第22話 ごめんね
学校終わり、四時過ぎ。
あのゲームから一週間が経ったが、次への招待はまだされていない。というか、されても断ろうと思っている。
あの時の無力感を今後は感じないために、今日から放課後はジムへ行くことにした。体づくりから始めようと思ったものの、専門的な知識もなく闇雲になるよりはジムを利用した方がいいだろう。幸い、ゲームの報酬としての賞金がいくらかあるのだ。
体を鍛えることがどれだけ効果的かはわからないが、体の使い方くらいはわかるようになるはずだ。
「と言うことで、これからは放課後一緒に遊べません! ごめんね!」
「えぇ!! 嫌ぁ!!!」
「ごめんね!」
「いーやぁ!」
「叫ぶなよ恥ずかしい」
周囲の視線など気にする様子もなく叫ぶ津凪を、凛がどうどうと落ち着かせる。叫んでいたのは結もだが。
「それにしてもジムって」
「リンちゃんの言う通りだよ! ムスビちゃん別に太ってないよ!」
「それはありがたいんだけど、ちょっと不健康になってきて。ほら私一人暮らしだからさ、食生活には自信ないし、運動くらいはしてみようかなぁって」
「なら部活で良いじゃん! やろうよ運動部! あ、外部は日焼けするから嫌だけど」
「二年の途中から部活入るといたたまれないし、それに、ちょっと本気で頑張りたいから一人の方が……」
「んー……」
不満気に津凪が唸る。ごめんねごめんね、と謝ってはいるのだが、予想通り一筋縄ではいかないらしい。
凛に目配せして、なんとかする話がまとまるようにアイコンタクトでお願いする。何を考えてるかわからない顔から、ウインクとガッツポーズが返ってきた。
「あたしもジムはんたーい、部活さんせー」
「これで二対一!」
(いや私のプライベートなんですが……)
とは言っても、反対されることは想定済みだ。結だって、納得できない理由で二人が自分から離れるようなことがあれば、そんなの止めるに決まっている。
大そうな理由などない。ただ、一緒に遊ぶ時間が欲しいから。
それでも、最終的には理解したつもりになって妥協する結は、今の二人ほど粘ることはできないはずだ。だから初めて知った。引き止められるのはこんなにも嬉しいことなのか、と。今までの自分が薄情に見えていなかったか、心配にもなった。
「ムスビ、やっぱ——」
「ねぇムスビちゃん! やっぱり何かあったでしょ!」
凛に言われると思っていた言葉が、事実、言おうとしていた言葉が、予想外の人物から言われて、一瞬固まった。
「遅刻してきた日から、なんか、ずっと無理してるって感じだったもん。授業中ぼーっとしてるし、モーニングコールの約束も忘れてたし、私よりリンちゃん優先するし!」
(モーニングコールの約束……? この二人あたしが知らないところでどんなことしてんだ?)
「そんなこと……ぼーっとしてるのは寝不足なだけだし、モーニングコールは代わりに夜にいっぱい電話してるでしょ? リンちゃんのことを優先もしてないよ、二人とも一緒」
「じゃあ、たまに辛そうな顔してるのはなんでなの?」
本音を言葉にされて、反論が止まった。
「私バカだけど、そう言うのはわかるよ。そんな時に一人にしてって言うのは、耐えられなくなったんだろうなってわかるよ。一人にしちゃいけない時だってわかるよ」
津凪も、彼女なりに考えていた。親友の違和感を感じて、心配を呑み込んでいつも通り振る舞っていた。
それが、「一人にして」とも取れるさっきの言葉で決壊したのだ。
「……邪魔なら離れるから、辛い時くらいは言って欲しいよ」
悲しそうな顔だった。
親友に言わせてしまったその言葉は、同性から嫌われ不登校だった彼女にとって、とてつもない不安があるはずだ。
また嫌われた、と諦める覚悟をさせてしまった。絶対に嫌わないから、と手を差し伸べたのに。
「ツナギちゃん……ごめんね、嫌なこと言わせちゃって。大丈夫だよ、嫌いになんてならないから、邪魔だなんて思わないから」
少しでも誠意を見せるために、入学当初、不登校だった彼女の心を解かすためにやったように、その小さな体を抱きしめた。
「よーしよしよしよし、いい子いい子」
早起きして必死にセットしたのであろう髪が崩れないよう、優しく頭を撫でる。セリフも相まってペットにわしゃわしゃしてるようだが、実際には「ギュッ……」って感じだ。
「捕まえた! 今日は一緒に遊ぶ!」
「え、ちょ」
「シリアスパート黙っててやったのになんだこのオチ」
そんなこんなで、平日は津凪に捕まるため土曜日になってようやく初ジムへ行くことができた。
自宅から近く学校とは反対側にあるため、学校終わりでも、自宅を経由してからジムに行くことになる。一緒に帰る二人も、家までは着いてこないだろう。最近は津凪がべったりだけど。
「ジムの登録ですね。では先に——」
受付で会員登録やら何やらをさせられてから、数々のマシンと他の会員とトレーナーがいるトレーニングルームへ。
全身ムキムキの人から、ダイエット目的であろう奥様までバラバラだ。ランニングマシンを黙々と走っている人もいれば、トレーナーと談笑しながらストレッチしてる人もいる。
「あ、
「もちろん大丈夫ですよ!」
受付の人が紹介してくれたのは、長身痩せ型の女性で、体育系と爽やかが混同したような人物だった。
「初めまして、喜々多北キキです!」
「あ、
「タマキさん! 早速ですが、体験されてみますか? 格好も問題ないようですし」
元々、見学だけでなく体験するつもりで来ていたため、服装は動きやすいものを選んでいた。
他の会員のようにぴっちりとしたスポーツウェアではなく、ジャージだ。一人暮らしのせいで感覚が麻痺しているが、周りが大人だらけのこういう場所に来ると、自分が子供であることを思い出す。
「ストレッチからですね、ワタシと同じ動きをしてみましょう」
十分後。
「はぁ、はぁ……これ、ストレッチ、なんですよね。本当に……」
「タマキさん、体力が少ないかもしれませんね。学校の方で部活動には?」
「いえ、入ってません」
「じゃあダイエット目的だ」
「そういうわけでもなくて、ええっと」
なんて説明すればいいのだろう。
部活をやってることにすれば、後々から話が噛み合わなくなることを危惧して本当のことを言ったが、ダイエット目的だとトレーニング方法が変わるかもしれない。さてさて。
「じゃあ学校外のスポーツクラブとかですか?」
「やってみたいけど体作ってからにしようかなって感じで……ハハハ」
「なるほど、手が出しにくいから体だけでも、ってことですね。どんなスポーツなのか聞いてもいいですか?」
「…………パルクール」
流石に無理すぎるか……?
スポーツなら何でもそうなのだろうが、全身を動かすために鍛えると考えた時に、あのアクロバティックなスポーツが最初に出てきたのだ。球技とかじゃ、どこかズレているような気がしたから。
それにしてもパルクールのクラブ。ここら辺どころか、全国でもあまり聞かないだろう。信じてくれるだろうか。
不安に思って恐る恐る喜々多北の顔を覗いてみると、少し驚いたようだが、疑っている様子には見えなかった。
「パルクール! カッコいいですもんね! ワタシもテレビで見たことあります!」
「は、ははは……」
深掘りせず一言で信じてくれる喜々多北を見て、そんな人に嘘を吐くだなんて、と罪悪感を抱いたのだが、よく考えれば、トレーナーがプライベートに踏み入ってこないのは普通のことか。
「それにしても奇遇です! 実はうちのジムにね、パルクールやってた人いるんですよ!」
「え、本当ですか?」
できれば動き方なんか教えてもらえないかな、と短絡的に考えてしまったが、本当はクラブなんてないのだから怪しまれる可能性もある。どこで習うつもりだったんだ、って。小さい頃からの夢でした、とは、本気でやってたかもしれない人には吐いてはいけない嘘だろう。
「今日も来てるんじゃなかったかな……あ! ほら、あそこでランニングマシン使ってる、あの人です」
喜々多北が言った人物は、トレーニングルームに入った時に目に入った、一人で黙々と走り続けていた人物だ。
結が来てから、休むことなくずっと走り続けているらしい。こっちはストレッチだけでも息が上がっているのに。
「せっかくですし、走り終わったらお話でもしてみますか?」
「いいんでしょうか、迷惑なんじゃ……」
「大丈夫! イツワさんは気さくな方ですし、お仕事が休みの日にしか来ないみたいですので。多分この後も暇なんじゃないかな」
それ言っていいのか? 個人情報になるんじゃ?
追求するのはやめて、イツワさんとやらが走り終えるまで、ストレッチを再開。
残りのストレッチを終わらせて、結が一番軽いサイズのダンベルを使い始めたところで、イツワが走るのをやめた。
更衣室に行こうとしたところを「あ、イツワさん少しいいですか!」と喜々多北に呼ばれ、足を止めて振り返る。二人で近づいていったのだが……どこかで見覚えがあるような気がした。
「ん? どうしたの、キキちゃん」
「この子、タマキさんと言うんですが、パルクールをやりたいらしくって。確か経験あるんでしたよね、イツワさんも」
「へぇ、いいじゃない。楽しいよぉパルクールは、どこでも障害物リレーって感じで」
喜々多北の話通り、気さくな人だ。会話の節々からそれが感じられる。
そのはずなのに、第六感とでも言うべき何かが、目の前の人間から危機感を感じ取った。こんな普通の、それどころか優しそうな人から、とてつもない悪意を。
「それで、君がムスビちゃん? 初めまして、
「…………私の名前、いつ言いましたっけ?」
「あはは、なんか警戒されてるみたいだったから、煽ってみたくなっちゃっただけだよ。走ってる時にね、キキちゃんに自己紹介してるの聞こえただけ〜」
ランニングマシンのノイズもあっただろう中で、喜々多北はともかく、それほど大きな声じゃなかった自分の声を?
加えて、警戒していたのがバレていたのも腑に落ちない。完璧なポーカーフェイスとまでは言わないが、失礼になると思って表には出していなかったはずだ。何より根拠もないのに人を疑いたくなかったから。
それに気づいて、逆に、更に警戒するように、イツワの前では言っていない下の名前を呼んだ。
……なんだ、この、意図して、嫌なところを突かれているような感じは。
「イツワさんはどこで習ったんです?」
「動画見て真似してるだけだから、別に習ったとかじゃないよ。ていうか、習う場所とかあんの?」
「あんまり聞いたことないですよね。ワタシ、イツワさんに聞いてからパルクールの存在知ったくらいです」
喜々多北と五輪が会話しているのを聞き流して、不自然な点を思い出して思考する。
それに、五輪鳴。こんなの言いがかりの可能性も十分にあるけれど、それを承知で言うならば、名前からして怪しさ満点じゃないか。
イツワメイ、いつわりのめい。読みだけを崩せば「偽名」になるんじゃないか?
砕けた話し方、冗談程度の少しの悪意、既視感のある見た目と声。
ところで。
善人であり正義である結は、悪意に対して過剰に、過敏に反応してしまうことがこれまでにも多々あった。堪えることはできるものの、それは表面的なだけの話であり、心の中ではぐちゃぐちゃになる。つい最近も経験している。
だが、その程度だ。
殺気だとか敵意だとかを感じて、目を瞑ったままでも攻撃を避けれる、みたいな超人的なものではない。道路に転がった石を見て、故意かどうかわかる、その程度だった。
にも関わらず、一目見た時から五輪から悪意を感じ取ってしまったのは、それだけ悪意に塗れているからのはず。
そんな人間が、つい最近いた。
「……………………レイン」
ボソッと呟いた言葉は、二人がしていた会話を止めた。喜々多北は「レイン? これから雨の予報でしたっけ?」と不思議そうな顔をしていたが、五輪は真顔のまま結を見ていた。
勘違いならそれで良い。こちらが勝手に、なんの根拠もなくただ直感だけで悪人なのではと疑ってしまっただけだ。もしそうなら、謝罪はしたいが、そのために「悪人だと思ってしまいました」なんて言うのは失礼だろうから胸の内に秘めておこう。
だが、もしも思っていた通りならば……。
「えぇっと……」
困ったような顔。
も束の間、五輪がニヤリと笑う。
「思い出してくれた? 気軽にレインちゃんって呼んでくれても良いんだぜ?」
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