上の方から緊急の連絡が入っているわ」
主任が携帯受話のマイクを手で押さえて言った。
「主任……何なんですか? 最終試験の結果を見に来たいとかそういうことですか?」
「違う。それはここからの中継を見て知っているはず。そうじゃなくて、この後、政府の偉い人が来るらしいの」
「政府の偉い人!?」
思わず声がひっくり返る。ぼくは突然のことにどうリアクションしていいか分からなかった。
*
「突然押しかけてすみません。実験は全て見せてもらいました」
会議室で会った政府の人は開口一番そう言った。グレーのスーツをきっちりと着こなしたしっかりとした大人の人だ。出してきた名刺には、内閣官房内閣情報調査室とある。
「私は内閣情報調査室の矢島と申します。今日はお願いがあって参りました。黒野さんはキャット・ミューティレーションはご存知ですかな?」
「それは、もう。主任にさっき聞いたばかりですが……」
ぼくはどぎまぎしながら、矢島から目を離し、隣に座る主任を見た。身近にいる研究者たちとは雰囲気が違いすぎて緊張してしまう。
「え、えっと、黒野君は何も知らなかったんですが、き、今日たまたま、そ、その話になりまして……」
主任がつっかえ、つっかえ、そう説明すると、
「そうですか」
と、矢島が微笑みながら頷いた。そして、
「単刀直入に私の……いや、世界からの頼みをお伝えしますね」と続けた。
「は、はいっ!!」
ぼくと主任は、何のことだか分からないまま、矢島の言葉に頷いた。
その話は端的に言うと、ぼくらの作った猫ロボNx24-04を使って宇宙人に捕獲されている世界中の猫を助けてほしいとの内容だった。
それはにわかには信じられないような話だったが、何が目的なのか、地球上にいる猫の99%が既に宇宙人に捕らわれているのだとのことだった。ちなみに猫科の他の動物は無事とのことで、いなくなっているのは家猫に限るらしい。
ぼくは、この話が思っていた以上に深刻な内容だということに気づき、手を握りしめた。
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