裏組織会合
第23話 その男
時は少し遡る。
ジムにてメシアとレインが邂逅する、十日前。つまり、【
《今際》本部、六課事務室にて。
「あ、この資料、五課にも共有した方がいいんじゃないか」
「どれ?」
「ほら、この前レインさんが担当した、メシアのゲーム情報」
「あぁ、それ」
そこにいるのは、シュガーとプドル、新人二人だけだった。
リコシェは課長会議、キリギリスは休み、シガーとシルバは試遊。そしてレインは遊び歩いて行方不明。きっと、またどこか別の課にいるのだろう。
そのため、事務室に新人二人という少し異質な空間が生まれた。
「多分、今日の課長会議で知らせるんでしょ。担当も六課だし、課長が帰ってきてからでも遅くないんじゃない」
「そうだな」
黙々と書類整理を再開する二人。
と、その時、ガチャリと事務室のドアが開いた。誰かと思った二人が目を向けると、そこには……初めて見る人間がいた。
その男はこれと言った特徴がなく、顔が良いとか無表情とか背が小さいとか大きいとか、そんな容姿的な記号が微塵もない。もしかしたら今後この人の顔を思い出すことはできないかもしれない、そう思えてしまうほど、本当に特徴がなかった。
ニコニコと……いや、ヘラヘラとしている。見た目は好青年に見えるが、実際の歳はわからない。
六課へ足を出向いたこと以外で、唯一印象が残ったのは、職員は基本的に黒スーツなのにも関わらず、ラフな格好をしていたことだろうか。
「あれ、見ない子だね、初めまして」
男性にしては少し高い声だが、それも、聞いてすぐに思い出せるほどのインパクトがあるわけでもなく、珍しいという程ではない。
ニコリと笑顔を向けられて、最初にその男へと口を開いたのはシュガーだった。
「初めまして、シュガーと申します」
「プドルと申します」
プドルも後に続く。
「失礼ですが、所属とお名前を伺ってもよろしいでしょうか。私たち二人、まだ新人なものでして、先輩方からも話を聞いていないので」
「あ、そうなんだ。それはそれは、大変だね」
心にもなさそうな言葉を返して、男は笑顔のまま続ける。ずっとそうなのだが、ニコニコでもニヤニヤでもなく、嫌がらせをした時のレインのような、ニヤリという歪んだ笑顔をしている。入室してから、ずっと。
「でも困ったなぁ」
「どうされました?」
「いやぁね、僕にはオペレーターネームもなければ所属してる課もなくってさ。なんて答えていいものやら」
ネームもなければ……所属すらしてない?
そんなことあり得るのだろうか。《今際》職員には、偽名かどうかはともかく、全員にネームがあり、そしてもちろん、所属している課がある。
例外として、受付の二人だけは課へ所属していないことになっているが、それ以外ともなると見当もつかない。
二人の頭の中に、一つの可能性が浮かぶ。
((……侵入者?))
いや、それこそないはずなのだ。
これまで、プレイヤーも警察も本部の場所は特定できていないと言うし、もしそうだとしても、門番たる受付の二人が追い返しているはずなのだ。
目の前の男は当然のように無傷だし、強そうにも見えない。ただ、悪そうには見える。そのせいで、よくわからないのだ。
「本当にどうしたもんかなぁ、要件は今日じゃなくても良いんだけれど……信じてもらえるかな」
一人でぶつぶつと悩み始める男から目を離さないようにして、二人はデスクの一番上の取っ手に指をかける。
そこに入っているはずの自衛用の拳銃を、いつでも使えるように待機する。何かあったらすぐに取り出して撃てるように。
訓練は受けている。実際に人に対して撃ったことはないし、そんなことはないと思っていたが、それが今日になるかもしれない。できるだろうか、と不安になるものの、それをすぐに払拭する。
「あーっと、僕は君たちの——」
男が言おうとした瞬間、開きっぱなしだったドアの向こうから、つまりは廊下から、男に向かって声がかけられた。
「あれ、何してんの?」
その声は、二人が六課の中でも特に毛嫌いしている人物のものだった。馴染やすそうな温和な声とは裏腹に、本人の性格に難がありすぎる故だ。
説明せずとも、レインだった。
どこから持ってきたのか、一メートルはありそうな細長い機械を抱えていた。形状から察するに、おそらくタワー型扇風機だ。
「やぁレインちゃん。久しぶり」
「マジ久しぶりだねぇ。マージャン誘った時以来じゃない? ドタキャンしたもんね」
「まだ根に持ってるの? そんな些細なことで目くじらを立てるなんて……変わらず元気そうで安心したよ」
互いの皮肉合戦がさらにヒートアップするかと肝を冷やすと同時に、男の正体がなんであれ、レインの知人であることに安心と不安という混在しないはずの二つの感情が浮かび上がった。
レインとの深そうな関係から侵入者でないらしいから交戦になることはないはずだが、あの悪名高いレインに恐れもせず言い合っているのだ。それなりの権力があるのでは、と考えても不思議じゃなかった。
そして、それは当たっていた。
「プドルくん、これ持ってもらっていい?」
「あ、すみません。今すぐにっ」
プドルはレインから扇風機を受け取って、コンセントの元まで持って行き、そこに置いた。この空気の中でもマイペースは変わらない、それこそレインという女。
「あの、レインさん……そちらの方は?」
レインは少し驚いた顔をして、男へと質問をする。
「え、まだ言ってなかったの?」
「ほら、自分で言ったところで、どうせ信用してくれないんだ。それならそれで、そんな滑稽な姿を見てみたいけれど、初対面の相手にするほど礼儀知らずじゃないさ。嫌がらせって言うのは、壊れるほどの関係を築いてからじゃないとつまらないでしょ?」
さらっとレインみたいなことを言う男に、背筋が凍った。
こんな「世界一の悪人」みたいな人間が、同時に二人もいるのだ。悪の組織と言っても過言ではない《今際》なのだが、それでも悪人は多くない。ここは悪である前に組織であり、無法者の溜まり場ではなく社会不適合者が傷を舐め合う場なのだ。
「と言うことで、君が言ってくれよ。信用されてるんだろう?」
「そりゃもう、信用されすぎて困っちゃうくらいだぜ」
当然のように嘘を吐く。……信用していないわけじゃない、できないだけだ、怖すぎて。
断じて! 頼りないわけでも、弱々しいわけでも、自分の方が上だと思っているわけでもなく! 怖いだけなのだ!
心の中で弁解して、レインの言葉を待った。
「あーこの人ね、《
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